〇渡辺将人『台湾のデモクラシー:メディア、選挙、アメリカ』(中公新書) 中央公論新社 2024.5
1996年に総統の直接選挙が始まり、2000年には国民党から民進党への政権交代を実現させた台湾は、英国エコノミスト誌の調査部門が主催する「民主主義指数(Democracy Index)」の2022年度版では、アジア首位の評価を得ているという。最近の台湾を見る限り、この評価に全く異論はない。しかしこの国では、戦後長きにわたって国民党統治による権威主義体制が続いていた。
台湾の民主化の歩みは序章に簡単にまとめられているが、まず地方政治において非国民党の政治勢力が勃興し、野党・民進党が誕生し、国民党非主流派の李登輝がレールを敷いた民主的な選挙によって政権交代が起きた。民主化勢力が選挙キャンペーンに工夫を凝らすことで、国民党も有権者と向き合うようになる。選挙でリーダーが変わる体験をすることで、国民は政治や自由を深く考えるようになる。もっとも「同じことが他国で必ず起こるわけではない」と著者は書いている。台湾デモクラシーを考える上で外せない要因が「アメリカ」である。
台湾にとって「アメリカ」の存在は特別で、学者も官僚も政治家(国民党、民進党問わず)も、英米特にアメリカの大学の博士号持ちが必須だという。これは台湾を「親日国」と考えている日本人には見えにくいところかもしれない。台湾の選挙文化には、日本由来と台湾オリジナルとアメリカ式が混在しているが、アメリカの大統領選挙を台湾に移植したのは許信良という人物である。また李濤は、台湾のテレビ界にアメリカ式放送ジャーナリズムを持ち込み、視聴者参加(コールイン)型ライブショーで人気を博した。
このへんまでは、アメリカに学んだ台湾のデモクラシーうらやましい、という気持ちで読んでいたが、いいことばかりではない、という状況もよく分かった。台湾のテレビは国民党(藍)寄りか民進党(緑)寄りか旗幟を鮮明にしている(これもアメリカ式)。ただしこれは市場経済の競争原理に依るもので、視聴率獲得のため、差別化を図る傾向が強くなった。視聴者は中立を嫌うので、理知的・客観的な結論を説明する番組は(視聴率的に)「負け」なのだという。政党側は「政論番組」を世論誘導の場と割り切っており、優秀な「名嘴」(コメンテーター)にお金を払って政党が伝えたいことを喋らせる。あるいは政治家自身がテレビ局にお金を払って出演することもある。その仕組みが公けにされているのは、台湾なりのフェアネスではないかという著者の指摘には一理あるかもしれない。
台湾アイデンティティと言語の問題も難しい。近年の台湾が多様性重視の政策を取っていることは感じているが、原住民(部族)にしても客家にしても、その下位分類はさらに多様なのだ。さらに現在は、タイ、ベトナム、ミャンマー等からの新移民も増えている。危機をはらんだ「むきだしの多様性」が台湾の現在であることを記憶しておきたい。
台湾アイデンティティの問題は、在外タイワニーズについては、さらにややこしい。台湾では一度も暮らしたことのない「中華民国」生まれの移民とか。外省人と台湾人が結婚し、両親のルーツが半々の場合もある。2021年に初のアジア系ボストン市長となったミッシェル・ウーは父方が北京出身の外省人の移民二世とのこと。一方、2020年の大統領予備選で民主党候補だったアンドリュー・ヤンは「アジア系らしさの不足」を嫌われて失速した。また、中国政府が、インターネットメディアの「ソフトパワー」を積極的に駆使して、在外華人を囲い込もうとしている指摘にも考えさせられた。