○三井記念美術館 特別展『江戸の粋・明治の技 柴田是真の漆×絵』(2009年12月5日~2010年2月7日)
幕末から明治期に活躍した漆芸家・画家、柴田是真(1807-1891)の魅力を紹介する展覧会。薄暗い会場の冒頭には『宝尽文料紙箱』が展示されていた。つるりとした黒漆塗の箱に、笠、鍵、七宝、宝珠などが、蒔絵、漆絵、螺鈿など各種の技法で表わされている。いやー美しい。古さと新しさが、絶妙のバランスを保っている。「笠のひも…とくに見応えがある」という解説を読んでエッと見直した。細い紐の部分に、砂子のような青い螺鈿がちりばめられていたのだ。
展示室1は「漆×絵」の「漆」に焦点化し、漆工芸の数々を展示する。『流水蝙蝠角盆』の花柄(カタバミ柄)のコウモリの愛らしさ。『稲穂に薬缶角盆』では朱色の薬缶をどアップで配した大胆なデザイン。しかし、いちばん面白かったのは『砂張塗盆』で、どう見ても砂張(さはり=金属製)に見えるのに、紙の器胎に塗りを施したものだという。暗い茶室で金属盆と信じて手にした瞬間、その軽さにびっくりする趣向。ほかにも紫檀木材を模した「だまし漆器」の香合は、ごていねいに干割れと鎹(かすがい)まで演出されている。古墨を模したとんこつ(煙草入れ)や、革製にしか見えない文箱など、是真の技術の確かさと、遊び心に感嘆した。
会場に用意された展示リストを見ると、これらの名品には全て「エドソンコレクション」と注記されている。エドソンって誰?という答えは、なぜか、順路の中ほどあたり、展示室4を待たなければならない(この間、ちょっとフラストレーションがたまる)。展示室4の壁には、米国人のキャサリン&トーマス・エドソン夫妻による「あいさつ」パネルが掲げられている。
この「あいさつ」、平明、率直、朴訥な感じさえして、とても気持ちのいい文章である(展示図録にも収録)。「私たちはテキサス州サンアントニオで育ちましたので、日本美術に触れる機会はあまりありませんでした」と始まる。たまたま、キャサリンの母が購入した家にあった日本の屏風に刺激されて、東洋美術コレクターの道を歩み始める。七宝、薩摩焼、漆工へと対象を広げ、是真と出会う。「一人の作家に焦点を当てて収集するには、時間を要しますが、是真という人物の中に、私たちが時間をかけてこたえていきたくなる人間性を発見したのです」という。こういう、コレクターと芸術家の出会いって、幸せだなあと思う。
私は、是真といえば蒔絵師の印象が強かったが、本展は是真を「漆芸家であり画家」と紹介しており、「漆×絵」の「絵」も多数出品されている。工芸家らしいデザインの妙、人間くさい表情の動物、確かな写実、古画の模倣など、変幻自在だが、私は、春風駘蕩として脱力した感じの、雛人形の絵なんか好きだなあ。また、まさに「漆×絵」=「漆絵(うるしえ)」というジャンルでは、ぬめぬめ、てかてかした漆の質感を利用して、霊芝、蛙、宝貝などを効果的に描き出している。是真銘の入っている作品は、70~80歳代の晩年のものが多いが、「技術」一本に生きる職人の誇りと独創的な「芸術」性が、見事に調和した幸福を感じさせる。
余談だが、図録の略年譜を眺めていたら、是真先生、44歳で長男をもうけ、52歳で次男、68歳で三男、72歳で長女をもうけている(妻は3回娶った)。死の前年、84歳で帝室技芸員を命じられ、1年弱の勤務?を経て、翌年には帝室技芸員の年金を受けている。いろんな意味で、すごい人かも。お墓は浅草今戸の称福寺か。今度お参りに行ってみよう。
※柴田是真生誕二百年展公式サイト
2007年開設。蒔絵・研究日誌(ブログ)は現在も更新中。
※日本橋「和紙の はいばら(榛原)」
