Zooey's Diary

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シュールな賢治ワールド「その日のまえに」

2008年11月20日 | 映画
原作を読んで、その記憶がこれだけ鮮明なうちに観る映画というのも珍しい。
2008年大林宣彦監督。 重松清原作。

原作は7編の短編から成っています。
大林監督は、その小説を切り刻み、ぐちゃぐちゃに混ぜて、張り合わせています。
基幹となるのは、末期癌で余命宣告を受け「その日」を迎えるとし子と夫の健太、その子ども達の話なのですが、それ以外の短編があちこちに散りばめてあります。
それらを結びつけるのは、なんと宮沢賢治なのです。

驚きました。
原作の中には、宮沢賢治という言葉は、たったの一回しか出てこないのです。
健太が、とし子がいよいよもう駄目だと医者から連絡を受けて、息子たちにそれを知らせた時、ぽつりと長男に言うのです。
宮沢賢治の「永訣の朝」って知っているか、と。
それだけなのです。

しかし、映画は、全編が宮沢賢治ワールドです。
「永訣の朝」の詩が歌となり、重々しいチェロの旋律と共に繰り返し流され、クラムボン、セロ弾きのゴーシュ、銀河鉄道の夜の話が自在に交錯しています。
「あめゆじゅとてちてけんじゃ」という詩の一説が、繰り返し出てきます。
私は子どもの頃、宮沢賢治が大好きだったのです。それこそ暗記するくらい読んだので、どれもこれもすんなりと入ってきました。

けふのうちに
とほくへいってしまふわたくしのいもうとよ
みぞれがふっておもてはへんにあかるいのだ
(あめゆじゅとてちてけんじゃ)
蒼鉛いろの暗い雲から
みぞれはびちょびちょふってくる
ああとし子
死ぬといういまごろになって
わたくしをいっしょうあかるくするために
こんなさっぱりした雪のひとわんを
おまえはわたくしにたのんだのだ
ありがたうわたくしのけなげないもうとよ
わたくしもまっすぐにすすんでいくから
(あめゆじゅとてちてけんじゃ) 「永訣の朝」より

「あめゆじゅとてちてけんじゃ」とは「雨雪を取ってきてください、賢治兄さん」という意味です。賢治の2つ年下の妹トシは日本女子大を出た後、花巻高女の教諭をしていたが、大正11年11月24才で病没しました。その妹が死ぬ朝をうたった作品、とされています。この詩を基に、ここまで見事な賢治ワールドを作り上げるとは…

説明が少ないので、原作を読んでいない人、宮沢賢治に詳しくない人には、かもめハウス、駅長君、クラムボン等々、少々分かりにくい作品かもしれません。
しかし、悪く言えば、これほど分かりやすいお涙頂戴ものはないだろう、という位の原作を、よくここまでシュールなファンタジーものに仕上げました。
脱帽です。

この作品に、故峰岸徹がワンシーンだけ出てきます。
健太の父親という、原作には出てこない人物として。
これは、峰岸を出す為にわざと作ったのかなと思っていたら
”僕たちは小型のカメラを持って見舞いの撮影に行きました。
「おい、起きろ、俺が『ヨーイ、スタート』と声をかけるから芝居しろ、
君の演技する姿はここに映るし、それで君は生きているんだ、病気も関係ねえ」と癌で闘病中の根岸君のところに行って撮った絵がこの中に入っています。
僕たちが見舞いに行ったとしても病気はどうにもならんわけで、彼も映画の俳優、僕たちも映画を作る人間とすれば、僕たちの覚悟としてもこれはもう遺作を作ってやろう、というそういう思いでね。”
と、大林監督が語っています。
峰岸徹が亡くなった今、その言葉が胸に染み入ります。

☆3.5

「その日のまえに」 
コメント
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