見もの・読みもの日記

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色悪と市民社会/ドン・ジョヴァンニ(オペラ映画フェスティバル2009)

2009-12-26 23:56:37 | 見たもの(Webサイト・TV)
東京都写真美術館 『東京オペラ映画フェスティバル2009~モーツァルト4大オペラ~』(2009年12月5日~12月27日)より

 今年も、写真美術館のシアターで、オペラ映画フェスティバルが開かれている。昨年の「イタリアオペラ名作の森」に続き、今年はモーツァルトの特集(→詳細:楽画会)だ。そうねえ、モーツァルトなら、昔から好きだった「ドン・ジョヴァンニ」だな、と思って観に行った。

 映画は、ジョセフ・ロージー監督、1979年制作。この時代(70年代後半~80年代)って、私の知らないオペラ映画がたくさん作られているんだなあ。ドン・ジョヴァンニ役はルッジェーロ・ライモンディ。この役は、もう少し陽性のイメージがあったので、ちょっと端正で貴族的すぎるんじゃないかと思ったが、演出にはぴたりとハマっていた。終始、白と黒の衣装しか着ないし。背が高く、所作も美しい。「色悪」と評しているブログを見つけたが、なるほどそんな感じ。従者レポレッロは、実は大事な役だということが、映画で観ると、舞台以上によく分かる。ホセ・ファンダムは、ライモンディとは対照的なタイプだけど、歌唱も演技も最高に巧い。

 女性陣では、テレサ・ベルガンサのツェルリーナは、好奇心旺盛なじゃじゃ馬だけど、根は純情な可愛らしさがよく出ていた。ドンナ・エルヴィラはキリ・テ・カナワ。生真面目な感じが役柄に合ってはいたけど、ちょっと婚期を逃した女教師っぽかったな。最後にドン・ジョヴァンニに改心を迫るところは、もう少し女の哀れさと可憐さがにじみ出ていてほしい。

 高校生の頃、はじめて(テレビで)全編を見たときは、ツェルリーナが婚約者のマゼットをハラハラさせた末にめでたく元の鞘に収まることや、だまされっぱなしのドンナ・エルヴィラが、それでもドン・ジョヴァンニを慕い続ける気持ちがよく分からなくて、首をかしげたものだった。やっぱり、これって大人の戯曲だと思う。また、この作品(映画)では、ドン・ジョヴァンニの属する貴族(騎士)階級の時代が終わり、市民の時代が始まろうとしていることが、そこはかとなく告げられていると思う。ドン・ジョヴァンニに影のように従う、終始無言の若い従者(映画オリジナル)の存在も効いている。

 ドン・ジョヴァンニ(バリトン)を地獄に引きずり落とす騎士長(バス)のドラマチックな掛け合いのあと、残されたドンナ・エルヴィラたちが「罪人は去った。報いを受けた」と歌う最後の軽やかな合唱(5人で歌う四重唱?)は、表面的には影のない明るい市民社会の幕開けのように感じられた。でも、耳の中には、ドン・ジョヴァンニの野太いバリトンが、まだ圧倒的な余韻となって、鳴り響いていたのだけれど。

 作品のほとんどはロケ(たぶん)。いやー美しかった。劇場では、絶対に味わうことのできない贅沢である。海(ヴェネツィア)と山(ドン・ジョヴァンニの館のある農村)を行き来し、北イタリアの自然と古建築の引き締まった美しさをふんだんに見せてくれる。

 ひとつだけ、騎士長の石像(亡霊)の描き方はいまいちだなあ。詳細は忘れたが、初めてテレビで見たときの演出は、違和感がなくて感動した。2度目に見たときは、お前はウルトラ大怪獣か!とツッコミたいような下手な演出(扮装)だったので、失笑してしまったことを今でも覚えている。今回は、失笑まではいかないが、あまり感動もできなかった。こういうのは、CGのほうが上手く処理できるんじゃないかと思う。将来に期待したい。
コメント (1)
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