北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

ニセコ駅周辺でのハロウィーンイベント

2024-10-13 23:50:04 | Weblog

 

 帰省中の次女に「どこかいきたいところはある?」と訊いたところ、「ニセコ駅周辺でハロウィーンイベントがあるらしい」というので行ってきました。

 調べてみると、今日の日曜にJRニセコ駅周辺で「ニセコハロウィーン」というイベントを開催するとのこと。

 朝10時からで、先着400名で参加料500円の「トリックオアトリート」では、駅周辺のスポットを巡ってお菓子をもらえるというプログラムに参加したいと思って、10時すぐに到着したのですが、もう駅周辺は子供と大人がごったがえしています。

 急いでトリックオアトリートの列に並んだらもう最後の方でギリギリで参加できました。

 駅周辺にはハロウィーンかぼちゃが飾られていて、たくさんの仮装をした親子が写真を撮っています。

 しかも仮装もかなり力が入っていて、半端ではありません。

「みんな結構力が入っているね」
「すごいね」

 イベントプログラムには「コスチュームコンテスト」があって、予選を通過した人たちのステージパフォーマンスで豪華賞品も送られるとのことで、熱心な参加者も多いのでしょう。

 孫たちが参加した「トリックオアトリート」では、駅周辺のお店や施設のポイントを巡って「トリックオアトリート」と言えばお菓子がもらえるということになっているのですが、孫はもじもじしてなかなか言葉が出ません。

 合言葉を言えなくてもお菓子はもらえて、ポイントを巡り歩いてお菓子をもらって歩きます。

 ニセコ駅周辺なんてゆっくり歩いたことがなかったのですが、いつのまにか「ニセコ鉄道遺産群」という展示があったり、中央倉庫群があったり、ラジオスタジオがあったりといろいろな施設があるという事を初めて知りました。

 現代風のデザインの建物と、昭和さながらのお店が混在しているのも面白い風景です。

 これも新幹線が通った時にはどうなるのでしょうか。


 駅のイベント会場から駐車場まで歩く途中に線路を渡る踏切があって、そこから羊蹄山のきれいな姿が見られました。

 道路と羊蹄山、という組み合わせはよくありますが、鉄路と羊蹄山の組み合わせはなかなか見ることがないなあ、と思ってパチリ。

 イベントをきっかけにして知らない風景に出会う一日でした。

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孫が帰ってきた

2024-10-12 22:45:20 | Weblog

 

 昨日から内地に住む次女が旦那さんと孫を連れて札幌を訪ねてくれています。

 連休を利用して札幌周辺で過ごします。

 生まれてから今年の3月まで一緒に暮らしていた孫は今は3歳。

 半年離れた3歳児は爺さん婆さんに人見知りをしないかとヒヤヒヤしていましたが、すぐに慣れてくれてほっと一安心です。

 家の中でも昔遊んだおもちゃを引っ張り出して楽しそうに遊んでいます。


 今日はこの9月に亡くなった私の妹、次女にとっては叔母の祭壇に手を合わせに行ってきました。

 
 その後近くの公園で孫を遊ばせましたが、以前はしり込みしていたような滑り台も喜んで何度も滑り降りるなど成長を感じます。

 言葉もだいぶ出るようになって、孫との会話が成立するというのは楽しいものです。

 次はこちらが遊びに行く番かな。

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赤平市の植村建設 ~ 先進技術を取り入れた近未来の建設会社のあり方

2024-10-10 23:00:49 | Weblog

 先日外部団体が企画主宰した見学会で、空知の赤平市に本社がある植村建設さんの「UNICONフィールド」を見学させていただきました。

 植村建設さんは人口減少に苦しむ地方都市にありながら、最新の通信技術やICT技術を導入して、企業力の増強と若者をはじめ多様な人材を生かすユニークな取り組みをされている会社です。

 今回はそれらの取り組みの基地と言える、「UNICONフィールド」を訪問して、先進的な活動の説明を受けました。


     ◆


 そもそも、「UNICONフィールド」のUNICONとはなにか。

 それは一つには"UNI"QUE "CON"STRUCTIONという、「ユニークな建設会社」の前段のキーワードの組み合わせということで、二つ目には"Uemura Next Innovation & i-Construction"という、「植村建設の次のイノベーションとアイ・コンストラクション(建設現場にICTを導入しようという取り組み)」の頭文字を組み合わせた造語です。

 そしてそれらのシンボルキャラクターに一角獣のユニコーンを用いて、「他にはない優れた存在」を表しています。

 植村建設さんが展開しているUNICON活動の具体的な取組は三つあります。

①移動式多機能オフィス車両と発電搭載車両とスターリンク通信機材の導入

②バックホウの遠隔操作システムを導入して、東大発ベンチャー企業と連携して操縦がPS5のコントローラーで行えるシステムを開発

③若手社員を中心にICT事業部を立ち上げ、ドローンサッカーチームを結成してドローンを日常的に触れられる施設の設置

 今回はこれらを活動の中心施設であるUNICONフィールドで見せていただきました。


【①移動式多機能オフィス車両とは】
 ハイエースベースのキャンピングカーに予備電源ユニットと太陽光発電パネルを装備して、さらに衛星通信システムスターリンクとWIFIアンテナを備え、災害時の先遣隊基地として活躍が期待されます。

 スターリンクを備えれば、地上型のWIFI網が途絶えた時でも通信が可能になるのと、WIFIアンテナで自分自身がWIFIスポットかできて、②の重機の遠隔操作も可能になります。

 キャンピングカーベースなので、中で2名が車中泊できて居住性を備えた連絡通信基地として活躍できます。


【②バックホウの遠隔操縦システムとPS5コントローラーの利用】
 重機を遠隔で操作できるということには、災害時の安全確保ということがありますが、さらには現場に赴けない人でも操縦ができるという意味があります。

 そうすると、日中は専門のオペレーターが現場で作業できますが、17時以降や夜間などで労働時間の制限がある時間帯などでは、現場作業員からバトンタッチして、日中は動けない主婦の方だとか、兼業希望の人、さらには体に障害のある方でも遠隔地から作業に参加することができます。

 そうなると単純な省人化施工ということに加えて、多様な人材による作業従事が可能になります。

 さらにそのことは、リース料が高い高性能ICT重機の稼働率を上げることに繋がり、短い日数で仕事を終えることなどで効率化に繋げられる可能性があります。

 
 また、こちらでは東京発ベンチャー企業の協力を得てなんとファミコンのPS5のコントローラーで重機が操作できるようなシステムにしました。

 実はバックホウも座席に座れば左右のレバーをそれぞれ上下左右に動かして機械を操作します。

 ファミコンのコントローラの左右レバーの上下左右動作が実際の重機の操作レバーを動かす仕組みになっているので、まさにゲーム感覚で実際のバックホウのアームとバケットを動かすことができるのは不思議な感覚でした。

 植村社長は、「娘にやらせたらすぐに慣れて僕より上手でした(笑)」と笑います。

 ちなみにこちらのフィールドは囲われた私有地なので、重機を動かすことに技能講習の免許などは要らないそうで、それならば子供たちがやってきてゲーム感覚で重機運転の練習もできそうです。

「ちょっとそういうことも考えていて、子供たちの体験の場にすることで建設の世界に興味と関心を持つ子供たちを増やすことも期待しています」と植村社長。

 赤平市は重機の運転ができる子供たちがあたりまえにいる、という地域社会になれば、地域の維持管理に心強いですね。


     ◆

【③ 若手社員を中心にICT事業部を立ち上げ、ドローンサッカーチームを結成】

 こちらのUNICONベースには網で囲われたドローンサッカーの試合場がありました。

 ドローンサッカーは5人一組で攻め手2人と守り手3人の構成で、攻め手がボールになってゴールの輪っかをくぐれれば点数になるというゲームで、守り手はそれを妨害するディフェンスです。

 ドローンは球状にガードで覆われていて、何かにぶつかって羽が壊れるということはありません。

 ただいずれにしてもドローンを自由自在に動かすスキルがないと勝負には勝てません。

 こちらではドローンサッカーチームを結成してこちらで日夜練習ができるのと、これを地域にも開放することでドローンに興味のある若者たちが集うことも期待されます。

 ドローンの操縦スキルが上手な若者が増えればその中からその技術を建設でも生かしてくれる人が増えることも期待できます。

 いずれにしても、こうした新しい技術には若者に早い段階から触れてもらうのが一番で、そうした意味でもICT事業部は若者の集団です。

 なかには高校を卒業してすぐに採用になった女子社員も2名いて、楽しそうに仕事としてドローンを操縦したりICT技術の修練に努めています。

 
       ◆


 今回の説明には植村正人社長自らが自分自身の哲学も含めてプレゼンを行っていただきトップリーダーの確固たる思想が強く伝わってきました。

 また視察中もずっと付き添っていただいて随時の質問にも丁寧に答えていただくなど、丁寧なご対応をいただきました。

「まだまだこの取り組みの展開を拡大したい構想があるんですよ」と、大きな夢を抱く植村社長。

 建設会社が汚くて危険でつらい職場ではなく、新しい技術を取り入れてやりがいのある魅力ある職場にするのも、ICT技術を取り入れることの意味の一つです。

 地方の建設会社でも若者に魅力ある職場になれるということを示し、さらにこれからの地域貢献にも夢が広がる植村建設さん。

 大変良いものを見せていただきました。

 関係の皆様に改めて感謝申し上げます。 

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孫に釣りを教えるのは爺さんの役目

2024-10-07 22:30:30 | Weblog

 

 この週末に知り合いの米農家さんが「今年も無事収穫完了で収穫祭をやるから来ないか」という誘いがありました。

「家の近くでヤマベも釣れるぞ、入れ食いだ」というので、孫に釣りをやらせたくて婿さんと孫たちを誘って参加してきました。

 収穫祭と言っても、大きな倉庫を開放して、餅つきはあるわ、料理が得意な人がホテル並みのオードブルを持ってくるわ、鹿撃ちがシカ肉料理を持ってくるわ、挙句には近在のホテルの和食料理長なる方がシカ肉で寿司を握ってくれるという豪華料理の山。

 また友達の多い農家さんなので、我々のような札幌はもちろん、遠方から車中泊でやってくる人数が多くて大賑わいの一日でした。

 もちろんお酒も飲み放題でしたが、運転手の私はぐっとこらえて忍耐。

 まあ下手に飲んでいたらどこまで飲まされたことやら(笑)。


    ◆


 で、孫たちのヤマベ釣り。

 もともと餌釣りの経験などないので、釣り道具はイカ釣りの竿とリールとラインを持参して、そこにヤマベ釣り用の針と浮きと錘をつけた即興のヤマベ釣りシステムです。

 餌は一応瓶詰のイクラを持参して孫二人にやらせてみたのですが、下の孫がウグイを一匹釣っただけで全くヤマベは釣れません。

 前日は雨で少し川も濁っていたこともあって「魚なんているのかねえ」と下手さを棚に上げて魚がいるかどうかを疑問に思うようになっていました。

 子供が釣りをしていると、収穫祭に参加していた人が珍しがってわらわらと集まってきて、最後には主催者の農家さんも登場。

「餌は何をつけてんだ?」
「え?買ってきたイクラですけど」

 そう言うと、「素人はこれだからだめだ!そんなもの釣れるわけがないべ!」と一蹴。

「ちょっと待ってろ」と近くの斜面の藪にガサガサと入っていきました。

 待つこと数分、にやにや笑いながらやってくると「これだ、これを使えば百発百中、これでなきゃ釣れねえんだ」と持ってきたのは体長3センチ、太さ3ミリほどの白い芋虫。

 掌の上でウネウネと動いています。

 女性人は「キャー、気持ち悪い」と叫びますが、「これが一番なんだ、どら、竿を貸してみろ」と針の先に芋虫をひょいとつけました。

 孫に竿を戻して、「流れの強い水の落ち口にポトンと落としてみな」

 すると…なんと数秒で体調10センチのヤマベがかかりました。

「かかった!竿を上げて!」「おー」「すごーい」 周りは大歓声です。

 魚を外してまた溜まりに投げると、流れていったのを2~3回ほどピックアップして上流に戻すとまた釣れました。

 この餌なら孫でも簡単に入れ食い状態です。

「あの餌の虫はなんですか?」と訊くと、「この時期、もう遅いかな、イタドリに入っているイタドリムシさ。渓流釣りの最強餌だよ」


 せっかくなので、イタドリの生えているところまで行って探し方を教わりました。

「イタドリは茎が中空になるけど、そこに穴が開いているものがあって、そこに虫が入っている。遅いとさなぎになったり成長して出ていくけど、たまに白いのが見つかる。これが見つかればもう魚はイチコロだ」

