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極東極楽 ごくとうごくらく

豊饒なセカンドライフを求め大還暦までの旅日記

ポストメガソーラ巡礼の明日

2013年06月17日 | デジタル革命渦論

 

 

【ポストメガソーラ巡礼】

半導体レーザ等の光半導体素子を高温下で動作させるには、熱励起による発振準位からのキャリアの漏出を防
ぐために、離散的なエネルギー準位をもつ量子ドットを活性層に用いる方法が有効だとされる。また、長距離

光通信の波長1.55μm帯で用いる光半導体素子には、InP基板上方の自己形成型量子ドットの層を複数、活
性層とする方法が有望視されていて、InP基板上方にInAs量子ドットを形成する際に、光利得の増大と
光導波路形成に、InPよりも高屈折率であるInGaAsP中間層を用いられることがある。InGaAs
P中間層の厚さは、量
子ドット層間での波動関数の結合が発生しない10nm以上とされているが閾値電流の
関係で現実的ではなく、高い光
利得を得ながら閾値電流値を低減することができる光半導体素子とその製造方
法の研究開発
がなされてきた。
 この問題解決方法として、基板の上方に形成された複数の量子ドット層とその
量子ドット層に中間層からなる構造で、量子ドット層組成が、InxGa1-xAsySb1-y(0<x≦1、0<y
≦1)、また、中間層の組成がInaGa1-aAsb1-b(0<a<1、0<b<1)で、、厚さが10nm以上
40nm以下、中間層と、その底面から10nm以上40nm未満の高さに位置し、厚さが0.3nm以上2
nm以下のInP層14が含まれた特徴を備えた構造にすることで対応した新規考案が提案されている(「特
開2013-110208|光半導体素子及びその製造方法」)。

【符号の説明】

1:基板  3:活性層  11:光閉じ込め層  12:量子ドット層  12a:量子ドット 13:下側
InGaAsP層  14:挿入層  15:上側InGaAsP層  16:光閉じ込め層 21:光閉じ込め
層  23:InGaAsP層  24:挿入層 26:光閉じ込め層  31:光半導体素子

 


このような量子ドットに照準をあわせた技術の応用展開として、高性能太陽電池(=ポストメガソーラ)の実
用開発がメイド・イン・
ジャパンで加速しつつある。例えば、産総研とシャープ株式会社が、世界最高の集光
時セル変換効率144.4%の化合物三接合型太陽電池の報告がなされている(上図)。このプロジェクトでは新た
な電極形成プロセスを導入し、受光面と電極を繋ぐコンタクト層の幅を電極幅と同一にすることで、受光する
面積を広げ、世界最高変換効率を実現したという。集光型ではあるが光電素子が小さくなれば、トラッキング
(自動追尾)型でなくても固定型でも十分に高性能出力が可能だ。




 

 

 

  余った二日間、つくるはヘルシンキの街をただあてもなく歩いて過ごした。ときどき小雨が
 ぱらついたが、気にするほどの雨ではなかった。歩きながら様々なことを考えた。考えなくて
 はならないことはたくさんあった。東京に戻る前に、気持ちをできるだけ整理しておきたかっ
 た。歩き疲れると、あるいは考え疲れると、カフェに入ってコーヒーを飲み、サンドイッチを
 食べた。途中で道に迷い、自分が今どこにいるのかよくわからなくなったが、それも気になら
 なかった。それほど大きな都市ではないし、いたるところに市街電車が走っている。そして場
 所を見失うことは、今の彼にはある意味心地よくさえあった。最後の日の午後には、ヘルシン
 キ中央駅に行ってベンチに座り、発着する列車をただ眺めて時間を過ごした。

  駅から携帯電話でオルガに電話をかけ、礼を言った。ハアタイネンの家はみつけられたし、
  彼女は僕の顔を見てちゃんと驚いてくれた。そしてハメーンリンナはとても美しい街だった。
 それはよかった、素晴らしい、とオルガは言った。彼女は心から喜んでくれているようだった。
 よかったら、お礼にどこかで夕食でもごちそうしたいんだけど、とつくるは誘った。そう言っ
 てもらえるのは嬉しいけど、今日は母の誕生日で、うちで両親と一緒に食事をすることになっ
 ているの、とオルガは言った。沙羅にどうかよろしく伝えておいて。伝えておく、いろいろあ
 りがとう、とつくるは言った。
 
  夕方になると、オルガが勧めてくれた港の近くのレストランで魚料理を食べ、冷えたシャブ
 リをグラスに半分飲んだ。そしてハアタイネンー家のことを考えた。彼らも今頃きっと四人で
 テーブルを囲んでいるに違いない。風はまだ湖面に吹いているだろうか? エリはそこで今、
 いったいどんなことを考えているのだろう? 彼女の息づかいの温かな感触は、まだ彼の耳の
 内側に残っていた。


  東京に戻ったのが土曜日の朝だ。旅行バッグの中のものを片付け、ゆっくり風呂に入り、あ
 との一日何をするともなく過ごした。帰ってすぐ、沙羅に電話をかけることを考えた。実際に
 受話器を手にとって、番号を押しさえした。しかし結局受話器を元仁尻した。心の中にあるも
 のを整理するのに、今しばらく時間が必要だった。短い旅行だったが、そのあいだにいろんな
 ことが起こった。白分か今こうして東京の真ん中にいることが、まだうまく実感できない。ハ
 メーンリンナ郊外の湖の畔で、透明な風の音に耳を澄ましていたのがほんの少し前のことに思
 える。沙羅に何を告げるにせよ、彼はその言葉を選り分けなくてはならなかった。

  洗濯をし、たまっていた新聞に簡単に目を通し、夕方前に街に出て食料品の買い物をしたが、
 食欲はなかった。おそらく時差のせいだろう、まだ明るいうちからひどく眠くなり、八時半に
 ベッドに横になってそのまま眠ったが、真夜中前に目が覚めた。飛行機の中で読んでいた本の
 続きを読もうとしたが、頭がうまく働かなかった。だから部屋の掃除をした。夜明け近くにも
 う一度ベッドに入って眠りにつき、次に目が覚めたのは日曜日の昼前だった。暑い一日になり
 そうだった。エアコンのスイッチを入れ、コーヒーをつくって飲み、チーズ・トーストを一枚
 食べた。
 
  シャワーを浴びてから沙羅の住まいに電話をかけてみた。しかし電話は留守番モードになっ
 ていた。「信号音のあとに伝言を残してください」というメッセ九ンがあった。どうしようか
 少し迷ったが、何も言わずにそのまま受話器を置いた。壁の時計の針は午後一時を回っていた。
 携帯電話にかけてみようかとも思ったが、思い直してやめた。

  彼女は今頃、恋人と一緒に休日の昼食をとっているのかもしれない。ベッドに行って抱き合
 うにはまだ早い時刻だ。沙羅と手を繋いで表参道を歩いていた中年の男の姿をつくるは思い出
 した。そのイメージはどれだけ追い払おうとしても、脳裏を去らなかった。ソファに横になり、
 そんなことを考えるともなく考えていると、背中に鋭い針を刺されたような感触があった。目
 に見えないほど細い針だ。微かな痛みだし、出血もない。たぶん。しかしそれでも痛みは痛み
 だ。

  自転車に乗ってジムに行き、プールでいつもの距離を泳いだ。身体全体にまだ不思議な痺れ
 が残っていて、泳ぎながら時折ふと眠り込んでしまったような気がした。しかしもちろん実際
 には眠りながら泳ぐことなんてできない。ただそういう気がしただけだ。それでも泳いでいる
 あいだは、身体がいねば自動操縦に近い状態になって、沙羅のこともその男のことも思い出さ
 ずに済んだ。それは彼にとってはありかたいことだった。

