見もの・読みもの日記

興味をひかれた図書、Webサイト、展覧会などを紹介。

2021バレンタインデーチョコ

2021-02-07 18:53:17 | 食べたもの(銘菓・名産)

 私は平成元年に就職して、今年でひとまずリタイアになるのだが、最初の職場でお世話になった方に、ずっとバレンタインデーのチョコレートを贈っている。近年は、だいたい「ノイハウス」のチョコレート。

 一時は日本から完全撤退と言われていたが、バレンタインフェアのこの時期だけ、デパートの催事場やオンラインショップに登場する。だんだん取り扱うデパートが増えてきたようで、いつの間にか、日本語ホームページには「2019日本再上陸」と記されており、ツイッターのアカウントもできていた。うれしい。

 買いものは東京大丸にて。贈り物は「ワインペアリングボックス(ワインのためのチョコレート)」にして、自分用にも小さいセットを買った。私は安い赤ワインしか飲まないので、合うかどうか分からないけど。

 おまけで貰った赤い包み紙のジャンドゥーヤも美味だった。一年に一度の贅沢。

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肉筆浮世絵の眼福/江戸のエナジー(静嘉堂文庫美術館)

2021-02-05 22:43:20 | 行ったもの(美術館・見仏)

静嘉堂文庫美術館 『江戸のエナジー 風俗画と浮世絵』(2020年12月19日~2021年2月7日)

 近世初期風俗画の名品とあわせて、秘蔵の肉筆浮世絵や浮世絵版画を多数初公開。同館がこんなに浮世絵を所蔵しているという認識はなかったので、かなり意外だった。冒頭には円山応挙の『江口君図』。普賢菩薩に見立てて、白象にもたれた美女を描く。これは静嘉堂の名品としてゆるぎないところ。隣りの英一蝶『朝暾曳馬図(ちょうとんえいばず)』は、貫頭衣みたいな粗末な衣の子どもが馬を曳いていく。中国ドラマにありそうな、ほのぼのした風景。

 展示室に入ると大きな屏風が目につく。寛永期の『四条河原遊楽図屏風』は二曲一双だが、完全に絵がつながっているので四曲に見える。以前にも見たことがあって、徐々に記憶がよみがえる。中央をやや斜めに細い川が流れ下っており、両岸にさまざまな娯楽の小屋が掛かっている。犬(?)の曲芸やヤマアラシの見世物、小弓の射的場もある。駕籠かき男の赤いゆるふんが気になったり、左上の舞台で揃いの着物で踊る女性たちはアイドルグループに見える。伊達を気取った朱鞘の刀が多いのは時代色か。

 『歌舞伎図屏風』も江戸時代前期(17世紀)の作。三人娘の「ややこ踊り」の躍動感がすごい。衣装はバラバラだが、三人とも日の丸の扇を持っている様子(真ん中の娘は日の丸が見えないが)。囃し方(バンド)も前髪の若い男性が多いようだ。これらに比べると、元禄・享保期の『上野隅田川図屏風』は、余白が多く上品で洗練された雰囲気。

 錦絵は、享保・宝暦・明和など、古いものが多くて珍しかった。墨刷版画に手彩色をしたもの(紅絵)で、黒色に光沢を出すため、黒漆または膠入りの墨で筆彩したものを漆絵ということを初めて知った。手の込んだ技法である。二世鳥居清信の『三世沢村小伝次の奴与勘平』(宝暦後期)は優男の与勘平でびっくりした。歌舞伎・文楽『蘆屋道満大内鑑』の与勘平は、あから顔の三枚目なのに?

 肉筆浮世絵は美麗な作品が多くて眼福だった。古山師房の『石山寺図』はずいぶん色っぽい紫式部だなと思ったら、このひと、好色本の挿絵などを多く手掛けているらしい。中国故事の「見立て」の美人画が目立ったのは、江戸人の趣味か、それともコレクターである岩崎家の趣味だろうか? 硬い中国古典とやわらかい美人画が交錯するのが面白いのだろう。「見立て張果老」(瓢箪から駒でなく牛)とか「見立て邯鄲の夢」とか。好きなのは歌川豊広の『見立て蝦蟇鉄拐図』。李鉄拐役の美女は魂を吐き出し、蝦蟇仙人役の美女は白いガマを肩に載せている。どちらもすらりとした細身の美人。私は版画よりも肉筆浮世絵の女性図のほうが、全般的に好みである。

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山と海の懸け橋/中華ドラマ『山海情』

2021-02-03 21:02:45 | 見たもの(Webサイト・TV)

〇『山海情』全23集(東陽正午陽光影視、2021年)

 ジャンル的には「脱貧劇」とか「扶貧劇」という言葉があるらしい。貧困を抜け出そうとする人々、それを助ける人々の物語である。そんなドラマが面白いのか?と見る前は私も疑問だったが、めちゃめちゃ熱くて面白かった。舞台は黄土高原の広がる、寧夏回族自治区の「西海固」(西吉県、海原県、固原県)と呼ばれる地域。なんと物語の始まりは1991年である。1991年といえば、先日まで見ていたドラマ『大江大河2』では、沿海部の都市住民は、電化製品に囲まれ、豊かで快適な生活を楽しんでいた。ところが、同じ頃、西海固の農民たちは食べるものにも事欠く生活をしていたのだ。

