北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

ダウン…

2024-08-31 15:35:34 | 蕎麦打ち

 今日からの幌加内新そばまつり。

 蕎麦の打ち手は朝4時から作業を開始。

 我々ブースの本体は、汁の準備や配膳などを整えて、揚げ物隊は道具を準備して種づくり。

 今年はタマネギ、ニンジンの他にサツマイモ、緑色のためにツルムラサキ、ピーマン、いんげんなども加えて彩りとボリューム感を出すように準備をしました。

 それでは、と試し揚げを始めたところでなんと持病のめまいが襲ってきました。

 実は朝起きたときからちょっとふらつく感じがあって不安だったのですが、ごまかしが効かないほどに急に症状が悪化しました。

 事務局長に事情を話して近くの椅子で休んでみましたが急速な回復の兆しがなくあえなくダウン。

 降り出した雨の中を自分の車に戻って寝込む羽目になりました。

 夕方になりかなり改善してきたのでこれからの回復に期待です。

 毎回この症状がでた時は半日くらいの休息で改善していたので、その習いに希望を持っています。

 今日は全く貢献できなかったので、なんとか明日は復活したいところ。

 明日は天気にも恵まれそうで数も出そうですからね。

 今日はとにかく体調と体力回復に努めます。

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明日からの幌加内新そばまつりに備えます

2024-08-30 22:06:55 | 蕎麦打ち

 

 明日から幌加内での新そばまつり。

 今日は先乗りで明日早朝からの仕込みに備えます。

 今回もかき揚げ担当で油を前に奮闘することになりました。

 天気が悪そうで、初日はあまり数が出ないかもしれませんが、「北海道そば研究会」のブースの奥にいます。

 もしお越しの際は声をかけてください。

 今夜は年に一度の同窓会前夜祭です。

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出身校一番の有名人 ~ 北口榛花選手の凱旋パレード

2024-08-28 23:31:42 | Weblog

 

 パリオリンピックのやり投げで日本人初の金メダルを取った北口榛花選手は私が卒業した高校の後輩にあたります。

 北口選手の人となりの紹介でしばしば「道内有数の進学校出身」と言われると面映ゆいところもありますが、どちらかというと勉強で進学する子が多い中、運動能力に将来を託したところが立派です。

 その北口選手の栄誉をたたえて、10月13日に出身地の旭川では凱旋パレードを企画しているいうニュースが届きました。

 旭川市の今津市長が今日の定例記者会見で発表したそうで、同日に市民栄誉賞も授与されるそうです。

 私の高校卒業時の同期では数十人が参加するネット上の連絡網があるのですが、早速その話題が取り上げられていました。

 高校卒業の同期は、おそらく半分以上が旭川の外で暮らしていて、今では東京周辺で暮らしている友達も多くいます。

 しかしそんな友達でもなかには『当日旭川で見てみたい』という友達もいて、だんだん盛り上がってくることでしょう。

 やり投げは高校時代に始めたそうですが、思い返せば当時のグランドに陸上のやり投げを練習するようなスペースがあったかな、とイメージが湧きません。

 我々が卒業した後に校舎の建て替えが行われてグランドや校舎の配置が多少変わったかとも思いますが、それでもメジャーな野球やサッカーに比べると陸上、まして投擲となるとマイナーなスポーツです。

 どこでどうやって練習してあれだけ上手になったのかと、後輩ながら尊敬するばかりです。

 
 北口選手は陸上の世界へ行っても、練習の舞台だったチェコ語はペラペラとのことで、地頭の良さを遺憾なく発揮しています。

 わが高校の今までで一番の有名人は読売巨人軍でピッチャーだったスタルヒンだったのですが、この一件で北口選手になることでしょう。

 ますます活躍していただけるよう陰ながら応援しています。
 

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芸術のしまいかた ~ 今日の日経新聞記事より

2024-08-27 23:29:56 | Weblog

 

