照る日曇る日第1518回
さとう三千魚さんが以前「らんか社」から出された詩集「浜辺にて」は、そのぺージ数の膨大さに圧倒されましたが、今回は、まずその瀟洒な装丁と桑原正彦氏の挿画、そして、なによりもカワセミの羽を思わせる翠いろの表紙の美しさで心を打つのでした。
さうしてその美しい本の中身は、さとうさんが言う「百姓の男」山崎方代に捧げられた31編のシンプルな詩でありました。
山崎方代という、私も非常に敬愛している歌人は、大正3年に山梨県八代郡右左口村に生まれ、昭和18年にB29の爆撃を受け右目の視力を失い、昭和47年からは鎌倉の手広の山際のプレハブに棲み、酒と歌の日々を送りながら、昭和60年に71歳で亡くなりました。
方代さんのことを、さとうさんは、「百姓の男」と言うておられますが、自由と放浪と風雅の野人、いうならく「野良のアンリ・ルソー」のような歌人です。
私が横浜から鎌倉に引っ越したときには、残念ながら方代さんは、すでに肺がんで没していたために、その面影と痕跡を訪ねるためには、彼が愛した瑞泉寺とか八幡様の前の中華料理屋に足を運ぶことでしか叶いませんでしたが、幸いなことに、その赤子のごとく天真爛漫な性格を吐露した天衣無縫の幾多の短歌が残されているのです。
いつわりの履歴書をかき送りしをある日ふと思い出したり
しみじみと三月の空ははれあがりもしもし山崎方代ですが
手のひらに豆腐をのせていそいそといつもの角を曲がりて帰る
瑞泉寺の和尚がくれし小遣いをたしかめおれば雪が降り来る
この「たしかめおれば」が、歌人の真骨頂であります。
で、さとうさんの最新詩集のレイアウトは、右に短歌、左に詩編。
「方代星」から次々に打ち上げられた31発の花火は、暗黒物質が充満する億光年の宇宙空間を飛んで次々に「さとう星」に着地すると、教会の鐘や枯れた花や愛犬モコや青い海や空や死んだ家族になって、その模様を遠望すれば、さながら二重惑星のごとく冬の夜空に輝いているようでした。
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食い放題飲み放題の中華料理屋に通ってた生き放題死に放題の男方代 蝶人