北の心の開拓記  [小松正明ブログ]

 日々の暮らしの中には、きらりと輝く希望の物語があるはず。生涯学習的生き方の実践のつもりです。

「最高の介護」(田口真子著)を読む ~ 無理をしないで、施設利用を恥じないで

2024-12-22 23:45:06 | 介護の世界

 

 実際のところ親の介護について考え始めると、まず何をすればよいのか、ということがなかなかわかりません。

 なにか本を読めばよいのだろうけれど、それだってどんな本を読んだらよいかもわからない。

 誰か知っている人に聞くというてもありそうですが、では誰に聞いたら良いか。

 まあ何かを始めようと思うと、短時間でものになるということはないもので、①本を読む、②人に聞く、③実際にやってみる、④腹落ちするところまで悩む…と言う形で時間をかけてアプローチするしかないのかな、と思います。

 そんななか、読みやすくて介護の真理に近いところに近づけてくれるような本に会いました。

 タイトルは「最高の介護」で、副題に「介護のお医者さんが教える満点介護」とあります。

 満点の介護なんてあるかな、と思いますが、さまざまな不安や悩みの霧を少しは晴らしてくれそうです。

 著者の田口真子さんは、現役のお医者さんとしていくつもの病院に勤務したのち、介護老人保健施設(老健)の施設長となり介護に携わる日々を過ごしています。

 その経験と日常を「介護のお医者さん20年目!介護とうまくつきあっていこう」というブログに書き連ね、それが高齢者・介護ブログ村ランキングで一位に輝く人気になりました。

 そうした積み重ねがこの本のベースになっています。


      ◆


  今介護の世界では、要介護者にはできるだけ在宅で過ごしてもらうことを最優先に考えた制度になっています。

 それは施設介護が増えると介護保険からの支出が増大して、支える側の負担が大きくなるから。

 なので、できるだけ施設を利用せずに在宅で過ごしてもらいたいというのが本音なのですが、お年寄りにしてもやはり住み慣れた家で慣れた暮らしを営めればそれが一番です。

 だから「できないことを支援することで家で過ごせるように」ということが要介護者と介護者の双方にとっても助かることです。

 しかしこの本の中で著者の田口さんが実際に介護をしようとしている人、している人に伝えたいことは、「介護をしているあなたの人生を優先してほしい。そして在宅介護に困ったら、施設に入れることに罪悪感を持たないでほしい、入所をためらわないでほしい」ということです。

 できるだけ施設を使わない社会であってほしいと思う反面、もうそうせざるを得ないときは介護をしている方には無理をせず施設介護に迷わないで、ということ。

 そのうえで著者は、「老健(介護老人保健施設)を上手に使うとよいですよ」とアドバイスをしています。

 短期間の宿泊もできるし、柔軟な使い勝手ができるので選択肢から外さないほうが良いですよ、というのです。

 
 まあ私も父の認知症に伴ってケアマネさんと打ち合わせたときに、「例えばですが、父が将来施設介護が必要になったとしたときに、老健と言う選択肢はありますか?」と訊いてみましたが答えは「う~ん、手近なところはたいがい満室ですからねえ。次にいつ空くかも予定が立たない感じでしょうかね」というものでした。

 大都会ならそうではないのかもしれませんが、両親の住む地域では老健が潤沢にあるということではなさそうです。

 ただ「制度としての老健」は知っておくほうが良いとは思います。

 
      ◆


 この本では、細かい介護のスキルや技術というよりも、介護をする方にとっての心構えとして「無理をしないでね」ということをいくつもの事例を示しながら丁寧に教えてくれます。

 ただ介護の実際の姿は千差万別で教科書通りということにはならないでしょう。

 でも「無理しない」という一点で、無理になれば人にも施設にも頼ることを恥じないでよい、ということは知っておいてよいと思います。

 介護をする側が潰れてしまって、幸せになることはないのですから。

 

 

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年寄りになるための勉強

2024-12-11 22:21:56 | 介護の世界

 

 年末のあいさつ回りのなかで、四方山話のネタとして私が父と任意後見人契約を結んだ、という話を出すことがあります。

 合う相手さんもそろそろ六十歳の還暦間近な方もいて、そうなると親御さんの年齢も八十代後半という方が多くいます。

 まだまだ健康な親御さんが多い中、たまに「母が認知症で」とか「そろそろ何か考えなくてはならないと思っていたところでした」という方がおられます。

 しかし公務員で転勤が多い身分でいる限り、自分が家を建てる終の棲家と親御さんが住んでいる土地が近くになるとは限りません。

 まして全国転勤ともなると、自分は北海道にいるけれど親は内地の地方都市で暮らしていて、もう今後親の近くに住めるようなことにはならない、と割い切らざるを得ない人も多くいます。

 私自身のように、親の家と私の家とが車で30分くらいのところにいるなどというのは本当に稀なことです。

 さらには「親とはもう没交渉でもう何年も会っていない」とか、「自分は次男で、長男がいるけれど兄とは仲が悪くてもう何年も会っていない」といった家族関係の良し悪しのようなものも見えてきます。

「今は何も考えていませんでしたが、これからのどこかで家族と話し合って意思を確認しておくほうが良いことがわかりました」

 敢えて意識の外に置いていたような老親の問題も、いつかは対処せざるを得なくなるわけで、いかに平時に冷静に準備ができるか、考えておくほうが良いのです。


      ◆


 子供の時は、小中高大と義務教育から高等教育まで知識やスキルを学ぶ時間がたっぷり与えられます。

 そしてそれは大人になるための準備期間として社会が子供たちに与えている猶予期間です。

 子供から「どうして子供は勉強しなくちゃいけないの?」と訊かれたら大人は、「そうやって大人になる準備をするんだよ」と答えるでしょう。

 子供が大人になるためには勉強の場所と時間が与えられているのに、大人が老人になるための勉強は時間も場所も与えられてはいません。

 年寄りになるための勉強もあるはずです。

 そのことに気が付くか、目の前で起きている事態に引きずられるようにして問題に直面するかは人それぞれですが、「親も自分も老いる」ということへの知識やスキルを身に着ける機会を社会は与えてくれません。

 少しでも早くそのことに気が付いて、人に聞いたり勉強を始めるということは大切なことだとおもいます。

 もっとも、いざ勉強をしようと思うと、世の中には本も情報もあふれていて、自分に適した情報は何かに戸惑うかもしれません。

 親が大変になったら、まずお住まいの土地の地域包括支援センターに相談をする、ということだけ覚えておきましょう。

 プロのアドバイスは必ず役に立つはずです。

 歳を取ることへの勉強は生涯学習です。
 

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認知症ゆえの父の行動 ~ 認知症と向き合い、笑顔で暮らす

2024-12-07 23:55:16 | 介護の世界

 

「ちょっと聞いてよ」

 いつもの実家の買い物サポートに行くと、母がそう言って先日あったことをおしえてくれました。

「お父さんがお風呂に入ったときなんだけど、デイサービスで頭を洗ってもらっているから私は洗ってあげることがないと、一人で入れたんだよね。そうしたら30分経っても上がってこなくてさ。
(どうしたかな)と思っているうちに1時間経ってもお風呂から出てこないのさ。
 いよいよ心配になって見に行ったら、お風呂の中で寝ていたんだよ、1時間も!」

「ありゃりゃ、今度からは豆に見に行かなくちゃダメってことだね」
「いやあ~、もう大変だわ…」

 
 そんな考えられないほどの長風呂になるとは、苦しくならなかったのかな、とも思いますが、認知症が進むといろいろな感覚が鈍ってくるということなのかもしれません。

 買い物から帰ってきて父に、「昨日はずいぶん長風呂だったんだって?」と訊くと、父はちょっと恥ずかしそうに笑いながら「いやあ…、覚えてないよ」といいます。

 母が横から「もう~、死んだかと思ったよ」と口をはさむと、「はは、私こと94歳になりまして。百まで生きようかというところでそう簡単に死んだりはいたしません」と笑いました。

 なんでも笑って済ませられるというのは幸せなことです。


     ◆


 買い物をしながら母は、「もうお父さんに今のしょっぱいドレッシングを出すのをやめようと思うんだ」と言って胡麻ドレッシングを買い求めていました。

 私が「もう好きなものを食べさせてもいいんじゃないの?」と言うと、「いやあ、腎臓が悪いって言われているんだから、体に良くないでしょ」と反論。

 まだまだ父の健康には気を遣う母でした。

 このレベルでの暮らしが続くならそれはそれで一つの幸せの形なのかもしれません。
 

     ◆


 奇しくも今月号の札幌市広報の特集は「認知症と向き合い、笑顔で暮らす」というものでした。

 認知症への理解が進んで、一人でも多くの人が知識を深めてサポートに回れるような社会になればよいと思います。

 

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「一人でできる?」と聞かれたけれどできなかった記憶

2024-11-22 22:45:35 | 介護の世界

 