 今朝の日経新聞の最終面「文化面」に『芸術のしまいかた』という一文が掲載されていました。

 この趣旨を生成AIのClaudeに400文字程度でまとめさせると以下のように出力してきました。

     ◆

 パブリックアートは1980年代から日本各地に設置されてきたが、その管理や継承に課題が生じている。広島駅の舟越保武作品「牧歌」の消失は、その象徴的な例である。

 作品の存在価値が認識されず、メンテナンス計画も不十分だったため、多くのパブリックアートが劣化や撤去の危機に直面している。

 一方で、立川高島屋ショッピングセンターの岡崎乾二郎作品のように、市民の声で保存が決まった例もある。しかし、作品の維持管理は地域の負担となる。

 パブリックアートの問題は、「みんなのもの」という概念と、実際の所有者や管理者の責任の間のギャップにある。作品の保存か撤去かの判断には、作家、所有者、地域住民、美術ファンなど、多様な立場の人々の意見を考慮する必要がある。

 今後の社会変化を見据え、文化や芸術の「しまいかた」を適切に計画することが、その継承につながる重要な課題となっている。 (以上、Claudeの出力による)

     ◆


 誰しも、後世のために良かれと思って多くの財産を残そうとしてきました。

 道路・公園・ダム・港・上下水道、学校、芸術ホールなど様々なインフラもそうだし、法律や制度も創ってきました。

 警察や消防、医療・介護などは、制度を作るとともに人材を育成して整備してきましたし、なによりも時代のニーズを受けて成立してきたビジネス・産業も現代の財産と言えるでしょう。

 しかしそれらを支えるのはとにもかくにも「人」であり、「人数」であり、さらには人がいたとしても「人々の関心」があればこそ支えられるものといえるでしょう。

 今日の日経の記事のポイントは、"関心を持っていた人々がいなくなった結果、関心が薄れて放置され失われた"と読み解くことができそうです。

 特に日々人々に使われるような日常的な関わりがあれば「認知・認識・関心」として繋がっていられたものが、こと芸術となると、価値観や好き嫌い、ゆとりの有無などにも影響を受けて、必要性が問われることになるでしょう。

 何もしなければ、アート作品の設置当時に関心を持っていた人々が少なくなるのは仕方のない事かもしれませんが、そこに工夫を加えれば、人々の関心を保ち続けることができるかもしれません。


      ◆


 私のいた掛川市には「NPO法人 掛川の現代美術研究会」という会があって、パブリックアート作品の定期的な掃除や手入れや現代アート講座の開催、アート作品の説明パンフレットの作成などを通じて、市民にパブリックアートを生かしたまちづくりを模索しています。

 アート作品を一つ一つとしてとらえるのではなく、市内にあるパブリックアート作品を網羅的にとらえて、作品のあるわが町への関心を寄せさせようという取り組みで、パブリックアートを設置する町ならば、こういう活動をセットにするような仕組みが求められてくることでしょう。

 
      ◆


 しかし今日の日経の記事では、「何としても残すためにはどうするか」という視点ではなく、「しまいかたをどうするかも含めて『みんな 』で考えるべきだ」という関わり方を求めているようです。

 地域の人口が減るということは、インフラでも芸術でも担い手や関心が失われるという悲しい現実に結びついてゆきます。

 ITやAIなどの新技術は、それがあれば人間が考えなくて済むような社会ではなく、それらによって人間自身の関心が保たれるような方向性が求められます。

 いくら技術が進んでも、守るにせよ始末をつけるにせよ、やはり人間は自ら考えて行動しなくてはならない、ということに気が付きます。

 

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あるタクシー運転手さんの身の上 ~ お酒はほどほどに

2024-08-26 21:15:32 | Weblog

 

 人の話を聞くのは面白い。

 先日乗ったタクシーの運転手さんはまだ若い男性でした。

 聞けば「タクシーに乗ってからまだ5日目なんです」とのこと。

 随分若くしてタクシーの運転手さんになったものだと思い、「ちなみに前職はどちらでしたか?」と訊いてみました。

 すると「居酒屋の店長でした。私人と話をするのもお酒を飲むのも大好きなので、天職だと思って随分楽しく仕事をさせてもらいました」とのこと。

「それがどうしてこちらの世界に?」

 すると答えは「実は体を壊しまして…、肝臓です。お酒を飲みすぎて脂肪肝から肝硬変になってしまい、医者から『もうこの商売を辞めなさい』と言われて決心しました」というもの。

「お酒は飲むのが好きだったんですか」
「好きでしたし、飲める体質なんです。一晩で一升瓶を開けられますし、ウィスキーでもボトル一本は軽く行けます。馴染の飲み屋さんへ行ったら『はい、これでしょ!』と一升瓶が出てくるようになっていました(笑)」

「別に居酒屋の店長でもお酒を飲まなければよいのじゃないですか?」
「それが馴染みのお客さんが来たりするとそうもいかず、また店長になると今度は従業員の慰労もしなくちゃなりません。
 それに店長になると、お客様からのクレーム対応が大きな仕事で、ご不満を解消するための手段はやはり食事に招待するということになって、そこで一緒にお酒を飲んで問題解決を図る、となります。
 結局、居酒屋の仕事って、飲まないでやるというのはちょっと考えられないんです」


 お酒を飲むのが仕事と言うのは楽しいようでいて、健康を犠牲にしないと務まらない因果なことですね。

 結局この運転手さんは、ドクターストップがかかったことで居酒屋を離れる決心をしてタクシー運転手になったんだそうです。

「じゃあいまではお酒を一切飲まない生活になったんですか?」
「ええ、でも少しずつ肝臓の数値も下がってきているので、妻には日曜日に一杯だけ許してもらってます(笑)」

 一杯が二杯になり三杯になり…、とならないことを心の中で祈っていました。

 健康を犠牲にする仕事だけはやめましょうね。

 

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夏の終わりの工作 ~ 夏休みの自由研究ともいえる

2024-08-25 23:29:40 | Weblog

 川で釣りをする時には蚊取り線香を炊くようにしています。

 もちろん蚊をはじめとする虫除けの意味が一番ですが、ちょっとだけ期待しているのが熊対策。

 本当かどうかわかりませんが、「熊除けのためには山でタバコを吸うと良い」というのを聞いたことがあって、蚊取り線香のにおいも人間の匂いと警戒してくれないかな、という考えです。

 蚊取り線香も、家で使うような緑色のものではなく林業関係者御用達の「パワー森林香」です。

 なんでも虫除け有効成分メトフルトリンがマシマシで入っているほかに、この成分は忌避効果もあるとされています。

 ネット記事を読んでも効果抜群のようで、アウトドアで活動するのには最も有効な虫除け対策の一つと言えるでしょう。

 この蚊取り線香には専用の携帯缶があるのですがちょっと大きいので、以前から使いなれている携帯器に入れて腰のベルトに下げて使っています。

 ところがこの熱が結構熱くて、携帯缶を通じてお尻にまで伝わってきて尻が熱くなります。

 これを何とかしようと思って、蚊取り線香熱遮断パットを作りました。

 ホームセンターで革細工用の牛革を買ってきて蚊取り線香の容器より少し大きめに切り、ぶら下げるための穴をあけて穴はハトメで強化した造作です。

 この穴に、カラビナと蚊取り線香を通して腰にぶら下げると、ちゃんと熱さが遮断されました。

 妻は「わざわざ高い皮にしなくてもフェルトでも良かったんじゃない?」と言いますが、私としてはアウトドア道具は革製品がお似合いのような気がしています。

 これでちょっとしたブランドの焼き印でも押せば、一枚500円くらいで売れるのではないでしょうか(笑)。

 釣りに使うフライだけではなく、こういうアホらしい道具を作って楽しむのもアウトドアの面白いところですね。

 
      ◆


 これを使って早速川に出てきました。

 お尻が熱くならないのはよかったのですが、釣りの方は今日はダメでした。

 数日前の雨のせいで川の水位が上がって、全体が大河になり魚のいつくようなポイントがみつからず、遊んでくれたのはわずかにヤマベが一匹。

 もう夏の釣りも終わりかけています。

 
   

