浜名史学

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「加害責任」

2024-09-21 15:06:44 | 近現代史

 今まで、新しい資料をもとに、わたしは中国人の強制連行、南京事件、朝鮮人女子勤労挺身隊、朝鮮人の戦時強制動員など、「大日本帝国」の加害に関わる問題を研究し発表してきた。「新しい資料」とは、わたしが自治体史に関わる中で新たに発見した(自分自身が担当した分野で資料を博捜するなかで出て来たり、あるいは偶然出て来たりして)ものである。それらをもとに、新たな事実を提示した。

 調査のために、あるいは現場を確認するために、わたしは韓国や中国に何度も行った。そのとき、オモテには出さないけれども、日本人としての(加害)責任をいつもこころのなかに感じていた。そして心の中で謝り続けていた。わたしは戦後生まれであり、「大日本帝国」が行った植民地支配や侵略戦争に、直接的な責任はない。しかし「大日本帝国」が行ったことを知っているわたしとしては、日本人として謝罪せざるを得ない気持ちであった。

 『世界』9月号に、胡桃澤新さんが「「加害責任」の世代間伝播」という文を載せている。

 胡桃澤さんの祖父は、戦時中長野県河野村の村長だった。彼は、当時の国策にのって、村から分村移民を送出した。しかし移民として渡「満」した人たち70名以上が亡くなったことから、その責任を痛感して自死したのであった。

 胡桃澤さんはその事実を知らなかった。それを知ったときの驚き。

 わたしも「満洲」移民について何度か書いたことがある。その一つが、現在川根本町になっているが、平成の大合併によりなくなった中川根町の歴史である。中川根町は、戦後、中川根村と徳山村が合併してできた町だ。「満洲」移民に対してこのふたつの村は異なった対応をした。中川根村は国策にのって、分村移民を送出した。そして1945年、悲惨な結末を迎えたことは、他の地域と同様であった。徳山村は、送出しなかった。村長が、南米移民はいいが、「満洲」は行ってはいけないとしたのである。徳山村の村長は、勝山平四郎。勝山は中泉農学校の出身で、校長の細田多次郎は「鍬をかついで南米へ、鉄砲かついで満洲行くな」と主張していた。その教えを、勝山は我がこととしていたのであった。そして徳山村では、村民を村外に出していくのではなく、土地を分配することによって農林業兼営の自作農をつくっていくという方針を打ち立てていたのである。昭和恐慌以降の経済的に難しい時期に、この二つの村は、別の道を歩んだのである。

 小さな村にとって、国策にのって「満洲」に移民を送出する途しかなかったわけではないことを、徳山村の歴史は教えている。

 だから、「満洲」に移民を送出した胡桃澤さんの祖父は大きな責任を感じたのだろう。胡桃澤さんは、「祖父には自死ではなく、生きて責任を果たしてほしかった」と書く。そして「祖父は侵略に加担した。侵略された中国の人たちを思う言葉が遺書にはない。謝罪もない。」とも。おそらく村民を多数死なせてしまったという自責の念が強かったのだろうし、当時の人びとと同様に、「加害責任」を感じることもなかっただろう。人びとが「加害責任」を考えはじめるには、もっとながい時間が必要であったのである。もし「祖父」が自死しなければ、中国に対する「加害責任」を、いずれもつことになっていただろうと思う。

 移民政策を推進した張本人たちは、「満洲移民政策」の失敗、多数の移民を死なせてしまったこと、それらへの責任など何も感じていなかった。少なくとも、「祖父」は、村民への責任を厳しく自らに問うたのである。責任感が強い人物だったと思う。

 胡桃澤さんは、自らが住む東大阪市では、育鵬社の教科書がつかわれていると書いている。そして排外主義者のスピーチと育鵬社の記述の「同じ根っこ」に、「大日本帝国」があることを指摘している。

 「大日本帝国」は、支配層のなかに依然として根を張っている。それが行政や司法、教育など、折に触れて姿を現す。「大日本帝国」は、「亡霊」にはなっていないのである。永田町や霞ヶ関では、いまだ息づいている。

 胡桃澤さんは、「「加害責任」の後の世代への先送りを防ぎたい」と書く。「加害責任」にピリオドを打つためには、国家権力の内部に巣くう「大日本帝国」を消し去らなければならないと思う。たいへんな事業となるだろう。 

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