照る日曇る日第851回
後期高齢者の元気な老人たちが、腐敗堕落したこの国を一変させるために、テロをも辞さず立ち上がるという勇ましい話だが、その中に棺桶に片足入れた下流老人の私なんかが加入していないことだけは疑いない。
村上選手などはまだ少し若いし、金も元気もあるから、そんな話を夢中になって物語れるのだろう。
思うに小説というものは、具体的な事実(リアル)、それなりに衝撃的な社会的経済的政治的事実をいくらアマルガムのように溶接していってもリアルの糞溜めに過ぎない。
それらの事実と遊離した宙空に、ひとつの効果的な「虚点」(例えば彼のライバルの春樹選手における月やリトル・ピープルなど)を設定し、それらと有機的に結線しなければ、ついにロケットになって物語という宇宙に飛翔することはできないのである。
前の「半島を出よ」と同様、この作品においても村上選手は、膨大な事実や実話の断片をこれでもか、これでもかと読者につきつけ、現代社会の矛盾のただ中で心身ともにボロボロになった主人公やその奇妙な同伴者のヒロイン、そしてオールド・テロリストたちの献身的な大陰謀への共感を促すのだが、さきに述べた「虚点」の設定が欠落しているために、この小説は最後には営々と積み上げてきたリアルすらばらばらに空中分解し、巨大な一篇の漫画的法螺話と成り下がるのである。
コーヒーにしますか紅茶にしますか自公にしますか自公以外にしますか 蝶人