 まだ3歳だった時に、長期出張中の父の宿泊所に私一人だけが連れられて行ったことを覚えています。

 はじめは父の職場にいたのですが、宿泊所に帰るときに父は「一人で帰れるかい?」と私に聞きました。

 たぶん私は「うん」と答えたのだと思いますが、そこで父と別れて私は一人で宿泊所に向かいました。

 後から母に聞かされたのは、「お父さんはたぶん麻雀に行ったんだよ」とのことでした。

 一方「帰れる」と言った私は、曲がるべき道を間違えて迷子になってしまいました。

 一人寂しく道路で泣いていると、それに気が付いた女性が家に招き入れてくれたようで、私は寂しいのも忘れてそのお家で遊んでいました。

 そこで父の名前を言ったのかどうか、どうしたのかは覚えていないのですが、やがて血相を変えた父が玄関を開けて、私は引き取られていったのでした。

 父から「一人で帰れるかい?」と訊かれたけれど結局できなかった私。

 まだ3歳の頃の苦い思い出です。


      ◆


 今日はその父の月に一度の通院日で、私は休暇を取って父に同行しドクターから父の診断書をもらうことにしていました。

 病院では毎回少し待たされた後に、腕に点滴の針を刺して袋2つをローラーのついた点滴スタンドに吊り下げ、さらに待たされたところでドクターの診察を受けます。

 父と一緒に診察に入れてもらって、父の問診を終えて血液検査結果を聞いたところでドクターは「ではお願いされていた診断書も出しておきますね」と言いました。

 そこで「ありがとうございます。それで、診断書の病名は何になるのでしょうか?」と訊くとドクターは、「まあ、脳血管性とアルツハイマーの混合型の認知症なのですが…」と言いましたが、後で受け取った診断書には「アルツハイマー型認知症」となっていました。

 診察を待つ間も、「こんだけ点滴の量があると、30分はかかるかなあ」という父に、「うーん、もっと2時間くらいかかると思うよ」「2時間か!じゃあお昼を過ぎちゃうなあ」という会話を5回くらい繰り返しました。

 なので診断書にも驚きはありません。まあそういうことで。


      ◆


 診察が終わっても、点滴が終わらなければ父は帰りの送迎バスに乗るわけにもいきません。

 その間に事務の方がやってきて、「小松さん、処方箋も出ていてお会計もできますけど」と言われたので、「じゃあ、僕が行きます」と私が父の代わりに会計を終えて処方箋を受け取りました。

 以前からここまでやれば用は足りて、後は父に任せれば薬をもらって帰りの送迎バスに乗り込んで家まで帰ってこられます。

 なので、私は一足先に母のいる実家に帰っていることにしました。

「処方箋はこのバッグに入れてあるからね。薬はもらって帰ってこられるよね?」

 父は一瞬ぽかんとしましたが、「ああ、うん」と言い、私はそこで父を病院において帰ってきました。

 実家では母を買い物に連れて行き、それが終わったところで私の家まで帰ってきました。


 すると家についてから1時間くらいしたところで母から電話がありました。

「お父さん、薬をもらわないで帰ってきちゃった。処方箋がバッグの中にあるの」

 (ああ、失敗した)と思いました。

 何のことはない、点滴を待っている間に私が薬を取りに行ってしまえばよかっただけのことで、父に任せなければ良かったのです。

「わかった、じゃあもう一度行くよ」

 結局、もう一度実家へ立ち寄って処方箋を預かって薬を受け取ってきました。

 これから先もこんなことがあるのかな、と思いながら、私には冒頭の昔迷子になった時の記憶がよみがえりました。

「一人で帰れるかい?」と訊かれてできなかった私。
 
 それが今は「薬をもらって帰れるかい?」と私に訊かれた父はもうそれをできなくなっていたのです。

 
 実家に薬を届けると、母は「ごめんねー、二度手間にさせちゃって」と言いますが、失敗したのは私です。「いや、僕が薬を取ってきちゃえばよかっただけさ、かえってすみません」

 今回はこんな失敗ですみましたが、さてさて次回の通院からはどうなることか。

 早く成年後見人の手続きを進めようと思います。

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成年後見人制度に挑戦するとしますか

2024-11-21 23:03:33 | 介護の世界

 

 今回稚内宗谷方面を訪ね歩いて、またまたいろいろな方と会って情報交換ができました。

 そんななか、ある建設会社の方が、「次の自分のテーマが『成年後見人』なんです」と教えてくれました。

 会社の中には自分よりも高齢で単身の職人さんがいて、将来なにかあったときの財産や事務処理などに後ろ盾となる人がいたほうが良いだろう、と思うことが多くなったのだそうです。

 そしてそうした後ろ盾となるのが成年後見制度です。

 成年後見制度のホームページを見てみると、制度の説明として下記のようなことが描かれています。

 ---【以下、「日本公証人連合会」ホームページより】--

 一般的に後見とは、保護を要する人の後ろ盾となって補佐することをいいますが、法律上の後見は、後見人に財産管理や日常取引の代理等を行ってもらうことによって、保護を必要とする人を守る制度をいいます。

