「千の風になって」という楽曲にうんざり。変な形の唇の歌手がナルシスティックな歌詞を大げさに歌うだけでも辟易なのに、臨終の枕元や葬式にこの歌を流してほしそうな中高年に受けているのが、何より堪らない。趣味の悪いにもほどがある。そんなに夢見心地になって、もし天国にいけなかったら、どの面下げて地獄を歩くのだろう。あの歌を愛唱するような人は、たぶん、アメリカ小説界の狂犬・ジェームズ・エルロイの本などは読まないだろうな。
http://www.cinematopics.com/cinema/works/output2.php?oid=4925
新作DVDのめぼしいものはほぼ観尽くしたので、三流映画ばかりのアルバトロス映画まで手を伸ばしていたところ、久しぶりに良質な新作が出てきました。ちなみに、アルバトロスの他にニュー・セレクトという会社もあって、やはり低予算の三流映画配給元です。このニュー・セレクトが配給した『チェイン』という自転車に乗った女を自転車で追いかけ回す殺人鬼の映画も観ました。マウンテンバイクとは、ほんとうに山を登ったり、林道を走ったりするものなんだなとわかったが、新味はそれだけ。強い眼を持つ女優はわるくなかったけれど、例によって名作『ヒッチャー』の100本目くらいの焼き直しでした。ただし、冒頭の映画会社名に「おっと板金万太郎」でした。
高校時代のクラスメートに青森市から越してきたやつがいて、彼の町に「板金万太郎」という店があったそうです。みなで先生の悪口を言い合っていたとき、当の先生が後ろに立ったのに彼だけが気づかず、みなが押し黙り彼の独演会になりかけたとき、さすがに雰囲気がおかしいと振り向いた彼が思わず発した言葉が、「おっと板金万太郎」でした。英語なら、「ジーザス」とか「オーマイガッ」、韓国語なら「哀号」、中国語なら「アイヤー」に近い使われかたで、以後私たちクラスの感嘆語として頻繁に用いられました。
映画はなかなか始まりません。予告編が流れた後、ようやく配給元の会社名が出てきます。次ぎに映画会社、そして映画の題名が出て、いわゆるタイトルロールが始まり、俳優名、スタッフ、監督と続きます。「チェイン」では、ニュー・セレクトが配給元で、映画会社名が「アブノーマル ピクチャー」でした。「ダディ、僕、映画会社に就職が決まったんだ」「ほお、パラマウントかMGM? それともソニーエンターテイメントかい?」「いや、もっと小さな会社なんだ」「インデペンデント系ってやつか、それでなんていう会社なんだ」「アブノーマル ピクチャー」「おっと板金万太郎」。こういう風に使います。
そんな映画ばかり数十本観た後の『ブラックダリア』ですから、堪能しました。しかし、エルロイは全部読んだはずなのに、まったく筋が読めなかった自分に呆れ、「おっと板金万太郎」でした。監督はブライアン・デパルマ。有名監督ですが、一流か二流かは見方が分かれています。近作の『ファム・ファタール』は明らかに安物でした。が、俺は嫌いじゃありません。主演女優レベッカ・ローミン=ステイモスのランジェリー姿が抜群だったからです。いまレンタルDVDの新作コーナーに並んでいる『アダム』にも彼女は出演していますが、こちらはまるで魅力なし。ブライアン・デパルマは女優を窃視症的に撮るのが上手い人です。『ブラックダリア』でも、スカーレット・ヨハンソンの着替えをジョシュ・ハーネットに覗かせています。そういう場面を撮るのが上手いというより、好きなのでしょうね。
そんなデパルマですから、傑作『L・Aコンフィデンシャル』と同様な男の熱気と狂気が滴る映画になるはずが、女を舐め回すカメラワークばかりが目立つ映画になってしまいました。が、俺は嫌いじゃありません。『L・Aコンフィデンシャル』を凌ぐ、アメリカ映画界の悪役・敵役・変態役の男優たちがカメオ出演のように、ちらちら主演しているからです。にもかかわらず、女ばかり舐め回す映画と断じてよいのは、富豪役があまりに矮小だからです。昔ならオーソン・ウェルズ、今ならアンソニー・ホプキンスが演るような役なのに、まるで印象に残らない。それより気の触れた富豪夫人に圧倒的な存在感があったのです。デパルマは男には興味ないんですね。
という風にバランスはよくないのですが、つくり手の情熱を感じさせる絵がときどきあります。デパルマは自分が撮る映画が好きなんですね。アルバトロスやニュー・セレクトが配給する映画の多くが三流なのは、短い製作期間しかない低予算の二番煎じ企画だからではなく、好きこそ物の上手なれ、という情熱が感じられないからです。好きとはきれい事で、ようするに執着、病気です。アブノーマルを社名にするセンスからして、もっともアブノーマルから遠いといえます。人の金と労力と時間を、自分の変質のために惜しみなく使う。それくらい自分の変質が好きなんですね。陽のあたる坂道を歩くときの影のようなものとは思っていないのです。