〇『人世間』全58集(中国中央電視台他、2022年)
中国東北地方の江遼省吉春市(モデルは吉林省長春市か)の陋巷「光字片」に暮らす周家の家族を通して、中国の現代史(1960年代~2000年代)を描いたドラマである。物語の始まりは1969年の春節。三人の子女の父親である周志鋼は「大三線」と呼ばれる大規模開発工事に従事するため、中国内陸の西南地区(重慶など)に旅立っていった。定年まで三年に一度の帰省しか許されない仕事である。老大(長男)の周秉義も江遼省建設兵団に入隊し、同省の山間部に赴く。老二(長女)の周蓉は文学好きの感受性豊かな少女で、尊敬する詩人の馮化成を追って貴州の山奥に出奔する。残された老三(次男)の周秉昆は、はじめ製材工場、のちに醤油工場で働き、母親と二人で家を守って暮らしていく。
主人公はこの周秉昆(1952年生まれ)だが、実は兄と姉の生涯のほうがドラマチックかもしれない。兄の周秉義は、入隊先で知り合った郝冬梅と結婚する。郝冬梅は事故で子供を産めない体になってしまうが、周秉義は彼女を生涯愛し続ける。党の高級幹部である義理の父母との関係に悩み、職務精励のあまり健康を害しながら、最後は吉春市の市長となり、光字片の再開発を成功させる。姉の周蓉は馮化成と結婚して娘を設け、貴州の農村で小学校教師として青春時代を過ごす。文革終結後、兄とともに北京大学に入学し、夫婦で北京に出てきたものの、夫の馮化成は満足のいく仕事を得ることができず、夫との不和、娘・玥玥との関係に悩む。やがて馮化成が若い恋人と去った後、古い友人の蔡暁光と再婚する。
周秉昆は、輝かしい学歴も社会的地位もなく、ただ地道に働き続けていくのだが、思わぬ運命に押し流される。製材工場の同僚・涂志强が殺人犯として処刑されたあと、謎の二人組から、涂志强の恋人の鄭娟へ生活費を渡すことを依頼される。周秉昆は鄭娟に一目惚れし、貧しい境遇の彼女を何とか助けようとする。やがて鄭娟は男子・楠楠を出産するが、その父親は涂志强ではなく、謎の二人組のひとり、駱士賓に強姦された結果だった。鄭娟の告白を聴いても、周秉昆の気持ちは揺るがない。二人は正式に夫婦となり、楠楠を実子として育てることにする。やがて二人の間にも男子・聡聡が生まれる。
駱士賓は深圳で起業して成功した後、実子の楠楠を取り戻そうと画策する。真実を知った楠楠は駱士賓の接近を拒まないが、留学援助の申し出は断り、清華大学に合格して、自力で米国留学の資格を勝ち取る。しかし米国で拳銃強盗に遭い、命を落とす。周秉昆は、彼を責める駱士賓と掴み合いになり、押し倒された駱士賓は頭を打って死亡する。周秉昆は過失致死の罪で入獄。8年間の刑期を終えて出獄したのは2001年の春節の直前だった。周秉昆は、中国の変化に目を見張りながら、妻の鄭娟に助けられて、新しい生活を軌道に乗せる。
日本のドラマとの違いを感じたのは、経済問題の赤裸々な描写である。工賃、医療費、住宅費、大学の入学金など、つねに具体的な金額をめぐって登場人物たちは悩んでいる。また住宅問題や仕事探しの切実さも身に沁みた。それでも貧しい人々がなんとか生きていけるのは、助け合う仲間がいるからだ。光字片の人々は、男も女も、すぐに大声で罵り合い、掴み合いの喧嘩も辞さない。この野蛮さは、ちょっと日本の視聴者には受入れ難いかもしれない。けれども誰かが困っていれば「助け合うのが当たり前」の社会でもある。そして、そういう人情に厚い社会だからこそ、周秉義のように行政の長に昇った人間が、弟の窮地や、弟の友人の陳情に臨んで、公平・公正の原則を曲げないことが、どんなに大変かも分かる。
周秉昆には、醤油工場時代から「六君子」を名乗る五人の仲間がいる。二人は大学に進学して北京に行ってしまうが、残りの三人と妻たちとは、中年過ぎまでずっと付き合いが続く。社会が改革開放に向かい、貧富の差が大きくなると、自分(の家族)だけ豊かになりたいという率直な欲望や嫉妬が、数々の苦くて塩辛い悲劇を生むのも、このドラマの見どころである。また、言い古されたことだが、中国人にとっての「家族」の大切さ、特に周秉昆の父親世代にとっては、血のつながる子孫を残すことが何よりも大事だったこともよく分かった。
周秉昆役は雷佳音。優秀な兄と姉にコンプレックスを抱えた気弱な末っ子を繊細に演じていた。アクションドラマ『長安十二時辰』のヒーロー張小敬と同一人とは信じられない! 鄭娟役の殷桃は初めて覚えた女優さん。引っ込み思案の鄭娟が、苦難を経験して、徐々に自分の意見を言えるようになっていくのがとてもよかった。馮化成役は成泰燊。このひとは何を演じても巧いなあ。馮化成が最後は貴州で僧籍に入るという結末も好き。そのほか、欠点も含めて魅力的な登場人物には事欠かない。衣服、住宅、食べもの、街並みなど、中国50年間の変貌をリアルに視覚化した映像にも驚かされた。