   成年のための後見制度は、認知症、知的障害、精神障害等の理由で判断能力の不十分な方々を保護し、支援する制度です。判断能力の不十分な方々は、不動産の管理や預貯金の預入れ、払戻し等財産を管理したり、身の回りの世話のために介護保険を利用してのサービスや施設への入所に関する契約を結んだりすることが難しい場合が少なくありません。

 自分に不利益な契約であっても正しい判断ができずに契約を結んでしまい、悪徳商法の被害にあうおそれもあります。成年のための後見制度は、このように、認知症や精神障害等の理由で判断能力の不十分な方々を保護し、支援する制度です。 


  成年のための後見制度は、法定後見制度(成年後見制度)と任意後見制度の二つがあります。

   この法定後見制度は、裁判所の手続によって成年後見人等(成年後見人・保佐人・補助人)が選ばれ、後見が開始する制度で、判断能力の程度等本人の事情に応じて、「成年後見」(判断能力が欠けているのが通常の状態にある人を対象)、「保佐」(精神上の障害により、判断能力が不十分な人を対象)、「補助」(軽度の精神上の障害により、判断能力の不十分な人を対象)に分かれています。なお、成年後見人等は裁判所が選任するので、当事者の希望される方が選任されるとは限りません。

  これに対し、保護を必要とする人が、判断能力が十分なうちに、自分の意思(任意後見契約)によってあらかじめ後見人を選任するのが、任意後見制度です。

 ---【ここまで】---

 この方の話を聞いて、まさにそれは我が家でも同じ問題が起きるなあ、と思いました。

 私の父も軽度の認知症という診断がなされています。

 母がまだ元気で頭のしっかりしているので今は良いのですが、今後母に何かあったときに父が単独で何かを判断するということは時間が経てばたつほど難しくなってゆくと思われます。

 任意後見制度は、「委任者が自分の判断能力が十分なうちに、あらかじめ後見人となってくれる人(「任意後見受任者」といいます。)と任意後見契約を締結し、そこで選任しておいた任意後見人に、将来、自分が認知症や精神障害等で判断能力が不十分になったときに支援を受ける制度」とされています。

 そのため、父の判断能力が十分なうちに後見人を決めておいて、判断能力が落ちた時に効力を発揮するというものなので、まだ元気なうちに決めておかなくてはならないのです。

 任意後見人を決めるにも時間の限りがあるということです。


     ◆


 任意後見人となるのには特別な資格はいらないそうで、法律が任意後見人としてふさわしくないと定めている事由がない限り、成人であれば、誰でも、委任者本人の信頼できる人を任意後見人にすることができて、本人の子、兄弟姉妹、甥姪等の親族や知人でもかまわないとのこと。

 法律が「ふさわしくない」と定めているのは「破産した人とか行方不明者、本人と訴訟をしている…」などの要件で、一見、息子である私には当てはまらないと思われます。

 母や弟と相談したところ、「その方が良いね」ということになり、まずはどんな手続きになってゆくのかを公証役場に相談に行くことにしました。

 これもまた老いを迎えるための生涯学習の新しいテーマになりそうです。

 皆さんのご家庭は大丈夫でしょうか?

 ご両親の世話でできることに一つかもしれませんよ。

【成年後見人制度】 成年後見はやわかり|厚生労働省 
 

 

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デイサービスでの父の様子 ~ 今日は「介護の日」

2024-11-11 23:16:08 | 介護の世界

 今日11月11日は、1が4つ並ぶ日で「いい」という語呂合わせや数字の形から様々な記念日になっています。

 曰く、その形から「ポッキーの日」、「きりたんぽの日」、また語呂合わせから「いい獣医の日」や、十一の組み合わせで「鮭の日」などなど、ざっと数えただけで54もの記念日があるそうです。

 そんな記念日山盛りの日のなかでも私が注目するのは「介護の日」です。

 介護の日のキャッチコピーは、「いい日、いい日、毎日、あったか介護ありがとう」なんだそうで、11月11日が「いい日、いい日」の語呂合わせになっています。

 ただではこの日が介護とどのように関係するかというと、パブリックコメントで推す声が多かった、ということだったようで、2008年に制定されています。

 記念日の趣旨は、国民の一人一人が介護への理解を持ち、協力的な体制を築くことが重要なことから、人々が介護を正しく理解するための象徴的な日になる、ということ。

 厚生労働省では、この日の前後2週間の11月4日~11月17日を福祉人材確保重点実施期間と定め、各種の啓発活動や介護従事者を増やす取り組みにも注力しています。

 地方自治体でも様々な啓発の取り組みがなされているので、皆さんのお住いのところはいかがでしょうか。


      ◆


 さて、父がデイサービスに通い始めてからひと月が経ちました。

 施設に行くことに拒否感が出ないかと心配しましたがどうやらそれは杞憂に終わり、今では帰るなり「楽しかった」と言っているそうです。

 もっとも、週末に家を訪ねて父に「デイサービスは楽しかったんだって?」と訊いても、「うーん?」とそのことを思い出せないよう。

 短期記憶が難しくなっている現状では仕方ありません。

 しかしそれでもデイサービスの車が迎えに来る火曜と金曜日は「まだかな」と言って、楽しみでそわそわしているようですから良かったです。

 施設からは毎回、今日一日のことを記した紙がお便り帳として渡されてきます。

 それを見ると父がどんな様子だったかがわかり、スタッフの皆さんは見守りとお世話をしながらこういうことを利用者一人一人にサービス提供しているのだな、と頭が下がる思いです。

