見もの・読みもの日記

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嫌いだけど、おもしろい/中国の論理(岡本隆司)

2016-11-11 22:20:39 | 読んだもの(書籍)
○岡本隆司『中国の論理:歴史から解き明かす』(中公新書) 中央公論新社 2016.8

 今や街の風景はすっかり現代化し、日本や欧米と何も変わらないように見える中国だが、一歩足を踏み入れると、不可解や不愉快の連続である、というのが本書のイントロダクション。また、オビやカバー折り込みの紹介には、同じ「漢字・儒教文化圏」に属しているイメージが強いため、私たちは中国や中国人を理解していると考えがちだが、実態は全然異なる、とある。そこで、中国固有の理屈のこね方を教えましょう、というのが本書の主題らしい。

 この、著者(あるいは編集者?)から見た「普通の日本人の中国認識」は、どのくらい当たっているのだろう。私は全く身に覚えがないので、非常に違和感を感じた。私は中国が「日本や欧米と何も変わらない国」や「同じ漢字・儒教文化圏」であるという意識がほとんどない。日本が日本であるように、中国は中国だと思っているから、謎も矛盾も感じないのだが…。あと「反日」なのに「爆買い」って、そんなに不可解な行動なのだろうか。

 …というわけで、なんとなく腑に落ちないまま、本論を読み始めた。はじめに中国人が歴史をどう考えてきたかを儒教との関連で述べる。次に社会制度の変遷。封建的な身分制から、宮崎市定のいう「古代市民社会」(秦漢)を経て、門閥貴族制度、科挙への転換と、長い歴史を概観する。次に中国独特の世界観である「華夷」のダイナミズムをもとに、実際の歴史の進展を跡づけてみる。ここまでは、だいたい世間に流通しているとおりの中国論で、読んでいてあまり新鮮味を感じなかった。

 「近代の到来」(19世紀)にあたって、日本と中国がとった対応の違いを比較するあたりから、少し面白くなる。同じ時期に近代化(明治維新・文明開化)を経験した日本人は、そのコースが正当で当たり前と考えがちである。そこを基準にして中国の近代化を過程は緩慢、成果も貧弱とみなしかねない。しかし「それは結果論であって、いわれのない偏見である」という箇所は、本書の中で数少ない、強く同意できた記述。オリジナルなものをおびただしく有すればこそ、どんなに優れた技術・文物でも、すぐにとびつき、直輸入するわけにはいかなかったのだ。

 それでも一部の知識人から「洋務」運動、続いて「変法」運動が起こる。「変法」の中心人物・康有為は、孔子教(儒教)を宗教とし、孔子像・孔子廟を教会に見立て、西洋式の祭祀を導入しようとした。これは、康有為の守旧的な性格の現れだと私は思っていたが、本書によれば、康有為は「西洋列強に伍していくためには、中国の人心が一体にならなくてはならない」と考え、西洋が「信仰の実践」を通じて「君臣男女」が一体となっている姿に学ぼうとしたのだという。いやこれは、本書には指摘されていないけど、伊藤博文ら明治新政府の設計者たちが、キリスト教の代わりに天皇崇拝を持ち込んだのと同じ発想ではないか、と思った。

 そして梁啓超の登場。このひとの思想と文体の新しさは、何度でも論じられるべきだと思う。まだ中国に自国を表す名前がなかった時代、梁啓超が用いた「支那」という語の清新さに触れながら、やはりそこには無理があって定着は望めないことから(日本人が自国をカタカナ語で「ジャパン」と呼ぶようなもの、という比喩は分かりやすい)、「中国」という新たな概念を提唱したことを紹介する。「支那は差別語ではない」で終わってしまう俗論に比べると(比べるまでもないのだが)公平で正当である。梁啓超の提唱した「中国」は、もはや天下の中心としての「中華」ではなく、列国の中の一国、漢人たちの国民国家 China を意味する漢訳語であった。現代中国の大衆が、この由来をどれだけ正確に認識しているかは置くとしても、わが梁啓超の目指した理想は心に留めておきたい。

 中国の20世紀については、もう少し詳しく論じて欲しかったところ。国民党と共産党がそもそも母胎を同じくする双生児のようなものであるとか、抗日戦争の総力戦の中で、歴史上はじめて「士」と「庶」が一体化したとか、示唆に富む指摘が多数あった。歴史的事実として、中華人民共和国の「人民元」誕生以前、中国各地にはバラバラの貨幣が混在していたというのはびっくりした。まるでEUじゃないか! 毛沢東のいう「階級闘争」は(マルクス主義とは無関係に)伝統中国の二元構造を一元化する試みだったが、その意思は貫徹せず、今なお中国の指導者は、腐敗官吏を叩き、格差拡大の阻止に追われている。

 最後に著者は、中国は嫌いだが、これほどおもしろい国はない、と述べる。そうかー研究者には、こういう人がいるんだな。嫌いな対象を研究をしていて幸せなんだろうか。私は、おもしろい/おもしろくないと、好き/嫌いが一致しない精神状態を想像できないので、すごく不思議だ。「反日」なのに「爆買い」より、ずっと不思議な気がする…。
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