 ところが確かに穴の開いたイタドリは見つかりますが、それを割ってもなかなか虫が見つかりません。

「ああ、この辺のイタドリは俺と孫が先週探して取りまくったからな。そうそういないかもよ(笑)」

 それでも下の孫のためになんとか一匹と思って探し続けると、「いた!」

 ようやく一匹を見つけることができました。

「取れたよー」と勇んで戻ってきて、もう一人の孫の針につけてやりましたが、なんと一投目に草に引っ掛けてロスト。

 ちょうど「お餅がつけたよー」と声がかかって釣りは終了。

 釣果はヤマベ4匹でしたが、次回からイタドリムシを採取して臨めば爆釣は間違いないことでしょう。

 なおこのイタドリムシなるものは、正式和名は「アズキノメイガ」という蛾の幼虫で、野菜も食い荒らすので農家さんからは嫌われているとのこと。

 嫌われ者が役に立つとはねえ。

 孫に釣りを教えるのは爺さんと相場が決まっています。

 来年の孫との釣りが今から楽しみです。

 

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「え?何の音?」 ~ 家の中で聞きなれない電子音の正体

2024-10-06 22:34:06 | Weblog

 

 妻と買い物に行って家に帰ってくると、今で何やら得体のしれない「ピッ」という音がします。

 妻は「え?何?気持ち悪い」と怖がっています。

 良く聞いていると数秒の一定間隔で電子音が鳴るという感じ。

「冷蔵庫?ガス?電子レンジ?」

 恐らくは電子機器なのですが、どこでなっているかがなかなかわからず、とにかく気持ち悪い感じです。

 やがて部屋の上の方からすると思って見上げながら音源を探していると、「これだ!」とようやくその音の正体が分かりました。

 その正体は煙感知器でした。

 直径10センチほどの機器ですが、それがピッとなり続けています。

 そこでようやく機械の電池切れではないか、とその正体が分かりました。

 突然聞いたことのない電子音がすると怖いものですね。


     ◆


 感知器を外して裏を見てみると、電池からケーブルが出ていてそれが機械に接続されているというなんとも不思議な機器専用の電池の様です。

 それでも一応panasonicという一流メーカーの電池です。

 これって電気屋さんに行けば交換用の電池が売っているのか、売っていなければ取り寄せになるのかな、などと思いながらも大型家電量販店に。

 一応電池を持参して、「すみませんこの交換用電池って手に入りますか?」と店員さんに聞いてみました。

 店員さんは「少々お待ちください」と後ろに行ってより詳しい担当者を連れて来てくれました。

 するとその方は「お待たせしました。電池そのものは在庫がないので取り寄せということになるのですが、実はこの手の煙・熱感知器につきましては電池だけの交換ではなく、本体の交換をお勧めしているんです」というではありませんか。

「電池の交換じゃ駄目なんですか」
「ええ、10年以上経過すると本体の電子部品の劣化の怖れもありまして、本体ごと交換された方が良いと思います」

 よく見ると火災報知機のコーナーには、そのような「本体ごと交換をお勧めします」という趣旨の注意書きが貼られていました。

 ちょっと悩みましたが、やはり安全にかかわることなので電池交換ではなく新しい機器の購入を選択しました。

 一個4千円ほどでしたが、安全には変えられず必要な経費ですね。

 
 考えてみるとこの感知器を取り付けたのは10年どころではなくもっと以前の事でした。

 電池切れを教えてくれる機能があるというのは素晴らしいメーカー側の気遣いです。

 安全対策も防災も、そうしたことへの投資はケチらずに大判部類米をしてでも備えたいところです。 

 

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立派な人物というのはいるものです ~ 今月号の機関誌「報徳」より

2024-10-03 22:34:19 | Weblog

 