 こうやって見守りの目があれば、細かな変化も共有できて変化への対応もできることでしょう。

 
      ◆


 プログラムの合間には、小学校高学年程度のドリルをやっているそうです。

 漢字の書き取りや数字の計算、間違い探しなど、数種類のドリルですが、父はそういう面ではまだまだ立派なもので、子供の時に修得した学力は衰えていません。

 これもまた一人一人の現状の能力を見極める要素になっているのかもしれません。

 多くの人が介護で悩まなくて済むように、介護の制度やその実態がもっと広く知られるようになってほしいものです。

 

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歳をとる前に「老い」を学びましょう

2024-11-01 23:40:15 | 介護の世界

 もう1年以上前ですが、まだ50代の現役の後輩を訪ねて世間話をしていると、「父親が認知症で大変なのです」と教えてくれました。

 彼のお母さんはもう亡くなっていて、お父さんが一人暮らしなのですが、それでいてお父さんには認知症が進んでいるとのこと。

 彼は「だんだん記憶が乏しくなって判断も覚束なくなっていて、私が『こうしたら』とか『こうしなさい』と言っても聞かなくて、訪ねるたびに喧嘩になるんです。だからもう頭にきて父のところを訪ねるのをやめようかと思っています」と言います。

 一人暮らしの父とのコミュニケーションが取りにくくなっていて本人もどうして良いかわからない状態のようでした。

「それはお父さんが住んでいる自治体の地域包括センターに相談したの?」
「いいえ、それはなにか気が引けるというかそこまで考えていません」

「どうして?もう自分一人で世話ができなければ誰かほかの人か社会の制度に頼る方が良いでしょ?」

 しかし彼は「私自身、そのときにどうしたらよいかを考えたことがありませんでした」と、父親の世話や、もう介護レベルでの対応をどうしたらよいかが分かっていなかったのです。

 そうした高齢の両親・老人の世話のためにわが国では、介護保険制度を作って財源を確保し、介護施設などのシステムを作り、介護支援専門員(通称ケアマネ)などの人材育成をして、制度の周知を図っています。

 しかしそれにも関わらず、大学も出て仕事はちゃんとできる大人が、いざそういう事態に直面すると全く情報をもっていないことに気が付いて愕然として身動きが取れなくなるのです。

 彼には「とにかくお父さんの地元の地域包括センターに連絡をして介護認定してもらったうえで、必要なサービスを受けるように動いた方が良いよ」とアドバイスをしておいたところ、そのご連絡が来て「介護の担当者と連絡が取れて、なんとか良い方向に動き始めました」とのことでした。

 それなりに社会的な地位のある人でも、両親の老化や介護の問題となると、普段全く考えたことがないために、頭が真っ白になってしまうのかもしれません。

 彼の場合は独身ということもあって、相談できる人が身近にいなかったことで、事態の収拾が図れなかったということもあったのでしょう。

 親を持つ子供としてはまず恥ずかしがらずに役場に相談するというのが第一歩です。

 ただその先には、親御さん自身の問題として「施設利用なんて必要ない。恥ずかしいし、絶対に行かない」という拒否反応を示すこともあるでしょう。

 本当は早いうちから、老いて在宅での日常暮らしがむずかしくなったときはどうするか、ということについて親とコミュニケーションを取っておくことが大切なのです。

 90歳を超えるような我が家の場合には、もう「胃ろうも含めて延命措置はしない」というような意思の確認もしていますが、それもコミュニケーションの延長のなかで話せることです。

 お年寄りの中には、「一度施設利用を始めると、その先には施設利用の頻度を高めて、最後は施設に入れられる」という恐怖と拒否感を持つ人もいると聞きます。

 我が家は幸いにしてデイサービス利用をすんなりと始めてくれましたが、それも妹の死をきっかけにして、親自らが「そろそろそういうのを利用したほうが楽かね」という気分になってくれたからです。

 まず大切なことは、普段から親とコミュニケーションが取れる関係性をちゃんと保っておくことで、その先には自分以外の介護のプロも含めて、親の様子を見守る体制を作ることです。


