八十路徒然なるままに

春暮れてのち夏になり、夏果てて秋の来るにはあらず、春はやがて夏の気をもよほしーーー。徒然草より

巨木

2020年09月17日 16時16分54秒 | Weblog

数回、拙ブログに載せた、「人里の巨木たち」の影響ではないが、小生の画像一覧を見ていたら、龍燈の杉の画像があった。改めてながめると、艶がある。うんちくを語るのは、「釈迦に説法、孔子に悟道」なので、そちらの、ホームヘージを訪ねてください。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

礼状に添えられていた

2020年09月17日 15時40分05秒 | Weblog

画像は、拙ブログの、8月26日に、書いた、怪訝な表情の人から、届いたその時の礼が、書いてあったのに、添付してあった。画像の下部に、常福寺旧参道の石仏群とある。話には聞いていたが、訪れたことは無い。新参者が、写経会の末席に、座している。写経生とは、お茶をご馳走になるときに、談笑はしている。閼伽井嶽のことは、新参者なので、話題にならない、案内によると、閼伽井嶽薬師常福寺は、天平六年、734年ころ、東北地方に大地震があり、疫病が流行したという。善無畏三蔵伝来の薬師如来を護持して、祈願をして疫病を封じ込めたという。その地で、写経と修法につとめたという。この地に、写経を納め、経塚という。後に、現在地に、寺を移し、諸堂を整備したという。長々と書いたが、写経生の端くれなのだが、経塚と旧参道は、めぐりたいと思っている。図らずも、礼状で、旧参道には、画像の石仏が並んでいるのが、知った。怪訝な表情の人と、分かれた車の中で、晩夏と云っても日暮れは早い。山地で、迷わないかなぁと。もうちょっとお付き合いして、何で、巨木を愛でているのか、聞いてみたかったなぁだった。画像の上部の、ホームページを覗くと、いやはや、あるはあるはだぁ。一つ一つから、なにか得ているのだろ。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

閼伽井嶽薬師銅版図

2020年09月17日 14時21分27秒 | Weblog

画像は、写経会の時、見せていただいもの。図の下には、[東京市浅草區茅町精工社銅版部][1896年製]とある。「この図版は、赤銅に手彫りしたもので、平活版所が、社宝として、現在まで所蔵してきたものですが、このたび、赤井嶽開山一千百五十年祭を記念して、寄進されたものです。今回の記念に複版して、皆様に御頒ちする次第であります。」とある。別の資料によると、明治十一年、1878年、二月に、野火により類焼とあり、また、昭和八年、1933年、十一月に、奥の院を残して、全焼したと、読んだ。昭和十七年に、落成した堂宇で、翌年に本坊を、昭和48年、1973年に、不動堂を、翌年に、鐘楼堂を、落慶している、と読んだ。この銅版図をみると、石段を上る参道と、現在の県道と思う参道を上る人影が、刻くされている。現在に伝わっている、「龍燈伝説」の龍燈を見物ための、宿泊施設もあったと、聞いている。県内随一の巨刹と、いわれている。


  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする