「AI vs.教科書が読めない子どもたち」(新井紀子著 東洋経済新報社)を読みました。
全体は大きく二つの内容に分かれます。
そもそも著者の新井紀子さんという方は数学者で、国立情報学研究所教授という肩書をお持ちです。
彼女は2011年から「ロボットは東大に入れるか」という人工知能プロジェクト「東ロボ君プロジェクト」のディレクターを務めました。
つまりここで彼女は、いわゆるAI(=Artificial Inteligence:人工知能)を研究しその可能性を探る調査研究を行ったのです。
そしてそのシンボリックな目標として、東大の受験問題をAIがどれだけ解けて合格ラインにまで達するのかどうか、を掲げました。そのことでまた世間の注目を大いに引き付けることにもつながりました。
前半はその苦労談が多く語られているのですが、彼女によると「AIというのは所詮計算機なので、できることは足し算と掛け算でしかない」と言い、長年それに携わった研究者として、「AIは神になる? なりません」、「AIは人類を滅ぼす? 滅ぼしません」、「シンギュラリティ(AIが人間の能力を上回る技術的特異点)が来る? き・ま・せ・ん!」とにべもなく結論付けます。
そのわけは、東大の受験問題をいかにAIに解かせようかと考えうるありとあらゆる可能性を探った中で、どうしても計算機ではたどり着けない領域があるということがわかったからです。
計算機で特異な領域もありました。それは世界史と実は数学。世界史は情報検索を行うことでかなり正答率が向上、また数学も問題文が正確で限定的な語彙からなっていれば論理的言語処理と数式処理の組み合わせでかなり点数が伸びました。
【しかし…
しかしこれらのアプローチではたどり着けなかったのが国語と英語です。
基本的に機械は意味を理解しません。なので意味を理解して答えを返してくれるわけではない。
計算機ができることは、「論理と「確率」と「統計」だけでしかありません。
しかし私たちの知能の営みは、すべてこの三つに置き換えることができないのです。
【では機械は人間にどこまで置き換われるか ~ 日本語が理解できない子どもたち】
東大ロボ君プロジェクトと並行して、著者の新井さんは「大学生数学基本調査」を行いました。
そこで彼女が目にしたのは、おびただしい誤答の山でした。
回答をした大学生の通う大学を、国公立Aクラス、国公立Bクラス、私大S、私大A、私大B、私大Cランクとランク分けして、それごとの誤答の現れ方を調べてみると、明らかに国立S級大学では誤答がほとんどなかったのに対して、それ以下の大学では誤答が目立ちました。
そこで著者の新井さんは、(これは学生に基本的な読解力がないのではないか)という疑問を持つことになります。
行動力溢れる著者は、今度は中高生の「基礎的読解力」の調査を行います。
調査に使ったのは、東ロボ君プロジェクトを行ったことで、AIに読解力をつけさせるために積み上げて、そのエラーから分析してきた蓄積を用いて、人間の基礎的読解力を判定するために開発されたRST(リーディング・スキル・テスト)でした。
この基礎的研究があったおかげで、文章を「係り受け」「照応」「同義文判定」「推論」「イメージ同定」「具体例同定」という6つにわけることができ、それぞれの問題を作成することができました。
そしてこれに協力校約5000人の子供たちが協力してくれてテストを行いました。
結果は暗澹たるもので、読解力は予想以上に低いものでした。つまり多くの子供たちが、実は教科書の内容を理解するだけの読解力が身についていない、というものでした。
著者が気付いたのは、「良い大学に生徒を合格させるのが良い高校だと思っていたが、実はすでに読解力のある子供たちが入ってきているのだから、そこから先は簡単だ」ということでした。そんな学校の生徒たちは『教科書を読めばわかる』のですから。
著者はさらに分析を進めましたが、残念ながら「こうしたら読解力が上がる」とか「こうしたら読解力が下がる」という因子は見つかりませんでした。
つまりどうやったら読解力が上がるかについて、著者は答えを持っていません。
しかし一筋の光明があります。
調査を通じて協力をしてくれた埼玉県戸田市の先生たちが、この調査結果に危機感を持ち、自らが集まってRSTの切り口で教科書を読み返し、どうやったら子どもたちが教科書を理解できるかについて、取り組み始めたのだそうです。
その結果、それまで県の中位くらいだった戸田市の子どもたちの成績が、埼玉県でトップクラスになったのだと!
先生たち自らが、「子供たちは教科書が読めていないのかもしれない」という問題意識をもって授業を行うことが、結果として子供たちの読解力向上につながるのかもしれない、と著者は推測しています。
【著者の確信】
さて、長々とAIが東大に入れるか、というプロジェクトからAIの限界を述べ、また並行して行われた子供たちの読解力への危機感について触れてきました。
ここで著者が言いたかったことは、「これからの時代、読解力がなく、言葉の意味が分からないような人材は仕事をAIに奪われる」ということです。
東大君プロジェクトを通じて、著者はAIには読解力に限界があるということを痛切に理解しました。
それなのに、AIに対して優位性のあるはずのその読解力で機械に負けてしまう人がいる。
既に、筆記試験が合格できなくて自動車免許が取れない子や、筆記ができなくて調理師免許が取れない子が出てきているといいます。
教育の格差とは、もはや「どこの大学を出たか」ということではもはやなくて、教科書が読めたかどうか、で決まるというのです。
ここに至って著者の新井さんは、一連の活動を踏まえて、RSTを提供するための社団法人「教育のための科学研究所」を起業しました。
多くの若者の読解力の診断体制をつくりたかったことと、なによりも読解力不足に社会が困っているということを知ったのがその理由です。
AI時代の到来を闇雲におそれるのではなく、その限界を知り、機械に取って代られない人材を育成することができるかどうか、それがこれからの人類の未来にとっての大きな課題です。
さて、ここまで書いて、ふと怖くなりました。
私が長々と書いたこの文章は、正しく理解されているのでしょうか?
この怖さが伝わっているでしょうか?
良い本です。教育関係者は必読、そうでなくてもお子さんを持っている親御さんも読んでおいたほうが良いと思います。
【RST(=Reading Skill Test)の見本はこちら】
https://www.s4e.jp/example
さて、あなたはどれだけ読解力がありますか?