         【created by copilot】

 
 私も介護初任者研修を受講して改めてわかったことが数多くありました。

 介護を取り巻く制度のこと、施設のこと、身体介護のやり方などは大いに参考になりましたが、一番感じたことは「老いる」ということに対する理解と心構えを持つことが大切だ、ということです。

 そしてそれはやはり自分の人生において一度しっかりと勉強をしておくべき社会テーマだ、ということです。

     ◆
 
 私たちは「社会人になって就職をして社会に貢献する」ために、小・中の義務教育と、高・大の高等教育という就学の時代を経て社会人になります。

 社会人になるにはこれだけの素養と教養を身に着けておくように、という社会の合意がそこにあります。

 しかし親が高齢者になるということ、そして自分も高齢者になるというに対しては、社会的合意としての学びの場はありません。

 それは一人ひとりに任されていて、もしかしたらそんな勉強をしなくても困ることのない人生があるかもしれませんが、一方で、不勉強なために途方に暮れてしまう人の方が多くいるのではないかと思います。

 老後についての勉強は「介護」について学ぶのが一番だと思います。

 介護初任者研修を受講すると120時間の座学が必要となるので、そこまでするつもりはないと言う方でもせめて本の1冊や2冊は読んでおくのが良いのではないでしょうか。

 老いは生涯学習のテーマの一つです。

 

 

 

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スムースな施設利用ができてよかった ~ 老親とデイサービス

2024-10-24 22:51:03 | 介護の世界

 

 老いた親に介護施設の利用を勧めた時に、「わたしはそんなところには行かない!」と言って拒否されることがあると聞きますが、今のところ私の両親に関してはうまくいっているようです。

 短期記憶がかなり怪しくなってきた父ですが、毎週火曜日と金曜日に送迎者が迎えに来てくれると、母に促されて車に乗り、デイサービスのプログラムをこなして帰ってくるとのこと。

 ただ、帰ってきた父に「どんなことをしたの?」と訊いても、「うーん…?」という感じで教えてもらえないことの方が多いのです。

 施設からはお便り帳でやりとりをしていて、そこには「今日はこういうプログラムをしました」という項目が書かれているのですが、父がそれを"しぶしぶ"やったのか、それとも"楽しそうに"こなしていたのかがよくわかりません。

 施設の方に連絡をしてみると、「そうですね、先日はカラオケがなかったのですが、室内でのプログラムをそれなりにやられていましたよ」とのこと。

 お風呂もちゃんと入ってきたので、施設利用を嫌がっているそぶりはなさそうです。

 母によると、「お父さんの施設が家からすぐそこなもんだから、送迎の車に乗ったらすぐに降りるんだよ。お父さんはそれを『乗ったらすぐ降りるんだ』と言って笑っているから、まあたのしんじゃないかな」という見立て。

 家では得られないような刺激を受けて、少しでも変化があると良いのですが。


      ◆


 母の方も週一度半日のコースながら、91になってなお筋力アップをめざして自転車を漕いでいるとのこと。

「この間は10分間漕いで、太ももがパンパンだ」と言いながらもそれはそれで楽しそうに参加しているようです。


 先日は二人を担当するケアマネさんとの月に一度の面談ということで私も加わらせてもらった中で情報を共有しました。

 ケアマネさんは、施設利用の感想を聞き取ったりしながら様子を確認しています。

 先日付き添った父の病院での出来事を伝えると、「薬が少し減ったんですね~。これからも何か変化があったら教えてください」と情報収集に余念がありません。

 そのうえ今回は、「ちょっとお二人がどこで生まれてどこで過ごされてきたかの歴史について参考までに教えてください」と言って、二人の略歴を聞き取ってゆきました。

 二人を見守る中で、そういう過去の歴史が何かに作用していることもあるのかもしれません。


       ◆


 私の方は父の短期記憶が持つ時間がかなり短くなっているのが気になっていて、「今は要介護1ですが、介護度が進んでいるのじゃないか、と心配です」と聞いてみました。

 するとケアマネさんは、「いえいえ、全然穏やかなものですよ。認知症の要介護2とか3になると、もう言葉も『あー』とか『うー』としか言えなくなりますし、排便にもトラブルが出てくる感じです。なので、今はまだ大丈夫ですから」と教えてくれました。

 たくさんのそうしたお年寄りを見ているであろう方だけに、ちょっと背中が寒くなりました。

 次回の打ち合わせも、父と母が通院してお医者さんに健康状態が見てもらった後で行うことになりました。

 やはり介護のプロに加わってもらうと心強い限り。

 こういう安寧の日が続くことを祈るばかりです。

 

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「連れは同級生ですよ」 ~ 看護師さんが驚いたわけ

2024-10-11 22:49:26 | 介護の世界

 

