照る日曇る日第1748回
はじめに述べたように、本書の根っこはビルダングスロマン風な恋物語なのであるが、その実体は「100%の恋愛小説」ではなく「50%は恋愛、残りの50%が性交小説」であったことが大うけしたのである。
若い男女の性器の挿入やフェラチオなどの性的交渉を物凄く即物的に描写している箇所は、文学的にどうこういうよりも、当時の「ポパイ」や「ホットドッグ」のノリを純文学に取り入れただけの話で、それ以上でも以下でもない。
小説の展開手法としては、この「恋愛+ポルノ」を主軸に、枝葉に当たる様々なエピソードを接ぎ木しながら、物語を苦労しながら前に進めて、なんとかかんとかゴールにたどり着くが、実は主人公のワタナベ君を除く主要な登場人物の造形や、プロット全体の完成度はあまり高くない。
とても重要な2人のヒロインよりも、寮のヤリマン東大生の先輩や、癌で死にゆく同級生の父親のほうが、あざやかな存在感を示すのは不思議だ。
なお、かなり露悪的に描かれているヤリマン東大生の性癖などに、この作家の男根主義を見出して、フェミニズムの観点から叩くことは誰にもできるが、それには1960年代の終わりから70年代のはじめにかけての私も含めた一般男性の時代遅れのジェンダー意識も考慮しなければ公平とはいえないだろう。
君知るやマイナカードとは人間に装着させるマイクロチップ 蝶人