秋麗(あきうらら)

うーちゃんの節約日記です。
不思議だなと思う心、いつまでも忘れずにいたいな

閉業のお知らせ

質店は2021年8月に閉店いたしました。 昭和21年9月創業で75年間にわたりご愛顧賜りありがとうございました。

鳥取のジオスポット★鳥取砂丘

2017-01-27 | 旅・中国&四国地方


鳥取砂丘の土産物屋さんの裏側にこんなわかりやすいジオスポットありました。

1/22の日曜昼に訪れた時ミゾレが降ってきて、急いで避難。
出発までまだ余裕あったのでウロウロしてて


この看板目に留まりました(^ ^)

裏側に廻ってみると




黄色みを帯びた地層が大山の噴火による火山灰の蓄積したもので、5.5万年-5.9万年前だそうです。
その上下に、鹿児島の姶良火山からの火山灰層があるとのこと。

山陰海岸ジオパークより引用
「鳥取砂丘は、中国山脈に源を持つ千代川の急流が運んできた花崗岩質の砂と、日本海の冬の波浪のコラボレーションによる自然の造形美です。美しい曲線を持つ砂丘地形では、風による砂の移動が描き出した風紋が微妙な変化を楽しませてくれます。
砂は幾重にも積み重なり、基盤の花崗岩質の岩石は地下およそ80mの深さにあり、古砂丘が厚くその上に堆積しています。大山の噴火活動で飛来した火山灰、さらに遠く九州南部鹿児島で噴火した姶良火山からの火山灰などが古砂丘を覆っています。そして、新砂丘がその上を覆い、現在の砂丘が形成されました。人々は自然の脅威の中で技術を培い、砂丘農業を生み出しました。」




播磨考古博物館でも、火山の噴火堆積物でマンモスが歩いた時代がわかると教えてもらいました。

2013-12-09 最も低い分水界★氷上回廊

2011-12-01マンモスも歩いた道★石生の水分れ★中央分水界


鳥取の東郷湖畔はわい温泉で見た鳥と山

2017-01-27 | 旅・中国&四国地方




たぶんカモメ、お菓子を放り投げると上手にキャッチします。



東郷湖の湖底から湧き上がる温泉で、湖畔の岬の橋を渡った小島にあった温泉宿千年亭。

露天風呂も湖のすぐ横なので、鳥たちが目の前にいました。
残念ながらお風呂にカメラ持ち込めないから画像ありません。






花鳥風月疎いので、宿の仲居さんに鳥の名を尋ねたら、カモメとユリカモメだと。

見分け方違いがよくわからない。





潜水上手な鳥もいます。
かなりな距離を水中で進んで思いもよらないとこで頭出す。

カモメは何でも食べてカッパエビセンも大好きらしいけど、潜水苦手と知った。
となると潜ってたのはカイツブリ?



少し大きい白と黒の混じった水鳥も名前は不明。



こんもりお椀を伏せたような山が御冠山だと思います。







氏神さんの地車隊ご一行様ツアーは、日時集合時間と行き先と費用だけ知らされてました。
自分の行きたいとこで決めるのではなくて、親睦を図るためのお任せ旅行です。
枯れ木も山の賑わいで参加させてもらってます。

宿のはわい温泉は未だ行ったことなくて、地図で見たら去春行った三朝温泉より北、10月の鳥取地震で被災してる。
実際、千年亭の大浴場の洗い場で、水が出にくいのは地震の影響だと貼紙みました。
しかし東郷湖の湖底から沸きあがる温泉に異常はなく、いい湯でした。

その東郷湖の対岸に、湯梨浜町の伯耆国一ノ宮倭文神社があるのを確認してました。
当日バスが出発してすぐに幹事さんに、一宮めぐりしてるので行きたいなとプリントアウトした地図を見せました。

観光バスは走行コース、距離、ドライバーさんの勤務時間とか厳しく管理されてるから融通利かない。
それはわかってたけど、やっぱり、無理。
今回はご縁がなくて、倭文神社参拝は実現しなかった。

倭文神社社伝によれば、
出雲から渡った下照姫命が現在の湯梨浜町(旧羽合町)宇野に着船し、御冠山に登って現在地に鎮まったという。




最初の2枚のカモメが飛んでる画像、後ろの山の左側が馬の山で、右側に御冠山があります。

羽柴秀吉は天正9年(1582)、織田信長の命により中国攻めの軍を進めて鳥取城を陥落させました。
このときの兵糧攻めが厳しかったそうで、数年前にゆるきゃらグランプリで話題になりました。



つづいて羽衣石の南條元続を救援するため、伯耆に進出して御冠山(みかむりやま:186.3m)に布陣。
一方、毛利側の吉川元春の軍は、馬の山で対峙し背水の陣を敷いた。
双方がにらみ合うも、秀吉は元春の覚悟のほどを知り戦わずして軍を引き上げたそうです。


たまたま地車隊のおっちゃん達のセレクトで導かれた因幡国(いなばのくに)と伯耆国(ほうきのくに)。
歴史がいっぱい詰まってました。

因幡の白兎の続きはもう少し調べてから、なんか深いミステリーありそうなので。