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パリオリンピック開会式のひどい思い出

2024-08-23 22:00:04 | Weblog

 

 先日ある会合に参加したら、出席者の一人に「実は私、オリンピックを現地で見るということをライフワークにしているんです」と言う方がおられました。

「すると今回のパリオリンピックも行かれたんですか?」と訊くと、「もちろんです、開会式をセーヌ川のほとりで観ました」とのこと。

 パリのセーヌ川のほとりで、船で選手団が行き交うのを眺めるというのはさぞロマンチックな事だろう、と思ったところ、「全然!いやあ、ひどい目に遭いました」と苦笑いをしています。

「まず開会式の参加チケットですが、一人40万円で夫婦で行ったものですから80万円がかかりました」

 ひえー、開会式を観るだけでそんなに費用が!

 ところが驚くのはそれだけではありません。

「皆さんは開会式をテレビでご覧になりましたか?フレンチカンカンやら有名歌手の歌など存分に楽しまれたかと思いますが、会場にいたら私の場所からはそれらは一切見られませんでした」

「おまけに、『この季節のパリは雨が降らない』というのに、この開会式のときだけ雨が降ったんです。それも雨脚が強くて、全く止みません。前日も翌日も晴れていたのに、開会式の日だけが雨でした。よほど普段の行いの悪い者が関係者にいたのだろう、と恨みました」

 屋外で雨と言うのはさぞ大変でしたでしょうね。

「さらに悪いことに、前の奴が傘を差しやがりまして。傘から滴る雨が全部私たち夫婦の膝にかかるわけで、上から下まで全身ずぶぬれです。
 開会式は選手が延々と船に乗って登場するのですが、日本選手団が通り過ぎるのを見たところで会場を抜け出しました。
 開会式はテレビが一番です」


 この方は、過去8回のオリンピックを現地観戦に行かれたとのことですが、最悪の開会式だったようです。

 それでもこれだけお金をかけて手にした思い出は永遠で、語り草がまた一つ増えたと言えるでしょう。

 テレビで観た分には、多分すぐに忘れてしまって何の記憶にも思い出にもならないに違いありません。

 映画なども、配信を家で観るのと映画館で観るのとではやはり思い出になる印象が違うでしょうね。

「人生は思い出と笑い話を作る旅」だとそんな風に強く思うようになりました。

 できればその思い出を写真や日記などで記録しておくと、さらに良いものに変わってゆくのではないでしょうか。

 人に笑われるようなエピソードでも、自分の自虐ネタとして後々役に立つものです。

 さあ、リアルな体験と笑い話をたくさん作りましょう。

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アスファルト舗装の打ち替え完了 ~ 新品はいいですねえ

2024-08-22 21:25:56 | Weblog

 

 家の舗装打ち替えの二日目。

 人数をかければ一日で終わったくらいの仕事なのですが、手が足りなくて二日目になってしまいました。

 今日の作業は午前に来て不足している砕石を足して転圧、午後にアスファルト合材をもってきて敷きならして転圧という工程です。

 車庫前の斜路の凸凹も治り、きれいな斜路ですりつきました。

 表面のアスファルト分が失われて小さな砂利の骨材がポロポロと出始めていたのが、打ちたてのきめの細かいアスファルト舗装になりました。

 全体に道路に向かって水勾配を取って、降った雨や水が道路に流れるようにしてもらっているはずなので、雨の時に仕上がりを見ておこうと思います。

 古い家でもちょっと新築のように見えてきました(笑)。

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我が家の舗装修繕 ~ アスファルト舗装も劣化する

2024-08-21 23:06:42 | Weblog

 