文化三年(1806年)創業の和紙舗。是真のパトロンだった。
幕末から明治期に活躍した漆芸家・画家、柴田是真(1807-1891)の魅力を紹介する展覧会。薄暗い会場の冒頭には『宝尽文料紙箱』が展示されていた。つるりとした黒漆塗の箱に、笠、鍵、七宝、宝珠などが、蒔絵、漆絵、螺鈿など各種の技法で表わされている。いやー美しい。古さと新しさが、絶妙のバランスを保っている。「笠のひも…とくに見応えがある」という解説を読んでエッと見直した。細い紐の部分に、砂子のような青い螺鈿がちりばめられていたのだ。
展示室1は「漆×絵」の「漆」に焦点化し、漆工芸の数々を展示する。『流水蝙蝠角盆』の花柄(カタバミ柄)のコウモリの愛らしさ。『稲穂に薬缶角盆』では朱色の薬缶をどアップで配した大胆なデザイン。しかし、いちばん面白かったのは『砂張塗盆』で、どう見ても砂張(さはり=金属製)に見えるのに、紙の器胎に塗りを施したものだという。暗い茶室で金属盆と信じて手にした瞬間、その軽さにびっくりする趣向。ほかにも紫檀木材を模した「だまし漆器」の香合は、ごていねいに干割れと鎹(かすがい)まで演出されている。古墨を模したとんこつ(煙草入れ)や、革製にしか見えない文箱など、是真の技術の確かさと、遊び心に感嘆した。
会場に用意された展示リストを見ると、これらの名品には全て「エドソンコレクション」と注記されている。エドソンって誰?という答えは、なぜか、順路の中ほどあたり、展示室4を待たなければならない(この間、ちょっとフラストレーションがたまる)。展示室4の壁には、米国人のキャサリン&トーマス・エドソン夫妻による「あいさつ」パネルが掲げられている。
この「あいさつ」、平明、率直、朴訥な感じさえして、とても気持ちのいい文章である(展示図録にも収録)。「私たちはテキサス州サンアントニオで育ちましたので、日本美術に触れる機会はあまりありませんでした」と始まる。たまたま、キャサリンの母が購入した家にあった日本の屏風に刺激されて、東洋美術コレクターの道を歩み始める。七宝、薩摩焼、漆工へと対象を広げ、是真と出会う。「一人の作家に焦点を当てて収集するには、時間を要しますが、是真という人物の中に、私たちが時間をかけてこたえていきたくなる人間性を発見したのです」という。こういう、コレクターと芸術家の出会いって、幸せだなあと思う。
私は、是真といえば蒔絵師の印象が強かったが、本展は是真を「漆芸家であり画家」と紹介しており、「漆×絵」の「絵」も多数出品されている。工芸家らしいデザインの妙、人間くさい表情の動物、確かな写実、古画の模倣など、変幻自在だが、私は、春風駘蕩として脱力した感じの、雛人形の絵なんか好きだなあ。また、まさに「漆×絵」=「漆絵(うるしえ)」というジャンルでは、ぬめぬめ、てかてかした漆の質感を利用して、霊芝、蛙、宝貝などを効果的に描き出している。是真銘の入っている作品は、70~80歳代の晩年のものが多いが、「技術」一本に生きる職人の誇りと独創的な「芸術」性が、見事に調和した幸福を感じさせる。
余談だが、図録の略年譜を眺めていたら、是真先生、44歳で長男をもうけ、52歳で次男、68歳で三男、72歳で長女をもうけている(妻は3回娶った)。死の前年、84歳で帝室技芸員を命じられ、1年弱の勤務?を経て、翌年には帝室技芸員の年金を受けている。いろんな意味で、すごい人かも。お墓は浅草今戸の称福寺か。今度お参りに行ってみよう。
※柴田是真生誕二百年展公式サイト
2007年開設。蒔絵・研究日誌(ブログ)は現在も更新中。
※日本橋「和紙の はいばら(榛原)」
文化三年(1806年)創業の和紙舗。是真のパトロンだった。