
おもてなしを科学する後篇です。いましばらくお付き合いください。
回転寿司ではない普通のカウンターがあるお寿司やでは、まさに寿司に対してあるいはその寿司屋に於いて了解しておくべき暗黙の前提がある中で店主とお客との対話が始まります。
実際に寿司屋をインタビュー調査した際にある寿司屋の店長が言った言葉に注目しました。
「だいたい最初の注文でどんな客かわかりますね。勝負です。のむか、のまれるか」
お客の背景を読み取ってそれに沿ったサービスをするというのが寿司屋の心構えというわけです。
店主「お飲み物は?」
客「ヱビス、生で」
この一言で、この客はお店にヱビスビールがあって自分の好みはヱビスの生ビールであることを伝え、この店になれた客であることが示されます。
これに対して、
店主「お飲み物は?」
客「えっと…何がありますか(店の中に酒の銘柄が書いてないか見回す)」
店主「ビールか日本酒か」
客「お酒は何が…?」
店主「○○か△△が今は旨いですよ」
客「うーん、焼酎はありますか…」…
となると、(この客はこの店には慣れていない)ということを察したうえで、助け船を出して客の品定めをし、対応の仕方を変化させるというわけです。
客の側は、このような場数を踏むことで寿司屋での振る舞い方を少しずつ身につけて、質の高い客になろうと努力を重ねること自体が寿司屋文化の素養を身につける楽しみになりうるのです。
しかしこれを面倒くさいと思うならば、寿司屋ではなく、「当店のご利用は初めてですか?」と訊いてくるファミリーレストランに行く方がよいでしょう。
◆
【日本型クリエイティブ・サービスの三つの特徴】
日本型クリエイティブ・サービスには、三つの特徴があると言われます。
一つ目は、「知識獲得・活用プロセスの重視」ということで、おもてなしを通じて自然、歴史、文化、生活など様々な要素を含んだ「物語」を演出して客に訴求し、客はそれを次第に分かってくる過程が大切なのだ、ということです。
付け出しの器がこれからの季節の花をあしらったもので、そこに花に見立てた料理が出てくる。それが分かれば、料理人の謎かけを解いた気持ちになれるというわけ。
二つ目は、そうは言ってもやはり気がつかない場面も多く、それにはさりげなく「季節が春ですので、もうすぐ○○が咲きますね」などと情報提供をすることで、客のリテラシー向上に努めるということ。
サービス提供側が客に向上してもらうことでよい客になってくれることを期待するのです。
そして三つ目が「変化と持続の重層性」ということ。これは、伝統を重んじながら変化を恐れず常に革新を加え続けることで文化の完成という終わりはない状態を常に保つと言うこと。
価値は完成してしまった瞬間に誰かに真似され陳腐化して安くなり価値が下がりますが、茶道の家元制度などでは常に新しい発想が生み出されているといいます。しかし新しい発想もただ家元が良いと思うだけではダメで、新しい変化を回りが共感することで支持が広がり、写しとしてどんどん広がっていく。究極の姿などなく最初から完成を求めていないために、終わりのない向上の旅路が続き陳腐化することがない。だからこそいつまでも家元制度は続くのです。
◆
本書では、グローバルな世界に飛び出した日本企業の現地での取り組みが紹介されています。
それはお茶を世界に向けて売ろうという伊藤園の取り組み、二つ目はお香の世界をアメリカに広げる松榮堂、そして日本のウィスキーを世界に認めさせたサントリーの三つ。
これらの企業がじわじわと日本のものづくりによって生まれた製品を世界に認めさせてきた過程を見てきて、日本型クリエイティブ・サービスの三つの展望を示しています。
一つ目は、価値を共に作り上げる共創のプロセスについて。これは、モノをつくる上で事前に顧客のニーズを想定せずに、むしろ客自身も自ら求めるものをまだ知らないという前提に立って、刺激を与えその反応をフィードバックすることで求めるものを顕在化させ価値を作り上げていくというプロセスが重要だろうということ。
本書ではこのプロセスを「切磋琢磨の価値共創」と名づけています。
二つ目は、生み出す価値とその目的について。これは、最終的にモノを売ることを目的にして売れさえすれば良いという価値感を成功した企業は持っていないように見えます。
目先の利に頓着せず、営利よりもさながら「道」を追求し、さしたる根拠も無しにそれが将来の繁栄につながると信じているような振る舞いが共通してみられるのです。将来の利を求めると言うよりは、「善の追求といえるのかもしれない」と著者は表現しています。
売れて利益を得ると言うことよりも、道を究めて自分自身が満足する生き方を貫くというのは日本人なら大概分かる感覚ではないでしょうか。そしてこれは世界に打って出るときも大変重要だというのです。
三つ目は、価値の源泉となるコンテクストをしっかりと伝達しようと言うこと。高いコンテクストをもつ製品やサービスを別のコンテクストを有する地域に移転できるかどうかは、ひとえにコンテクスト伝達の良し悪しに依ると言っても過言ではありません。
海外展開した製造部門において、物事を全体で捉え暫定的な解決策を少しずつ完成させていこうという日本人監督者の「高コンテクスト」な思惑と、物事は単純でとにかく今の確定的な解決策を求めがちな海外の工場スタッフの間には、情報の断絶が起きて対立が起きやすかったのです。
これを、問題を全体として捉え、複雑な因果関係に思いを寄せ、歴史にまで配慮するような捕まえ方で暫定的なトライアルを積み重ねて改善に向かうという高コンテクストなアプローチがかなり有効なのではないか、と著者は分析しします。
そしてこのアプローチこそ、欧米的経営科学には欠けていてかつ日本人が得意とするところであり、目先の効率は悪いかも知れないけれども、日本型クリエイティブ・サービスをグローバル展開する上で最も確実性の高い取り組みなのでしょう。
◆ ◆
全体を通じて、日本人であるが故に見えない物事に対する当たりまえなアプローチは、互いの文化背景を共有し、相手を慮る精神構造から作り上げられた国民性ゆえにできることなのだと思うようになりました。
おもてなしとは、このような要素と背景を有する場に思いを込めた人がいるからこそできあがるパフォーマンスだということをあらためて研究によって明らかにすることで、日本型おもてなしの精神をサービスでもものづくりにおいても遺憾なく発揮すれば、改めて"クール・ジャパン"として世界の目を刮目させることができるでしょう。
本書を読んでいて自信が湧き、日本人で良かった、と思う反面、少しでも日本をもっと伝えるお手伝いをしたいものだと思いました。
「お・も・て・な・し」はたった五文字ですが、奥の深い文化的背景とこれからの意味を感じ取れる一冊でした。