見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

グローバル・ヒストリーの隙間/辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦(高野秀行、清水克行)

2018-08-14 23:50:15 | 読んだもの(書籍)
〇高野秀行、清水克行『辺境の怪書、歴史の驚書、ハードボイルド読書合戦』 集英社インターナショナル 2018.4

 世界の辺境を旅するノンフィクション作家・高野秀行氏と、日本中世を専門とする歴史家・清水克行氏の対談本第二弾。前作の『世界の辺境とハードボイルド室町時代』(集英社インターナショナル、2015)がめちゃくちゃ面白かったので、今回も絶対面白いに違いないと分かっていて読んだ。本書は、三ヶ月に一度、共通の本を読んできて語り合うという形式の読書対談、いや読書合戦である。取り上げられた課題図書は、以下のとおり。

・ジェームズ・C・スコット『ゾミア:脱国家の世界史』みすず書房
・村井章介『世界史のなかの戦国日本』(ちくま学芸文庫)
・イブン・バットゥータ『大旅行記』全8巻(東洋文庫)平凡社
・『将門記』(新編日本古典文学全集)小学館
・町田康『ギケイキ:千年の流転』河出書房新社
・ダニエル・L・エヴェレット『ピダハン:「言語本能」を超える文化と世界観』みすず書房
・松本武彦『列島創世記』(全集日本の歴史 第1巻)小学館
・野村剛史『日本語スタンダードの歴史:ミヤコ言葉から言文一致まで』岩波書店

 読んだことがあるのは『世界史のなかの戦国日本』だけだったが、日本史・日本文化に関する語りはすらすら頭に入った。『世界史のなかの戦国日本』について清水さんが、最近流行りのグローバル・ヒストリーは、出来が悪いと、結局、国家間のパワーゲームに終始してしまう。だけどこの本は、そういうのからこぼれ落ちる世界に目を向けている。年表風に政治的な出来事を並べていくと、それだけで世界史が分かる気になってしまうけれど、「実は国家が押さえているエリアって案外狭い。こぼれ落ちている世界のほうがよっぽど広いかもしれない」という記述があって、心の中で何重にも傍線を引いた。

 『将門記』については、平将門の事蹟はだいたい把握しているつもりだったが、やはり作品としてこれを読んでみたいと思った。将門が「新皇」を名乗るにあたっては、八幡大菩薩のお告げがあり、それを菅原道真の霊魂が取り次いだとか、弟に諫められると、中国大陸では契丹が渤海を滅ぼしたという国際情勢を言って聞かせるとか、新朝廷の役職を任命するのに暦博士だけは適任がいなかったとか、ディティールがいろいろ面白い。婦女暴行のシーンが多いとか、戦闘への恐れと拒絶が他の軍記物語に比べて深いという指摘も気になる。「将門が見た夢を頼朝が見なかったのはなぜか」もすごく知りたい。

 町田康の『ギケイキ』は『義経記』をベースにした小説で、これも面白そう。パンクなチンピラ(しかし頭脳明晰)に描かれているらしい義経もおもしろいが、それ以上に気になるのは頼朝の人物像で、高野さんが「人望だけがすごい。中国の古典に出てくる棟梁みたい」と的確に分析していた。なるほど、頼朝って劉邦や劉備なのか。余談で、『義経記』研究の第一人者である角川源義が、若手の国文学者や日本史研究者を支援したエピソードが語られていて、これも面白かった。

 14世紀のイスラム法学者、イブン・バットゥータの名前はどこかで聞いた覚えがあると思ったら、私は東洋文庫ミュージアムの『もっと知りたい!イスラーム展』で出会っているようだった。イスラム世界≒ほぼ国際世界を30年にわたって旅した記録『大旅行記』は東洋文庫で全8巻。うーん…読めるとしたら定年退職後かなあ。関連して、当時の日本がどこまでイスラム世界に接触していたか、若狭国の小浜に東南アジアのイスラム国の使者が象を連れてきたとか、足利義満に重用された貿易商人・楠葉西忍の父親はアラビア渡来人の可能性があるというのも面白かった。

 こんなふうに、私が関心を持ったのは、正史の間に「こぼれ落ちている」ような話ばかりだが、どれも微小な回路を通じて、大海のように広い世界に通じている気がするのである。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする