北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

内田樹著「だからあれほど言ったのに」を読む

2024-12-25 23:24:29 | 本の感想

 

 掛川市役所で助役をしていたときに、市長の榛村純一さんからときどき「哲学者 内田樹(うちだ・たつる)」さんの話を聞かされました。

 曰く「日本でただ一人、"哲学者"と名乗って飯を食っている人だよ」というのが榛村さんの内田さん評でした。

 いろいろな人脈を持った榛村さんでしたが、地方都市の首長としての哲学がしっかりしていたので、やはりローカルについて興味を持っていた内田さんともウマが合ったのかもしれません。

 残念ながら私自身は在任中に内田さんとお会いすることはかないませんでしたが、それ以降もネット記事などで内田さんの言説に触れるたびに「やはり哲学と教養のある人の語りは違うなあ」と感心していました。

 ただまともに著書に触れていたわけではありませんでした。

 先日本屋へ行ったところ、その内田樹さんの新書で今年の春に刊行されたエッセイ集「だからあれほど言ったのに」(マガジンハウス新書)が売られていたので購入しました。

 さらりと読み流せるエッセイの数々で、様々な媒体で書いたものを集めて編集した一冊とのことで、深い知性と教養が味わえました。

 
      ◆

 今の内田さんの肩書をWikipediaで探ると、「日本のフランス文学者、武道家(合気道凱風館館長。合気道七段、居合道三段、杖道三段)、翻訳家、思想家、エッセイスト、元学生運動家、神戸女学院大学名誉教授」となっています。

 Wikipediaでは最後に「立憲民主党パートナー」とも書かれていて、まあ政治を語るときには今の国のありようや政治体制、与党体制にちょっと辛めの批評が登場します。

 
 それはそれとしても、フランス文学者や思想家、武道家としての立場から書かれたエッセイでは知らない知識からのアプローチに「へえ~」と感心したり、「まさに!」と激しく同意する気持ちに膝を打ったりして、自分の心の中を掻き乱される思いがする語りでした。

 あとがきにはご自身で「読み返してみると…、中心的なテーマは『日本の未来を担う人たち』をどうやって支援するか、ということに尽くされているように思った」とあり、さらに「とくに子どもたちを『決して傷つけずに"無垢な大人"に育て上げる』ということが今の日本人にとって最優先の課題ではないかと思います」と書かれています。

 
 実際のエッセイにも、「学校は格付けするところではない」というタイトルの文章に、「今の学校は子どもたちを成績で"格付け"する評価機関になっているが…、学校は子どもたちの成熟を支援する場だと思う」と書かれています。

 続いて、「昔の日本では子供たちは七歳まで「聖なるもの」として扱うという決まりがあった」とか「子どもは七歳までは異界とつながる聖なる存在として遇された」と書かれています。

 なので、「この世ならざるもの」とこの世を橋渡しするものには童名をつけるという習慣があるのだ、として、「酒呑童子」や「牛飼いも童名を名乗った」という例や「船に〇〇丸とつけるのは海洋や河川という野生のエネルギーと人間世界の間に立つものだから"子ども枠"に分類されるのだ」などと教えてくれます。

 そういう視点でものを考えたことがなかったので目からウロコでした。


 子どもたちがまだ半分はこの世ではない異界の存在で、だからゆっくりとこちらの世界へと導かなくてはならない壊れやすく傷つきやすいものなのだ、という感覚は、日本人としてはどこか分かるような気がしますが、今日の職業教育者の教育理論にはそういう視点はないように思えます。

 
      ◆


 内田さんは2011年に神戸に自宅を兼ねた凱風館という道場を建てられました。

 そこでは武道だけではなく様々な伝統芸能なども演じられていて、「貸しホールではなく一種のコミュニティなのだ」と考えています。

 そして道場を建てたのは、「公共の体育館には神棚がないから」であり、ここで教えていることは「場への敬意」であったり、「超越的なものへの敬意」なのだと。

 そして「おのれの理解も共感も絶したようなものには適切な距離を取ること」という作法を身に着けることが武道を学ぶ勘所なのだと。

 
      ◆


 どこか、榛村さんと会話をしているときのような圧倒されるほど感心する自分がおりました。

 こういうことを教えてくれる大人がなかなかいないんですよね。

 年末年始のお暇な時にさらっと読むにはちょうど良いかもしれません。
  

 


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