 入会している、二宮尊徳由来の報徳を学ぶ「大日本報徳社」から今月の会報が届きました。

 表紙の写真は懐かしい元静岡県知事の石川嘉延さんの写真で、巻頭インタビュー記事も大日本報徳社の鷲山社長と石川元知事との対談でした。

 私は掛川に2002~2004年度の3年間在籍して当時の榛村純一市長に使えましたが、静岡県庁に向かうことも多くありました。

 石川知事は台湾生まれですが、その後合併前の大東町(現掛川市)に住まわれて、卒業した高校も掛川西高校とあって、県庁では何度となくお話をさせて頂き、「榛村さんのところの助役さんね」と随分かわいがっていただきました。

 ご自身は東京大学から当時の自治省に入省され、1993年に静岡県知事に就任されました。

 以後4期16年に亘って静岡県政をリードされ、「富国有徳」をキャッチコピーとしました。

「富国有徳」とは、国際日本文化研究センター教授で後に静岡県知事になる川勝平太氏が提唱したもので、「社会規範や良識、マナーが行き渡った中で、多くの人が、私欲にとらわれず、社会のために役立とうという志を持って活躍している社会を表しているということ」だとされていますが、どこか掛川の生涯学習の影響を受けているのではないか、と私などは思います。

 
 その後に多大な成果をもたらした石川県政でしたが、地域経済の活性化では県民一人当たり所得を伸ばし、医療・福祉では「ファルマバレー構想」として、産学官が連携して富士山麓に医療集積をもたらす構想を建て、県東部に静岡県立がんセンターを設立させました。

 
 防災面では在任中に発生した阪神淡路大震災を教訓として、「TOUKAI-0(とうかいぜろ)」プロジェクトを立ち上げ県内の木造住宅の耐震化を推進しました。


 文化面では静岡文化芸術大学を新設し、人口流出を食い止めるだけではなくむしろ他県から女子学生を呼び込むほどに魅力のある大学にしたいと述べられています。

 また「グランシップ」と呼ばれる、大ホールや国際会議場、展示ギャラリーを備えた文化施設を建設し、そこに演出家の鈴木忠志さんを引っ張り込んで静岡県舞台芸術センターを設立し、舞台芸術の振興や文化をベースにした地域力向上への取り組みがスタートしました。

 実際にあってお話をしているだけで知性と教養と品格と胆力のある人物だと感じるところが多く、榛村さんといい石川さんといい、掛川の排出する人物に圧倒された思いがあります。


     ◆


 石川県政の当初から関わっていた静岡空港の建設では、一部に反対運動が起きたり未買収の土地があったりして批判的な勢力を勢いづかせる政治闘争になってしまいました。

 その最終局面では地権者から「知事が引責辞任すればそれを条件に立ち木の伐採に応じる」という交渉案がだされ、空港の開港と刺し違える形で自らの首を差し出すという大英断をされたのです。

 その事件そのものは私が掛川を離れてからのことでしたが、側から見ていて「何とくだらないことで静岡は素晴らしいリーダーを失った」と無念でならなかったものです。


     ◆


 石川さんの掛川での中学校時代に学校に報徳の講師が見えられたことがあったそうです。

 そのときその講師は黒板に円を描いて「人生は円のようなものでどこが欠けても円にならない。だからそのような人生を送りなさい」と言われたそうです。

 石川さんは対談の中で「その時はまだ中学生だったので不快哲学の話は分からなくて『なるほど、その通りだな』と思っただけでしたが、(鷲山社長と対談していて)今しみじみと思い出しました」と述べられています。

 良い言葉は人の心に深く染み入るのですね。

 石川嘉延元知事さんのお元気な様子が伺えて心が温かくなりました。

 

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ダブルトラックで輸送量が二倍、二倍 ~ 物流の新しい試み

2024-10-01 21:52:03 | Weblog

 

 社外のセミナーを聴講しました。

 テーマは、「道路物流の新潮流とコロナ禍前後の北海道の観光需要動向について」というもので、講師は中央省庁の各種委員会委員としてもご活躍中の東京海洋大学 兵頭哲朗教授です。

 今日のセミナーの話題は大きく三つありました。

 一つ目は物流の効率性改善策の一つである「ダブル連結トラック」の動向、
 二つ目は「自動物流道路に関する話題」、
 そして三つめが「コロナ禍後の観光需要と北海道インバウンドの特性分析」
…という三つの話題で、それぞれが最新の研究成果や国交省内での議論などの互生化をしていただきました。

    ◆ 

 なかでも「ダブル連結トラック」の話。

 ダブル連結トラックとは、普通の大型トラックの後ろにもう一つのコンテナを引っ張って一人の運転手が二倍の荷物を運べるという取り組みです。

 2017年からダブルで全長25mのトラックが認められていますが、実際の道路を走行するためには特車の申請が必要で、自治体の担当者はぱっとみて「これうちの道路を通れないでしょ」と拒否反応を示す例が多いのだそう。

 この後ろの荷台を作っているのは日本に日本トレクスとTOHO製作所の二社しかなくて、まだまだ国内で劇的に増えるという事はなさそう。

 ただ、一人で2台分の荷物を運ぶという事は省人化での生産性向上につながるのと、CO2削減効果も期待できるとのこと。

 また、一種類で20トンもの品物を運ぶというのはあまり現実的ではなく、それよりはドリンクなど重たい品物とカップ麺のような軽いものを組み合わせて運ぶという会社や分野を超えた混載のマネジメントが必要な時が来るかもしれません。

 一方高速道路でダブルトラックが走れる区間は国交省が許可している区間になっていて、年々区間が広がっており今年は北海道でも認められる区間が出て来そうです。


 
 ただ荷物をどこで載せてどこで下ろすかということの拠点インフラなども考えなくてはならず、物流の問題解決のためには新しい考えによるインフラも必要になってきそうです。

 未来の物流への新たな試みの一つです。


《参考》 国土交通省 社会資本整備審議会 道路分科会 基本政策部会 第24回物流小委員会 資料
 https://www.mlit.go.jp/policy/shingikai/road01_sg_000699.html

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さだまさしさんのコンサートに行ってきました

2024-09-30 23:24:17 | Weblog

 

 さだまさしさんのコンサートツアーに行ってきました。

 会場は札幌文化芸術劇場hitaruで、ここにはまだ入ったことがなかったので良い機会になりました。

 席は4階席の左端で、手すりが邪魔になってちょっと観にくかったのですが、ステージよりはかなり上の方なのでバンド全体の姿を見下ろすことができました。


 コンサートツアーも今年で51回目だそうで、お元気で何よりです。

 はじめに2~3曲歌ったところで、「今日、さだまさしのコンサートに初めて来るという方は?」と会場に問いかけたところ、半分くらいのお客さんから拍手が返ってきて、「うん、知らない曲ばかりだと思うけど、全部新曲だと思って聞いてください」と言って会場を笑わせました。

 私もふだんさださんの歌を聞き込んでいるわけでもないのですが、歌えばぜんぶさだ節で、いかにもさだまさしさんの曲だな、と分かります。

 バックバンドは「さだ工務店」という皆さんで、お馴染みのドラムス、ベース、ギター、ピアノのほかに、ピッコロやフルート、オーボエの木管楽器に、バイオリン、チェロがはいり、パーカッションとコーラスも加わった編成です。

 さださんも、歌はもちろんですが、何台ものギターをとっかえひっかえかき鳴らし、ときにはバイオリンも披露し、と熱演。

 音と光のコンビネーションも決まっていて、洗練されたステージが披露されました。

 
 またお得意の話術で会場を沸かせます。

「総理が石破さんになりましたね。だいぶ昔にテレビで討論会を聞いたときには『面白い人がいるなあ、いつか総理になって欲しいもんだ』と思ったけれど、本当になるとは…」

「今、RSウィルスの啓もう活動を薬会社とやっているのですが、薬づくりと音楽づくりって似ていると思うんです。だってどちらも『きく、きかない』があるでしょう?(会場爆笑)」


 MCで笑いを取りながらもひとたび歌になれば、まさに熱唱で、72歳とは思えない声の張りでした。

 さださんは、災害が起きれば現地へ赴いて現地支援をするとともにコンサート活動を通じて被災地への募金活動も続けています。

 北海道の胆振東部地震の際も厚真町や鵡川へ赴いたそうです。

 次回は「長崎から能登へ」というコンサートもやるそうで、こういう社会活動も立派ですね。

 

