江戸城は、1457年に太田資長(道灌)が築城したのが、初めてですが、その後持ち主が上杉氏、北条氏へと変わりました。
その後、1590年、秀吉の小田原攻めで北条氏が降伏し、徳川家康の関東転封が行われ、家康が入城しました。
当時の江戸城は荒れ果てており、当初は応急処理のみにとどめ、主に城下町の拡張工事に力をいれました。
城の本格的な工事が始まったのは、慶長8年(1603年)に家康が幕府を開いてからで、1611年には本丸御殿、二の丸、三の丸、石垣などが築造され、翌年には五層の天守閣が建築され、この時点で一応大城郭としての形を整えました。
工事はまだ継続されていたのですが、本丸御殿の焼失による再建や西の丸の造営、その他増築などを経て、最終的に寛永13年(1637年)に江戸城の総構が完成したそうです。
以後230年間、徳川将軍家の居城であったが、慶応3年(1867年)に最後の将軍徳川慶喜が大政奉還し、翌明治元年(1868年)開城し、江戸城は皇居となったのです。
現在の皇居