「帰るのか? 雨が降るぞ」
父が言った。
ラジオのチャンネルを研究している内に夕方になってしまった。支度をして家を出る。家には誰もいないはずだった。父の声はラジオだったのか。玄関を出たところで明かりを1つ消し忘れていることに気がついた。靴を片方履いたまま中に戻った。
鍵をかけると玄関に友達が立っていた。
「帰るの?」
自分は帰るのをやめたと友達は言った。
「安全第一だから」
タクシーに乗ると相乗りだった。運転手はいない。しばらく行くと運転席もなくなっていた。女性はお腹が大きかった。少し動いたところで車は止まった。
「大丈夫ですか?」
「背中をさすってください」
女は少し苦しげだった。
「誰か呼びましょうか」
救急車は呼ばないでいいから、ジュンちゃんを呼んでほしいと言う。
「あれがジュンちゃんだから」
カフェの中からジュンちゃんが出てきた。
車をあきらめて僕は自立飛行に切り替えることにした。座っている姿勢が抜け切れずそのまま浮遊した。低空飛行だ。前方に気になる車が見えた。すぐ上をかすめるように飛んでいくことになるだろう。パトカー?
少しでも高度を上げるようにして近づく内に、中から子供が降りてきた。タクシーだ。
昔は1つの町くらい一望できるほど高く飛べたと思う。高度を上げてから降下して行けば早かったのだ。今ではそれも簡単ではなくなった。
駅はどっちだ? 飛びながら風に耳を傾けた。
「北の方だよ」
昔からみんなそう言ってるよ。
学校を越えたくらいで少し感覚を取り戻した。大丈夫。雨は大丈夫だった。新旧がミックスされた感覚では、自身をリモートコントロールしているかのような自由度が得られた。
(ボーナスステージのように行こう!)
高度を下げるとゲームに格闘の要素が加わった。悪党どもを蹴散らして、多少の風景を破壊すると、惰性で駅へと滑り込ませる。
「いってらっしゃい」
僕を母へと見送った。