「ジャック・カロ」 国立西洋美術館

国立西洋美術館
「ジャック・カローリアリズムと奇想の劇場」
4/18~6/15



国立西洋美術館で開催中の「ジャック・カローリアリズムと奇想の劇場」を見て来ました。

17世紀初頭、ロレーヌ(現フランス)やイタリアで活動した版画家、ジャック・カロ(1592-1635)。緻密なエッチング、時に幻想的な作風。タイトルの「奇想」という言葉もあながち誇張ではないかもしれません。

西洋美術館では400点もカロの版画を所蔵しているそうです。本展にはうち220点を出品。全て館蔵品での構成です。初期から晩年に至る活動を紹介しています。(出品リスト


「二人のザンニ(喜劇の従者役)」1616年頃 エッチング

さて今回のカロ展、言うなれば「軸」は二つです。まずカロの業績を年代で追うとともに、「宗教」や「戦争」といった主題別でも作品を提示している。ともするとカロ、例えば西美の版画室などで見ることがないわけではありませんが、編年体で追いかける機会は少なかったかもしれません。作風の変遷とでも言うべきでしょうか。その点も浮き上がってきます。

カロの生まれは1592年、ロレーヌ公国の首都ナンシーです。1608年には早くもローマへ赴き、版画家のフィリップ・トマサンの弟子となる。ここでエングレーヴィングの技法を学びます。その後にさらに知人の誘いを受けフィレンツェへと渡ったそうです。

エッチングの初期作として知られるのが「サン・ロレンツォ教会の内部装飾」です。舞台はフィレンツェ。教会のアーチ内部の柔らかな線刻が印象に残る。また「キリストと穀物の計量人」はカロが下絵から手がけた最初期の作品と言われるもの。人物の生き生きした様子。ボスを連想しました。後の展開を予兆させる面があるかもしれません。


「インプルネータの市」 1620年 エッチング

フィレンツェではメディチ家の庇護を受ける。宮廷附きの版画家に就任します。そしてここで興味深いのが同地近辺の広場や劇場でのショーや試合などを積極的に描いていることです。「アルノの祝祭」はアルノ川で行われた模擬水上戦。何と3000名もの観客が集まったとか。花火があがり、人工島を巡って船で戦いが交わされる。大パノラマ。見事なスケールです。


「狩り」 1620年頃 エッチング

「狩り」はどうでしょうか。鬱蒼と生い茂る森の中での狩りの光景。馬に乗って鹿を追いかける貴族たち。前景と後景の対比もダイナミック。奥へと空間が開けています。そして細かに見れば犬を抑えて出番を待つ者や、馬から振り落とされて地面に横たわる男の姿などもある。躍動感のある表現です。まるで映像を前にしたかの如く動きがあります。

カロはコジモ2世の死後、庇護を失い、故郷へと戻りました。再びロレーヌです。しかし今度は簡単に宮廷のポストを得ることは出来ません。求職活動でしょうか。カロは同地の宮廷の庭園や祝祭の様子を描き、それを貴族へ献呈しています。中には力作も少なくありません。


「槍試合 連作 『ド・ヴロンクール殿、ティヨン殿、 マリモン殿の入場』」1627年 エッチング

「槍試合」です。カロが宮廷で催された槍試合の様子を記録したシリーズ。うち「ド・ヴロンクール殿、ティヨン殿、 マリモン殿の入場」が面白い。それぞれの貴族が乗るのはイルカの山車。ここでカロは本来なら山車を引く小姓を省略しています。これも一種の奇想風景と言えるのではないでしょうか。

カロが生涯にわたって最も多く制作したのは宗教主題の作品です。とりわけロレーヌ帰郷後が多い。「聖セバスティアヌスの殉教」は大作です。画面中央で四方からの矢を受ける聖人。痛々しい。空中には何本の矢が飛び交っている。そして多くの見物人の姿。座っている者もいる。まるで眼前でこの光景を見て描いたかのようなリアリティーです。しかしながら景色は当然の如く架空。そもそも背後に映るローマの遺構は、カロがローレヌの人が彼の地に強い関心を抱いていたことを意識して描き込んだとか。何とも戦略的ではありませんか。

さて1630年代にはフランス軍がロレーヌ地方へ侵攻。同地は動揺します。そしてちょうどこの頃、カロは戦争を主題とした連作を制作しました。


「戦争の悲惨 連作 『絞首刑』」 1633年 エッチング

それが「戦争の悲惨」です。兵士の軍籍登録から入隊、配属、戦闘、略奪に刑罰、最後には報償の授与までが描かれている。とりわけ胸に迫るのは「絞首刑」や「火刑」など死の場面です。十数人もの死体が大木にぶら下がりになっている姿。その下にはまだ死体があります。「農家の略奪」でも逆さ吊りで火あぶりになった人が生々しく表されていました。

いずれも目を覆わんばかりの凄惨な光景ですが、カロは何も反戦思想でこうした絵を描いたわけではない。一方の「教練」では、兵隊のポーズを巧みに捉えている。そもそも「戦争の悲惨」も、カロの遺産目録には「兵士の生活」と記録されていた。また当時は兵士の軍の風紀に対する人々の批判もあったそうです。身近な戦争。カロの関心はその中で生きる人そのものにあった。そうとも言えるかもしれません。


「パリの景観 連作 『ポン・ヌフの見える光景』」 1629年頃 エッチング

ラストは風景。「水車」が絶品です。静かな水辺の景色。中央にはアーチ状の建物。水車小屋でしょうか。おそらくはフィレンツェ近郊を描いたとされる作品。水面には建物の影が写っている。夕景かもしれません。右後方では丸く大きな太陽が雲の中へ沈もうとしています。

全体的にキャプションを通して見ると、それこそ「反戦」云々といった物語性を退け、なるべく等身大のカロ像へ冷静に迫ろうとしている印象を受けました。


「聖アントニウスの誘惑(第二作)」 1635年 エッチング

会場内にDNPのデジタルコンテンツ「みどころルーペ」が設置されていました。双方向でのタッチパネル方式です。指先一つでカロの版画を拡大して楽しむことも出来ます。

なお本展は「非日常からの呼び声 平野啓一郎が選ぶ西洋美術の名品」と同時開催の展覧会です。会場は企画展示室の地下1階が「カロ展」、もう一つ下の地下2階部分が「非日常からの呼び声」になっています。つまりは一続き、一枚のチケットで両方を観覧出来るわけです。(カロ展の方が大規模です。)

会期早々だったからか、館内には余裕がありました。ただし作品の小さな版画の展覧会。混むと大変です。まずは早めの観覧をおすすめします。

6月15日まで開催されています。

「ジャック・カローリアリズムと奇想の劇場」 国立西洋美術館
会期:4月8日(火)~6月15日(日)
休館:月曜日。但し5/5は開館、5/7(水)は休館。
時間:9:30~17:30
 *毎週金曜日は20時まで開館。
 *入館は閉館の30分前まで。
料金:一般600(400)円、大学生300(150)円、高校生以下無料。
 *( )内は20名以上の団体料金。
住所:台東区上野公園7-7
交通:JR線上野駅公園口より徒歩1分。京成線京成上野駅下車徒歩7分。東京メトロ銀座線・日比谷線上野駅より徒歩8分。
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