〇『消失的孩子』全12集(愛奇藝、2022年)
舞台は中国南方の都市(撮影地は寧波)の団地。サラリーマンの楊遠は、妻の陶芳と9歳になる息子の莫莫の三人暮らし。5階建ての住棟は、2戸が1つの共用階段を使う造りで、楊遠一家は402号室に住んでいた。
冬至の朝、楊遠は息子を小学校に送るため、住棟の出口に車を寄せて莫莫を待っていた。ところが、いつまで待っても下りてこない。妻に電話をすると、もう部屋を出たという。4階の部屋を出て1階の出口へ至る階段室のどこかで、莫莫は姿を消してしまったのだ。
捜査を担当することになったのは女性警官の張葉。幸せな家族と思われた楊遠一家だが、莫莫は多動症(ADHD)の診断を受けており、集中力がなく、成績が伸びないことを母親の陶芳は気に病んでいた。仕事に追われる陶芳は、家族で遊びに行きたいという莫莫の願いや、孫に会いたがる楊遠の両親にも冷淡だった。
階下の302号室には、住宅設計や内装を請け負う工務店の経営者である許安正が住んでいた。許は離婚しており、中学生の娘・恩懐と二人暮らしだったが、あまり娘を構っていなかった。ある日、楊遠一家は、団地の階段に座って父親の帰りを待っていた恩懐を見かけて、自分たちの家に誘う。莫莫はすっかり恩懐になつき、毎日、放課後を一緒に過ごすようになった。楊遠夫妻も恩懐を可愛がり、夏には郊外の北湖へ泊りがけ旅行にも連れていった。
楊遠夫妻は張警官とともに302号室の室内を見せてもらうが、莫莫の姿はなかった。しかし恩懐の挙動に不審なものを感じた楊遠は、子供たちが、大人に黙って思い出の北湖へ遊びに行こうと相談していたことを突き止める。恩懐は、あらかじめ莫莫に302号室の鍵を渡していた。学校へ行くフリをして家を出た莫莫は、無人の302号室に入って、恩懐が学校から帰ってくるのを待つ計画だった。ところが、莫莫はどこかに消えてしまったのだ。
301号室には、足の悪い老人・袁平安と息子の袁午が住んでいた。袁午は子供の頃から過保護に育てられたため、基本的な社会適応力を欠いていた。賭事で大きな借金をつくり、家を売り、妻と娘に逃げられ、母親亡き後、父親の年金で細々と暮らしていた。ところが(莫莫の失踪の1週間ほど前)その父親が急死してしまう。袁午は医者や警察を呼ぶことができず、室内にあった大きな水槽に父の遺体を沈め、防腐処理を施したつもりで茫然としていた。
301号室の本来の所有者は、林楚萍という若い女性だった。林楚萍は一人暮らしをしていたが、ある晩、侵入者に麻酔を嗅がされ、性的被害を受けたため、怖くなって、その部屋を格安で袁午親子に貸し出していたのだ。林楚萍の兄は、妹の同僚の呉駿を疑う。しかし呉駿はシロで、むしろ林楚萍のために犯人捜しに協力しようと申し出る。
そして、最終的には3つの事件がひとつに収束していく。以下【ネタバレ】だが、302号室の許安正の寝室には、隣の301号室に通じる抜け道が隠されていた。莫莫はこの抜け道を伝って、301室で袁午の秘密(父親の遺体)を見てしまった。かつて林楚萍に性的暴行を加えた侵入者は許安正だった。
要約してしまうと面白味がないが、わざと時間経過を錯綜させて、3つの事件のつながりが、じわじわと浮かび上がっていく演出はスリリングで面白かった。登場人物の中で一番キモチわるいのは袁午だが、抜け道の発覚を恐れる許安正から、莫莫を始末するよう迫られても手を下すことができない。麻雀店の女店員から「あなたの名前は、正午の陽光のような人間になることを望んで親御さんがつけたんだね」と言われて、真人間に立ち戻っていく姿がちょっと感動を誘う。
事件はおおよそ第11話で解決してしまうのだが、最終話は登場人物たちの後日談を丁寧に描いている。恩懐は離婚した母親に引き取られる。楊遠夫妻は、恩懐の母親とも話し合い、引き続き、恩懐を家族の一員同様に面倒を見ることを申し出る。袁午の前妻は、袁午の減刑嘆願書に署名してくれるよう、楊遠夫妻に頭を下げる。そして袁午が相当の刑期を終えて出獄した日にも、出迎える彼女の姿があった。性被害の告発をした林楚萍も家族に暖かく迎えられ、新しい人生に向き合う。事件解決直後、帰宅した張警官を老いた父親が待っていて、二人だけの食卓を囲む光景もよかった。
このドラマに描かれるのは、どこかに欠点やつまづきを抱えた不完全な家族(親子)ばかりである。しかし、傍目にはどんなに問題があっても、人間にとって自分の家族はつねに大切な存在なのだ。この世界には、完美(パーフェクト)な父母はいない、完美な子供もいない、という楊遠のつぶやきが心に残った。
あまり知っている俳優のいないドラマだったが、袁午役の魏晨さんは覚えた。あと呉駿役の呉昊宸さんは、琅琊榜弐の蕭元啓じゃないか!ドラマに登場する「桂圓鶏蛋(湯)」(リュウガンとゆで卵の甘いスープ?)は、中国南方では冬至の定番料理らしい。もちろん家族円満を祈る意味がある。