 家の舗装の更新をお願いしました。

 築20年の我が家ですが、新築の時に家の前をアスファルト舗装を施しました。

 それが20年経って表面のアスファルト分が抜けて骨材が浮き出てくるようになりました。

 また車庫から車で出るところの斜路が凍上で膨れ上がったり割れたりと、ここでも経年劣化が見られます。

 さらにウッドデッキを撤去した後が中途半端な空間になって雑草畑に成り下がっていたこともあって、この際アスファルト舗装の打ち替えできれいにしてしまおうと思い工事をお願いしたのです。

 今日は既設のアスファルトの撤去と新しく縁石を設置してもらって施工面の整理までで、明日に砂利の投入と転圧、その後にアスファルト舗装をしてもらう計画です。

 舗装面には排水管のジョイント部や水道管などが埋め込まれていたので、全体の高さが少し上がるために桝のかさ上げなどが必要で、細々した手間もお願いしました。

 
 実際に古い舗装を剥がしてもらったところ、「随分厚く施工されていたんですね」と業者さんが驚いていました。

 しょぼく誤魔化すなら表層は5センチもあればアスファルト舗装らしく仕上がるところですが、8センチ以上の厚みがあって、当初施工してくれた業者さんの良心を感じました。


      ◆


 塗装や舗装などは年月の経過とともに劣化してくるものなので、適切な修繕ややり替えなどが必要です。

 仕事柄公共インフラについて、「もっと早く補修や修繕をすべきだ」と言っている手前、身の回りの財産も適切な補修や修繕をしてあげるべきでしょう。

 維持管理には手間とお金をかけることが長持ちの秘訣です。 

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海の家でコインをなくした思い出 ~ 子供だけの海水浴

2024-08-20 23:08:29 | Weblog

 

 夏になると思いだすのは、中一の夏休みに友人と二人で海水浴に行った思い出です。
 
 今思い返すとそれほど仲が良かったわけでもない友人のI君と、当時は「大浜」と言った石狩の海水浴場に行ったのです。

 海水浴場へはバスで行ったはずですが、バス一本で行けたはずはないと思いながら乗り換えた記憶もありません。

 それでも海水浴セットをもって我が家に誘いに来たI君の姿と、次の記憶はもう浜辺にいる姿になっています。

 女の子がいるわけでもない男の二人旅でしたが、海水浴なんてほとんどしたことがない私にはとても新鮮な思い出になっているのだと思います。

 覚えているのは、浜ではさんざん遊んだ後に海の家のシャワーを浴びて服に着替えて、それから味噌こんにゃくおでんを食べたこと。

 そうそう、その際にシャワーの棚の上にシャワーで投入した残りのコインを置き忘れて、数百円を失ったことも痛恨の思い出です。

 昭和45年の子供にとっての数百円はあまりに痛い忘れ物でありました。


 その後もどうやって帰ってきたのかまでは全く覚えていません。

 ただ晴れた浜辺で笑うI君の顔と、シャワーとおでんとなくしたコインが痛烈な記憶になっているのです。

 その後も海水浴にいった記憶はほとんどなくて、行ったことがあってもそれを本当に楽しいと思ったことがないのだと思います。

 
 先日釣りの帰りに小樽近くの蘭島(らんしま)海岸を通りました。

 海水浴が好きではなかった私ですが、それでも「蘭島」とか「大浜」という地名を見聞きすると、幼い時のノスタルジーが掻き立てられてたまらなくなります。


      ◆


 北海道では「お盆を過ぎたら海に入るな」と言われたもので、夏の終わりの土用に発生する「土用波」という単語も聞いたことがあります。

 でも調べてみると土用波は突然現れる強い波で危ないことは危ないのですが、本来は台風由来で太平洋側の海岸で注意すべき波なのだそう。

 子供の時は日本海の海岸だったので、土用波の心配はなかったはずですが、それでもお盆でご先祖様に誘われるような気がしてちょっと心配だった記憶もあります。

 札幌では小学生の夏休みも今週末まで。

 孫たちが一生覚えているような印象的な夏の思い出はできたでしょうか。

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