 
「今日は皆さんの知っている曲は歌いませんから」と言いながらそれはフリで、しかりと「北の国から」は歌ってくれました。

 会場の8割以上は私よりも年上の高齢者が多かったように見受けましたが、それだけその世代には刺さっているのでしょう。

 演奏終了時には、関係者とスタッフの名前が映画のエンドロールのようにステージ後ろに流されました。

 スタッフへのリスペクトが感じられるこういう試みも好感が持てました。

 初めてhitaruも経験できて楽しい思い出になりました。
 

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亡き妹との最後の思い出

2024-09-29 19:15:00 | Weblog

 

 ドジャースが大谷選手の活躍で地区優勝を果たし、自民党総裁選挙は1回目の投票で2位に甘んじた石破茂さんが2回目の投票で高市早苗さんを逆転して総裁に選出された今週末。

 備忘録的にその事実を記載しておこうと思います。

 基本的に政治ネタは書かないようにしているこのブログですが、亡くなる直前の妹が病床から「お兄ちゃんは今度の自民党総裁選は誰がいいと思っているの?」と聞いてきました。

 私は「僕は上川陽子さんがいいと思うけどね。初の女性総裁/総理大臣として押し出しがいいんじゃないかな」と言いました。

 すると妹も、「私もそう、上川さんがいいと思った。同じで良かったよ」と笑っていました。

 私ごときが何かを思っても別にどうなるわけでもありませんが、妹と最後の数日間に交わした話題の一つが9人の候補による自民党総裁選の話題だったことは多分ずっと思い出されることでしょう。

 石破さんだったらどうとか、高市さんだったらどうだろうという会話でもなく、「だれが一番? ふふ同じだね」という会話に、同じような思考であることが確認出来て、最後の思い出の一つになりました。

 思えば、妹が病に臥せって病床に見舞いに行くことがなければこんな会話は多分しなかったでしょう。

 普段の生活では年に数回会うか会わないか程度の親密度だったので、最後の数日間のお見舞いに数年分の会話の密度が込められました。

 近しい人や友人には会ってたくさんの思い出を作っておくことをお勧めします。

 人生は思い出で形作られているのですから。

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退職したら「毎日趣味をしたい」と思っている人に

2024-09-24 22:25:16 | Weblog

 

 今年の春に退職した釣り好きの友人がいます。

 先日久しぶりに会って話をしたのですが、当然話題は釣りの話に。

「以前から退職したら好きな釣りをするんだと言っていましたよね。それが現実になっていかがですか?」

 すると友人は「いやあそれがねえ…。思っていたほどには釣りに行かなくなりました」と言います。

「へえ、なぜですか?」
「仕事をしていたときは釣りに行ける日って週末かせいぜい休暇を取っていくということで非常に制約された環境にありましたよね。だから多少天気が悪くても『今日行かないとまた一週間行けない』と気持ちを奮い立たせて釣りに行ったものです。
 ところがいざ自由人になってみるといつでも釣りに行けるんです。そのため、『今日は風が強いから今日でなくてもいいや』とか『また次に行けばいいんだ』と、ついつい甘い心が出て億劫になっちゃうんです。

 以前なら(明日は釣りに行ける)と思うとワクワクして前の日に眠れないほどでしたが、今ではそういう気持ちにもならなくなってしまいました。
 もっとも、釣り場への移動も週に一度ならそれほど負担でもありませんが、家の近くではない釣り場となるとその移動に時間やお金がかかるのも負担ですしね。

 小松さん、釣りも『行きたい、行きたい』と思っているうちが華ですよ」


      ◆


 なるほど、制約があってこそ限りある時間が輝いて見えるということでしょうか。

 別な知人の話ですが、「釧路勤務の時は毎日早朝の4時から6時まで釣りをしてそれから出社するという生活をしていた」とのことでした。

 出社するまでに許された時間だからこそ愛おしいという気持ちが毎日でも続いたのかもしれませんね。

 趣味に対する気持ちの持ちようについて考えさせられました。

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