 今日は父が月に一度の病院診療日。

 

 休暇を取って朝から父の診察の付き添いをしてきました。

 

 父は病院の車で送迎をしてもらって診察を受けています。

 

 ドクターと診断結果ややり取りをしているのかもしれませんが、家に帰ってくると病院でどんな話をしたかを覚えていないので診断の細かい情報が分かりません。

 

 そのためたまに私が付き添って、ドクターに最近の父の様子を伝え、診断結果は私が聴くということをしています。

 

 特に今回は、「最近デイサービス施設へ通うようになった」ということと、「血液検査や認知検査の結果のコピーを欲しい」ということ、そして「ちょっと飲み薬が多いので、何か減らせるものがあれば減らしてほしい」という三つの点をドクターと確認したかったのです。

 

 病院へ着くと、少し待たされたところで父は採決と点滴の処置を受けるのに採血室へ案内されてゆきました。

 

 少しするとその部屋から看護師さんが私の元へやってきました。

 

「お父様に、『今日一緒に来られた方はどなたですか?』と世間話をしたら、『いやあ同級生ですよ』と言うのでびっくりしました。息子さんですよね?」

 

 病院へついて隣に座っている間は息子と思われていると思っていたのですが、採血室ではいつのまにか「同級生」になっていたようです。

 

「こういう感じはいつごろからですか?」

「そうですね。半年ほど前から短期記憶が弱ってきていると感じましたが、特にこの3か月は急速に短期記憶の力が衰えていると思います。先月妹が亡くなったのですが、彼女の名前も亡くなったことも覚えていませんし、日常生活では昨日あったことも、午前の事を午後になるともう覚えていません」

 

「ほかに日常生活に異常なことはありますか?怒り出すとか徘徊とか…」

「何かが無くなったと言って怒ることも徘徊もありません。食事もトイレも入浴もできます。日常は穏やかで何事にも感謝することが多くてその点は助かっています」

 

 看護師さんは父の日常の様子を聞きとってから、連絡先として私と母の電話番号をメモしてゆきました。

 

 言っていることの突拍子のなさにさすがに驚いたようです。

 

 

      ◆

 

 

 腕に点滴の処置をして点滴ハンガーに点滴袋をぶら下げた父が町挨拶の席に戻ってきました。

 

 特段何も言うわけではありませんが、会話がやたら丁寧言葉で、見ず知らずの人と話しているようなのは「同級生」と思っているのかもしれません。

 

 

      ◆

 

 

 いよいよドクターに呼び込まれて、私も父と一緒に診察室に入れてもらいました。

 

「特に最近の短期記憶の衰えが激しいと感じています。またデイサービスに通い始めたことで健康状態をケアマネさんなどと共有したいので検査結果のコピーをいただきたいこと、そしてちょっと飲み薬が多いようなので減らせるものがあれば減らしていただきたいのですが」

 

 そんな話をドクターにしました。

 

 ドクターからは「今年の8月に認知機能検査をしたのですが、昨年が24点で今年が20点とやはり数字が低下しています。 脳のMRIを撮りましたが、記憶をつかさどる海馬が小さくなっていて、アルツハイマー型認知症が進んでいることが伺えます」との診たてが示されました。

 

「今は認知症の進行を抑えるために貼り薬をつかってもらっていますが、成分の量を増やして様子を見ましょう。ただ、ほかの内臓数値がよくないところがあるので、薬を減らせるのは…2種類ですかね。これは今後は出さずに様子を見てみましょう」

 

 やはり認知症が進行していることをドクターも感じていたようですが、なにしろその認知症の患者が一人で来るので他に誰にも説明のしようがなかったようです。

 

 今回は私と母の電話番号を登録したので、今後何かあれば連絡がもらえると思います。

 

 人によっては「息子である自分のこともわからなくなってしまったとは…」と嘆き悲しむ人もいるかもしれませんが、そこに感情を出してもあまり建設的ではありません。

 

 認知症とはそういうものだ、と思って、そのうえで日常生活に支障を及ぼさないようにするためにはどうするか、誰に助けてもらうか、を考える方がずっと建設的です。

 

 感情はあまり出さずにおきましょう。

 

 

       ◆

 

 

 私は用事があって、会計と薬をもらう父を残して一旦母のいる実家へ戻ってきました。

 

 そこで「僕のことを同級生と言ったそうだよ」というと母は「うーん、相当だね」とちょっと困り顔。

 

 私からは「認知症と言うのはそういうことだから、何かを覚えていないとかできないとか、そういうことで叱らないようにね。言い聞かせてももうできるようにはならないと覚悟することが大事だと思うよ」と母に言って家を離れました。

 

 

