ミャンマーにおいて、反軍政デモで武力鎮圧をしている報道がなされています。
このミヤンマーの国名記述をめぐり二つの表記が混在しています。
一つはミヤンマー(MYANMAR)でもう一つはビルマ(BURMA)です。
なぜ、このように二つの呼称が混在しているのでしょうか?
1988年に国軍クーデターで政権を握った軍政政権は、翌年英語名を「ビルマ」から「ミヤンマー」に変更しました。
「ビルマ」がビルマ民族を指すのに対して、他民族国家の呼称では原音に近い「ミヤンマー」が適切だとの理由によるものだそうです。
民族主義的色彩が強い軍事政権が、イギリス植民地時代以来の「ビルマ」という呼称を嫌ったという事情もあります。
国名の変更に伴い、当時の首都「ラングーン」は、「ヤンゴン」へ、11世紀の王朝時代の壮大な仏教遺跡がある「バガン」は「パガン」とするなど、各地の地名も変更されました。
これに対して国際社会の反応は二分された。
軍事クーデターに反発する欧米各国は、軍事政権による呼称変更を認めず、従来の英語表記のまま「ビルマ」の呼称を用い続けているのです。
”秋の気配” F6号
一方、国連は軍事政権が国際上の要件を満たした代表権を持つと判断し、「ミヤンマー」の呼称を承認しました。
日本、中国、ロシアやASEAN諸国など、欧米諸国以外の国々の大半は「ミヤンマー」の呼称を受けいれました。
しかし、呼称変更をめぐる混乱は、国際会議の場でも、欧米諸国が「ビルマ」と呼ぶのに対して、ミヤンマー代表は一々「我々の国名は、ミヤンマーだ」と訂正する場面が今だ繰り返されています。