見もの・読みもの日記

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歴史総合を学ぶ/ものがたり戦後史(富田武)

2022-03-27 19:55:35 | 読んだもの(書籍)

〇富田武『ものがたり戦後史:「歴史総合」入門講義』(ちくま新書) 筑摩書房 2022.2

 2022年4月から高校社会歴史科目が改編され、1年次の必修科目として「歴史総合」が始まるという。身近に中高生がいないので、全く知らなかった。従来の日本史、世界史を総合し、近代の始まりを「大航海時代」と見て、それ以降を扱うのだそうだ。文科省の国語教育や英語教育の施策にはあまり賛成できなかったが、これは期待していいのではないか。

 本書は「歴史総合」を担当する教員、あるいは授業を受ける高校一年生の参考書として執筆したものだという。ただしカバーする範囲は第二次大戦終結から今日までで、1講20ページくらいの全15講から成る。地図や図表(実質GDP増減率推移、政党系統図など)が豊富で、史料の全文または抜粋(日本語)が掲載されているのもありがたい。「ヤルタ密約」とか「ポツダム宣言」をきちんと読んだのは初めてだと思う(どちらも文語訳)。本文は、おそらく現在の最新かつ標準的な見解に基づいて書かれているが、それとは別に各講に「コラム」が付いていて、著者(1945年生まれ)の個人的な経験や感慨(学校給食の思い出、北朝鮮に帰国した友人、初の海外旅行など)が示されているのが、ちょっとした味付けになっている。

 びっくりするよう新しい発見はなかったが、あらためて、ああ、そうだったのか、と腑に落ちた点はいくつかある。たとえば北方領土問題。安倍政権下では繰り返し首脳会談が行われ、交渉の進展を期待する報道もあったが、ロシアは安全保障上の懸念から、北方領土への米軍駐留を禁じることを主張し、交渉は中断した状態となっている。当時、私はロシアの主張を唐突に感じたのだが、本書によれば、1960年の日米新安保条約締結を受けて、ソ連は、この条約はソ連への敵対を強めるものだとして「日ソ共同宣言」の「色丹、歯舞の平和条約締結後の引渡し」条項の無効を日本に伝達したとある。要するに未解決問題が解決しない限りダメなんだな、と思った。なお、ソ連→ロシアは一貫して「領土問題は存在しない」という態度をとっているが、1991年に来日したゴルバチョフは「領土問題は存在する」と明言したという。そんなこともあったっけ。全然忘れていた。

 日本の歴代首相では、田中角栄と中曽根康弘に関する記述が詳しい。著者は田中角栄を「功罪半ばする首相」と中立的に評しているが、どちらかといえば好意的に見ている感じがした。「日本列島改造」を掲げた田中の経済政策は、石油ショックによるコスト高、輸出不振もあって失敗するが、70歳以上の老人医療の無料化、健康保険の被扶養者の給付率引上げ、義務教育の教員の給与引上げ等々(美濃部都政の後追いだが)さまざまな社会政策を実現し、「社会民主主義的」と評する論者もいたという。え、全然覚えていない。

 外交面では1972年の日中国交正常化が最大の成果だが、このときの日中共同声明には「両国のいずれも、アジア・太平洋地域において覇権を求めるべきでなく、このような覇権を確立しようとする他のいかなる国あるいは国の集団による試みにも反対する」という条項がある。中国、この前段を思い出してほしいものだ。なお後段は、ソ連を恐れる中国側への配慮として加えたものだという。いやあ70年代のソ連と中国の国力の差を、あらためて思い出した。もう一つ、1973年の日ソ首脳会談において、田中がサハリン残留朝鮮人について「彼らの運命については日本政府も一定の責任がある」と明言したことが、最近公開されたソ連側会談議事録から判明したという。印象的だったので書き留めておく。

 今日的な問題とのリンクでは、ソ連の体制崩壊・連邦解体や中国の改革開放と大国化の過程をあらためて概観することができて興味深かった。韓国、台湾、北朝鮮の動向も手際よく要点がまとめられていいる。しかし、やっぱり「イスラム勢力の台頭」はよく理解できなかった。日本とのつながりがよく見えないからだろうか。新年度から、高校の教員も生徒も苦労するのではないかと思う。

 最終講が「戦争」と「環境」を考える問題提起になっているのはとてもよい。安易に「教科書が教えない歴史」を求めず、まずは大人も、歴史の教科書とこうした良心的な副読本を読んでほしいと思う。


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