照る日曇る日第848回
昨年5月17日、誤嚥によ窒息死で還暦を目前に急死した車谷長吉、本名嘉彦の遺稿集です。
5本の短編小説、9本の随筆、さまざまな俳句と連句、3つの対談と鼎談、4つのインタビュー、脳と指のためのリハビリ日記で構成されたまあ寄せ集めの「置きみやげ」ですが、愛妻高橋順子のあとがきと詳細な年譜も付されており、長吉ファンには逃せぬ1冊でしょう。
個人的には「和辻哲郎の苦悩」と「借金」というタイトルの2つのエッセイがなぜだか胸に刺さりました。若き日の和辻は嫁はんから同じ哲学者の阿部次郎と出来ていることを告白されて懊悩して都落ち、嫁はんを連れて奈良の寺を歩いてあの「古寺巡礼」が出来たそうです。鵠沼の離れに住んでいた糞真面目な新カント派の「三太郎の日記」の著者が人妻に手を出すとはなあ。
もうひとつの「借金」は夏目漱石の借金です。
妻鏡子の父親で貴族院書記官長の中根重一が商品先物取引に失敗。漱石は鏡子を追い返そうとしたが彼女は屋敷を失った実家から戻ってきて置いて下さいと頼みこむ。漱石は数億円の借金を抱え込んだ。彼の当時の給料は年間1860円だったが、それだけでは到底返済できない。ちょうどその時作家漱石に目をつけた朝日新聞が読売新聞が年収2800円を提示したので、(読売はたったの900円!)漱石は渡りに船と朝日に入り、以後10年間死ぬまで義父のために小説を書き飛ばしながら莫大な負債を支払い続けた。
漱石が未完の遺作「明暗」を完成させることなく泉下の人となったとき、借金は相当減ったけれどまだ残っていて、弟子の岩波茂雄が「漱石全集」を刊行して返済に尽力したが、完済したのは漱石死後10年余が過ぎた頃だったというのです。
そして車谷長吉はこの短いエッセイを次のように結んでいます。
「中根重一の借金を引き受けなければ、金之助は恐らく帝大の英文学教授として長寿を全うしただろう。漱石が「愛の人」であると言われる所以である。」
妻のため義父のために身を捧ぐ義理に生き愛に死したり夏目漱石 蝶人