 政府は「吊荘」移民政策を実施。これは、時計の振子が行ったり来たりするように2つの村を往来することを意味する。完全な移民ではなく、一家のうち数人が別の場所に行って荒地を開墾し、もとの村と行き来する移民形態である。楊県長と張主任は、移民地区(玉泉営)の建設を進めていたが、涌泉村の農民たちが逃げ帰ってしまう事態が発生。

 移民地区は平坦で開墾の余地はあるものの、まだ水も電気もなく、砂嵐が吹きすさぶゴビ砂漠の一部だった。張主任の要請を受け、涌泉村の村長・馬喊水(張嘉益)とその長男・馬得福(黄軒)は、自ら村民の一部を率いて、吊荘移民を決行する。数年後、次第に移民も増え、ようやく彼らの移民地・金灘村には電気が通る。

 馬得福の弟・馬得宝(白宇帆)と、従兄弟の楊尕娃、やはり涌泉村出身の李水旺は同世代で、いつも一緒に遊び暮らしていた。村には若者が稼げる仕事がないためだ。あるとき三人は、走る列車から積み荷を盗む仕事を請け負い、警察に捕まりかける。得宝と水旺は逃げたが、尕娃は新彊行きの列車に乗ったまま行方不明になってしまう。尕娃の母親はショックで精神を病み、兄である馬喊水は、妹を連れて涌泉村に戻ることにする。以後、馬得福は、父に托された尕娃と得宝のことを案じながら、金灘村の若き幹部として人々のために奔走する。

 この頃、中央政府による「閩寧協力」プロジェクトが始動。貧困地帯である寧夏を福建省(閩)政府が支援することになる。福建からやってきた陳金山(郭京飛)は、さまざまな脱貧困支援策を実行に移す。まず若い女性の希望者を、福建の電子機器工場に斡旋。得宝の恋人の白麦苗もこれに応募して出稼ぎに行く。

 また、陳金山は大学の恩師である凌一農教授を招いて、金灘村にキノコ(マッシュルーム?)栽培を広める。いち早くこの取り組みに投資した得宝は大儲けをするが、次第に参入する村民が増え、過剰生産になってしまう。教授は専門外の販路の開拓に尽力し、果ては農民が損をしないよう、生産物を自費で買い支えようとする。次々に問題は起きるが、人々の善意と努力によって、少しずつ村は豊かになっていく。序盤で、馬得福との間に淡い恋心を通わせながら、別人に嫁いだ李水花(熱依扎)は、事故で障害者になった夫と一人娘を支えて逞しく生きていく。

 2000年代、閩寧鎮の急速な開発は、さまざまな混乱を引き起こしていた。鎮政府は遅延していた工費の支払いを開始するが、幹部である馬得福は、弟・得宝の会社への支払いを後回しにする。白麦苗との結婚を控え、何かと物入りな状態なのに、兄には人情がないと憤る得宝。得福は、飲めない酒を飲みながら弟に語る。かつて我が家は貧しくて息子二人を学校に行かせることができなかった。母が自分だけに教育を受けさせたのは、一人でも出世させて家族中の面倒を見させるためだった。しかし俺はお前に何もしてやれていない。兄は弟に「対不起(すまない)」を繰り返しながら酔いつぶれる。これは中国の(標準的ではないかもしれないが、ある種、伝統的な)家族のありかたなのだろう。

 そして馬得宝と馬喊水の(ドラマの中での)最後の仕事は、涌泉村に残っていた人々を全て完全に閩寧鎮に移住させることだった。閩寧鎮には病院も学校もある。しかし涌泉村の古老たちは、生まれ育った故郷を離れたくない。自分の家が壊され、先祖の墓が荒れていくのを見るにしのびないという。私は全く故郷愛のない人間だが、人情って、本来こういうものだと思った。

 馬喊水は古い言い伝えを語る。涌泉村にはかつて李姓の人々しか住んでいなかった。二百年前、馬姓の者が流れ着き、村に受け入れられた。李水花は同じ言い伝えを語って、だから馬家の者が李家の人々をよりよい土地に連れて行くのは恩返しなのよ、という。馬得福は村内放送で人々に語りかける。人間は樹木とは違う。人間には二本の根があって、一つは先祖に、一つは子孫につながっているのだ。いまは家郷でない土地も、時間が経てば我が家になる。心を動かされた村人たちは、大宴会を開いて涌泉村に別れを告げる。大結局は2016年、葡萄栽培とワイン製造に成功し、大発展した閩寧鎮。得福、得宝らは、幼い子どもたちとともに涌泉村を訪ね、見違えるように緑化した風景の中でむかしを偲ぶ。

 演者は正午陽光作品でおなじみの名優さんを中心とした贅沢な配役。中でも出色だったのは、主人公・馬得福を演じた黄軒。古装劇の貴公子のイメージはどこへやら、ボサボサ頭で日焼けした、ダサい農村青年がぴったりで、今までで一番ファンになった。弟・得宝を演じた白宇帆も、貧しい農民を演じて違和感のない、いい顔をしている。彼らの喋る中国西北地方の方言と、陳金山役の郭京飛の福建語のすれ違いには大笑いした。

 なお、寧夏と福建の「ペアリング支援」は実話で、これを推進したのは、福建省委副書記を務めていた習近平だという(人民日報 2020/11/25)。つまり、このドラマには習近平の実績を顕彰・宣伝する意味があるのだろう。そういう政治的意図が見えても、やっぱりこのドラマが面白いのは、制作陣が人情の普遍性を分かっているからだと思う。

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