見もの・読みもの日記

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硯箱の四角い宇宙/蔵出し蒔絵コレクション(根津美術館)

2022-10-05 22:46:51 | 行ったもの(美術館・見仏)

根津美術館 企画展『蔵出し蒔絵コレクション』(2022年9月10日~10月16日)

 初代・根津嘉一郎が蒐集した蒔絵作品の粋を、初めてまとめて紹介する。「飲食器」「硯箱」「調度」「装身具・馬具」「楽器」という用途で分類した展示方法が面白かった。

 硯箱は16件。時代も技法もバラエティに富む。『花白河蒔絵硯箱』(室町時代)は、根津嘉一郎が破格の高値で落札し、古美術コレクターとして一躍脚光を浴びるきっかけになったものだという。満開の桜の下に狩衣姿の公達がひとり、思わせぶりにたたずむ。葦手の手法で隠された「花・白・河」の文字によって「なれなれて見しは名残の春ぞとも などしら河の花の下かげ」(新古今1456・飛鳥井雅経)の歌意が示されている。

 古歌を暗示するのは定番の趣向であったらしく、蓋表に満月と秋の草花と鹿、蓋裏に茅屋で鹿の声に耳を傾けているかのような男を描いた『春日山蒔絵硯箱』は「山里は秋こそことにわびしけれ 鹿の鳴く音に目を覚ましつつ」(古今214・壬生忠岑)を暗示している。

 もっと手が込んでいるのは『嵯峨山蒔絵硯箱』で、蓋表は雅楽の鼉太鼓。蓋裏は、流水と殿舎の端近に置かれた琴を描き、「嵯・峨」「乃」「御幸」などの葦手文字によって「嵯峨の山みゆき絶えにしせり河の 千世のふるみち跡はありけり」(後撰1075・在原行平)を暗示し、嵯峨天皇を追慕する気持ちをあらわしたものだという。蓋表が鼉太鼓なのは、楽舞を愛好した天皇だったため。というより、嵯峨天皇は、渡来音楽であった雅楽を国風雅楽として発展させ、宮中の式典楽として演奏形式を定めた功労者であるのだな。そのことを「分かる人は分かる」というさりげなさで表現しているのがよい。亡きひとへの思慕や哀悼はこうありたい。

 しかし全体的にいうと、私は中世以前の繊細な技法より、近世の大胆なデザインのほうが好みである。『三扇蒔絵硯箱』や光琳作『業平蒔絵硯箱』が大好き。『鈴鹿合戦蒔絵硯箱』は、女子高生のスマホケースを思わせる、過剰に立体的な装飾で面白かった。

 硯箱以外で珍しかったのは『葵紋蒔絵螺鈿薬入』で、丸くて平たい水筒のようなかたち(木胎)で象牙の口が付いている。火縄銃の火薬を携帯する容器だというが、優雅すぎる。仏具の『蓮池蒔絵経箱』(鎌倉時代)は素朴で愛らしかった。『牡丹唐花唐草蒔絵螺鈿説相箱』(慶長14年)はちょっと正倉院宝物を思わせる。

 『百草蒔絵薬箪笥』は、一目見て、以前にも見た記憶がよみがえった。2018年の『はじめての古美術鑑賞 漆の装飾と技法』に出ていたものである。前回は、蓋裏のさまざまな草花が重なり合う図に見とれたのだが、今回は箪笥の内容物である銀細工の小箱(4行×4列で引き出しに収まる)や銀製の箸(中国ドラマで見るやつ!)、緑の色ガラスの小瓶(水銀などのラベル付き)、「葛根」「桂皮」「烏頭(トリカブトか?)」などと記された紙包み(柿渋色)等が並んでいて、見飽きなかった。

 2階の展示室5は「陶片から学ぶ-日本陶磁編-」と題して、同館の陶片コレクションと、その蒐集に功績のあった人物を紹介。肥前陶磁(山本正之)、現川焼(しばはしよしあき?)、薩摩焼(田沢金吾、小山富士夫)、御室焼(久保田米斎、日比翁助)、高取焼(栃内礼次)だったろうか。板谷波山作品の陶片もあった。

 展示室6は「清秋の一服」。華やかさと侘びさびの同居が、日本の秋らしくて気持ちよかった。

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