  プールから帰って、半時間ほど昼寝をした。夢のない、意識をきっぱり遮断されたような濃
 密な眠りだった。そのあと何枚かのシャツとハンカチにアイロンをかけ、夕食を作った。鮭を
 香草とともにオーブンで焼いてレモンをかけ、ポテトサラダと一緒に食べた。豆腐と葱の味噌
 汁も作った。冷えた缶ビールを半分だけ飲み、テレビで夕方のニュースを見た。そのあとはソ
 ファに横になって本を読んだ。

  沙羅から電話がかかってきたのは、夜の九時前たった。

 「時差ぼけは大丈夫?」と彼女は言った。
 「睡眠はかなりでたらめだけど、体調は悪くない」とつくるは言った。
 「今は話して大丈夫? 眠くない?」
 「眠いことは眠いけど、あと一時間ほど我慢して、それから寝ようと思う。明日から仕事だし、
 会社で昼寝はできないからね」
 「その方がいいと思う」と沙羅は言った。「ねえ、今日の午後の一時くらいにうちに電話をく
 れたのは、あなたよね? 留守電をチェックするのをずっと忘れていて、さっき気がついたん
 だけど」

 「僕だよ」

 「そのときはちょうど近所に買い物に出ていたの」
 「うん」とつくるは言った。
 「でもメッセージは残さなかったのね」
 「留守電にメッセージを残すのが苦手なんだ。いつも緊張して、言葉がうまく出てこない」
 「そうかもしれないけど、自分の名前くらいは出てくるでしょう?」
 「そうだな。たしかに名前くらいは残すべきだった」
  彼女は少し間を置いた。「ねえ、私もけっこう心配していたのよ。旅行はうまくいったのか
 なって。何かひとことくらいメッセージを残してくれてもよかったんじやないかしら」
 「悪かったと思う。そうするべきだった」とつくるは謝った。「ところで君は今日いちにちど
 んなことをしていたの?」
 「洗濯と買い物。料理、台所と洗面所の掃除。私にもたまにはそういうとても地味な休日が必
 要なの」、彼女はそう言ってから少し黙った。「それで、フィンランドの用件はうまく片付い
 た?」
 「クロには会えたよ」とつくるは言った。「二人でゆっくり話をすることもできた。オルガが
 僕をずいぶん助けてくれた」
 「それはよかった。彼女は良い子でしょう?」

 「とても」。彼は自分がヘルシンキから車で一時間半ほどのところにある、美しい湖の畔まで
 エリ(クロ)に会いに行ったことを話した。彼女は夫と二人の小さな娘と、一匹の大と一緒に
 そのサマーハウスで夏を過ごしている。近くにある小さな工房で、夫と共に目々陶器を作って
 いる。
 「彼女は幸福そうに見えたよ。たぶんフィンランドでの生活が含っているんだろう」とつくる
 は言った。長く暗い冬の時折の夜を別にすれば-でもそのことは目にしなかった。
 「彼女に会うためにはるばるフィンランドまで行くだけの価値はあったと思う?」と沙羅が尋
 ねた。
 「うん、行くだけの価値はあったと思う。実際に顔を合わせてしか話せない種類のものごとも
 ある。おかげでいろんな事情がずいぶんはっきりしてきた。すべてがすんなり俯に落ちたとい
 うわけではないけど、それは僕にとって大きな意味を持つことだった。僕の心にとってという
 ことだけど」
 「よかった。それを間いて嬉しい」

  短い沈黙があった。風向きを測るような、含みのある沈黙だった。それから沙羅は言った。

 「ねえ、あなたの声の感じがいつもと少し違うような気がするんだけど、私の気のせいかし
 ら?」
 「わからないな。声がおかしいのは疲れているからかもしれない。こんなに長く飛行機に乗っ
 ていたのは生まれて初めてだから」
 とくに何か問題があったというわけではないのね?」
 「問題みたいなことは何もなかったよ。いろいろと君に話さなくちゃならないことはあるんだ
 けど、いったん話し出すと長くなってしまいそうだ。近いうちに会って、ゆっくり順序立てて
 話した方が良いと思う」
 「そうね。会いましょう。でも何はともあれ、フィンランド行きが無駄足にならなくてよかっ
 た」
 「いろいろとありがとう。君のおかげだ」
 「どういたしまして」

  再び短い沈黙があった。つくるは注意深く耳を澄ませた。そこにあった含みはまだ解消され
 ていなかった。

 「ひとつ君に聞きたいことがあるんだ」とつくるは決心して切り出した。「こんなことは言わ
 ないでいた方がいいのかもしれない。でもやはり、自分の気持ちに正直になった方がいいよう
 な気がする」
 「いいわよ」と沙羅は言った。「もちろん自分の気持ちに正直になった方がいいと思う。なん
 でも聞いて」
 「うまく言えないんだけど、君には僕のほかに誰か、つきあっている男の人がいるような気が
 するんだ。そのことが僕の心に前からひっかかっている」
  沙羅は少し黙った。「気がする?」と彼女は言った。「それは、ただなんとなくそういう感
 じがするということ?」
 「そうだよ。なんとなくそういう感触があるというだけだ」とつくるは言った。「でも前にも
 言ったように、僕はもともとそれほど勘が利く方じゃない。僕の頭は基本的にかたちのあるも
 のを作るためにできている。名前のとおりにね。かなり単純な構造なんだ。僕には人の心の複
 雑な動きはよく理解できない。というか、そんなことをいえば、自分の心の動きだってろくに
 わかってないみたいだ。そういう微妙な問題に関しては、しばしば間違いを犯す。だからいろ
 んなことを、頭の中でややこしく考えないように努めている。でもこのことは前から心にかか
 っていたんだ。そしてそれについて君に率直に、正面から尋ねた方がいいだろうと思った。自
 分の頭の中で下手にこねくりまわすよりね」
 「なるほど」と沙羅は言った。
 「それで、君には誰かほかに好きな人がいるのかな?」

  彼女は黙った。

  つくるは言った。「わかってはしいんだけど、もしたとえそうだとしても、それをとやかく
 言っているわけじゃないんだ。それは僕が口出しするべきじゃないことなのかもしれない。君
 には僕に対する義務なんて何もないし、僕には君に何かを要求する権利もない。でも、ただ僕
 としては知りたいだけなんだ。自分の感じていることが間違っているのかどうかを」
  沙羅はため息をついた。「義務とか権利とか、できればそういう言葉を出さないでほしい。
 なんだか憲法改正の論議をしているみたいだから」
 「わかった」とつくるは言った。「僕の言い方はあまり良くなかったと思う。でもね、さっき
 も言ったように、僕はかなり単純な人間なんだ。こんな気持ちを抱えたままでは、うまくやっ
 ていけないかもしれない」
  沙羅はまた少し黙った。彼女が電話口で唇を固く結んでいる姿がありありと想像できた。
  少ししてから彼女は静かな声で言った。「あなたは単純な人間なんかじゃない。自分でそう
 思おうとしているだけよ」
 「君がそう言うのなら、あるいはそうかもしれない。そのへんのことは僕にもよくわからない。
 でも単純な生き方のほうが僕の性格に合っているのも確かだよ。とくに人間関係に関しては、
 これまで何度か傷ついてきた。できればもうこれ以上そういう思いはしたくないんだ」
 「わかった」と沙羅は言った。「あなたが正直になったんだから、私もあなたに対して正直に
 なりたいと思う。でもその前に少し時間をもらえるかしら?」
 「どれくらい?」
 「そうね、三日くらい。今日が日曜日だから、水曜日にはきちんと話せると思う。あなたの質
 問にも答えられると思う。水曜日の夜は空いている?」
 「水曜日の夜は空いている」とつくるは言った。いちいち手帳を間いて確かめるまでもない。
 日が暮れたあと、彼にはどんな予定も入ってない。
 「その日に食事を一緒にしましょう。そしてそこでいろんなお話をしましょう。正直に。それ
 でいい?」
 「それでいい」とつくるは言った。
  そして二人は電話を切った。

  
その夜につくるは長い奇妙な夢を見た。

 

                                       PP.331-340                         
                村上春樹 『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』
 

 

 

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