 その後夕方に母に電話をして、「ドクターに頼んであった検査結果のコピーは父さん、ちゃんともらってきたかい?」と訊くと、「うん、持ってきたよ」とのこと。

 

 そのうえで母は、「お父さんに、今日誰と病院へ行ったの?って訊いてみたんだよね。そうしたら『正明だ、良い息子だ』って言っていたよ。そこは思い出せたのかね」とのこと。

 

「なるほど、まだら模様の記憶力だね。でもこれからは今日みたいなことが増えるけど『仕方がない』と思うようにしてよ」

 

 

 認知症の人を相手にすると接する時間の長い母などはイライラするようです。

 

 しかし本人はわざとやっているわけではなく、精いっぱいの事をしてその状態なので、叱り飛ばしたり文句を言ってはいけません。

 

 あくまでもそれで弊害ができるだけでないように言葉を工夫するとか、そうでない場合は受け入れるしかないのです。

 

 一瞬、同級生になった私ですがまた息子に戻ることができました。

 

 これが25年後の自分の姿なのかもしれません。

 
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できることはやってもらう ~ 冷たいようで冷たくない見守り

2024-10-09 21:16:22 | 介護の世界

 

 91歳になる母親は94歳の父と夫唱婦随でいまでも一軒家で暮らしてくれています。

 父は短期記憶が相当に怪しくなっていて昨日のことはおろか、数時間前に食べたものも思い出せないような状況です。

 それでも杖なしで歩くことができ、食事もトイレも介助なしで自分でできます。

 またデイサービス施設で入浴サービスを受けた時も、施設の担当者が見守ってくださっていた時には浴槽をまたぐことも問題なく、頭と背中を洗ってあげるだけでそれ以上の介助はなかったとのこと。

「ちなみに自分の服は分かるんですか?」と訊いてみたところ「いえ、それは担当者が『お着替えはこれですよ』と教えてあげますね」とのこと。

 父はデイサービスの施設で、「子供が3人います」と言っていたそうですが、妹の名前も先日亡くなったことも覚えていなかったそうです。

 それはそれで父なりの幸せなのでしょう。


      ◆


 一方母の方は、腰が曲がってしまっているものの時間をカートを押しながらかければ歩ける、と頑張っています。

 先日は私の買い物サポートに頼らずに一人で数百メートル先の食品スーパーまでカートを押して出かけたのだそう。

 ところがスーパーの中で携帯に電話が来て会話を終えた後で買い物を続け家に帰ってきたところ、その携帯電話を見失ってしまったのだそう。

(スーパーのどこかで落としたかしら)とまた父を連れてスーパーに戻り、サービスカウンターに届いてないかと思いきやそれもなし。

「電話をかけてみてはいかがですか」と言われて、お店の方に自分の携帯にかけてもらったところ、持参していた普段は携帯を入れない別の買い物袋の底に入っていたのだそう。

「焦って、もうどきどきだったわ」と言いながら、買い物に出かけることはあきらめません。

 私が車でスーパーまで連れて行けば、あとは店のカートを押しながら店内を歩くことはできるので、そこで商品を選んで欲しいものを買う、というのは母にとってはルーチンでありながら楽しみでもあるのでしょう。

 だから買い物の最中は、「高いところのあれを取って」と言われたりしない限りは一切余計な声をかけないようにしています。


        ◆


 「介護の三原則」というのがあります。それは
① 生活維持の原則
② 自己決定の原則
③ 残存能力活用の原則  …の三つと言われています。

 ①の生活維持の原則とは、高齢者にもできるだけこれまで通りの日常生活を送ってもらうべきという考え方です。

 日常の環境をできるだけ変えないように心がけたいところです。

 ②の自己決定の原則とは、あくまでも生き方や暮らし方は本人がきめるべきだ、という考え方です。

 本人たちの意思を尊重せずに勝手に「こうしたから」と決めてはいけないということです。

 ③の残存能力活用の原則とは、本人たちができることはなるべく自分自身でやってもらうようにするという考え方です。

「〇〇をして」と言われない限り、先を見越してやってあげるべきではありません。

 それで時間がかかったり非効率だとおもったりしても、それを自分自身で一生懸命にやることが意欲と能力の継続に繋がります。

 なので、母の買い物は本人がやりたくてやれる範囲でやっていることなので、サポートをしつつ余計なことはしない、というスタンスで臨んでいます。

 まして、「早くして」とか「こんなの買うの?」などと言うこともなく淡々と見守ることが一番です。

 私は買い物の最中に「これ買ってちょうだい」と果物などをおねだりすることもあるのですが、そういうサポートとして付き合ってあげているという貸し借りの帳消しみたいなこともあってよいと思っています。

 とにかく老いたる両親の日常をできるだけ長くぎりぎりまで続けるということを目標にしています。

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