〇安田峰俊著;田中康平監修『恐竜大国 中国』(角川新書) 角川書店 2024.6
まるで縁のなかった分野の著書だが面白かった。現在、世界で最も多くの恐竜が見つかっているのは中国なのだという。中国国内で骨格の化石が見つかり、2020年12月までに学名がついた恐竜は合計322種、近年はおおむね10種の新種が毎年報告されている。私は、そもそも恐竜学という学問の対象が、ある程度、固定化した段階にあると思っていたので、中国に限らず、毎年、そんなに多くの新発見が相次いでいるということが新鮮な驚きだった。
私が頻繁に中国旅行に出かけていたのは、1990年代から2000年代なのだが、あるとき、ツアー参加者の中に「私は恐竜のタマゴに興味があって、中国ツアーに申し込みました」というおじさん(おじいちゃん?)がいた記憶がある。変わったおじさんだと思ったが、実は最先端の情報通だったのかもしれない。本書によれば、中国が恐竜大国であることは、一般の日本人には知られていないが、研究者の間では「常識」なのだという。また、ドラえもんの長編映画第1作『のび太の恐竜』(1980年)には、竜脚類のマメンチザウルスをはじめ、中国の恐竜たちが多数登場しているのだという。知らなかった。2019年に江南ツアーに参加したときは、常州のサービスエリアがジュラシックパーク仕様でびっくりした。江蘇省の常州市は、全く恐竜化石が出ていないが、温泉とショッピングモールが併設された娯楽施設「中華恐竜圏」が人気を博しているという。本書の「おわりに」に紹介されている。
全体としては、どこから読んでもかまわない作りになっており、世紀の大発見(羽毛恐竜、「巨人」恐竜、琥珀の中の軟組織)、化石発見者や恐竜研究者のエピソード、中国恐竜の命名ルールと珍名恐竜、中国全土(+香港、台湾)の恐竜事情など、どれも面白かった。
近年の恐竜図鑑では、小型獣脚類の仲間はほぼ例外なく身体に羽毛が生えた状態で描かれているという情報には、知識をアップデートできていない私はびっくりした。ちなみに映画「ジュラシック・パーク」が公開された1993年には、恐竜が羽毛を持つことはまだ「仮説」だった。ところが、1996年、中国遼寧省でシノサウロス・プリマ(原始中華龍鳥)の化石が発見されたのを皮切りに、多様な種類の羽毛恐竜が相次いで発見された。遼寧省は、やっぱり寒冷地だったのだろうか。
中国ではかつて化石が「龍骨」と信じられ、中国医学の薬として用いられてきたことはよく知られているが、そのほかにも仙人の歩いた跡(雲南省)とか、巨大なニワトリ(=「述異記」にいう天鶏)の爪痕(四川省、陝西省)と伝えられてきたのが恐竜の足跡だったという話にはロマンを感じる。恐竜には、足跡化石やタマゴ化石というものがあるのだな。
2016年にミャンマー東北部で掘り出された琥珀の中から、小型獣脚類の尾の化石が生前の軟組織を残したままで見つかったというのは、ロマンの極北のようなニュース。ミャンマー東北部は、もともとカチン人の反政府ゲリラの支配地だったが、2017年6月からミャンマー中央政府軍に制圧され、欧米世論から琥珀研究に厳しい批判が向けられる。これに対して筆者が、ミャンマー東北部は単なる無法地帯ではなく、一種の秩序らしきものが存在すること、この「秩序」は、日本人や欧米人の人権概念からは理解が難しいが、中国人は「肌感覚の理解が可能」と述べているのは興味深かった。
中国で発見された恐竜には、地名や人名が使われることが多いが、ピンインベースの表記がラテン語読みの学名では、全く違った発音になってしまう。本書では、中国名(漢字表記)を見て、なるほどと思ったものも多かった。ファンへティタン(黄河巨龍)、ケイチョウサウルス(貴州龍、貴州=guizhou)など。マメンチサウルスは馬鳴溪で発見されたのだが、発見した博士の発音が訛っていたので「建設馬門溪龍」と呼ばれるようになってしまったという(ほっこり)。しかし日本語圏で「帝龍」を「ディロング」と読ませるのはどうなの? 筆者は、重々しくて強そうで気に入っているというが。
新世代の恐竜研究者、邢立達(1982年生まれ)の話もおもしろかった。こういう中国の恐竜研究者や恐竜ファンが自由に活動できるフィールドが守られてほしいと切に願う。中国の自然科学系の博物館にも行ってみたくなった。