尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

勝小吉の「夢酔独言」という本

2015年05月27日 23時17分00秒 | 〃 (さまざまな本)
 「海舟散歩」の中で書き切れなかったので、勝小吉「夢酔独言」(むすいどくげん)という不思議な本のことを書いておきたい。この本は昔読んだことがある。角川文庫に入っていたような気がするが、平凡社の東洋文庫版で読んだのかもしれない。日本人が書いた「自伝」というジャンルの中でも、破格に面白く、不可思議極まる本だと思う。今回、中公クラシックスというシリーズに、実子の勝海舟「氷川清話」と一緒に入っているのを知って、改めて読み直してみた。

 再読してみると、面白いには面白い、抜群に面白い本ではあるが、どうもここまではた迷惑でいいのかという気がしてしまった。「自伝」には違いないが、普通思っている「自伝」は「自我の発達史」だけど、この本はそうではない。「自我」にとらわれない前近代人の「すごさ」を思い知らされる「小吉バカ一代」であり、落語や歌舞伎の登場人物の前近代人ぶりを理解できる気がした。

 そもそも勝小吉の実家は、代々続いた武士ではない。祖父の代は、越後の盲人だった。盲人に許された高利貸しを江戸で始めて巨利を得て、その金で朝廷から盲人の最高権威である「検校」(けんぎょう)の位を買い「米山検校」と名乗ったのである。そして、その金で旗本、男谷(おだに)家の株を買って、長男の忠之丞を武士にした。男谷家は検校の三男、男谷平蔵忠恕がつぎ、その三男亀松が旗本の勝家に養子に行ったのが、勝小吉ということになる。勝家の方は微禄ながら譜代の家臣らしいが、勝小吉、そして子の海舟は実家の男谷家と関係を持ち続けた。男谷家は剣道がすぐれ、剣術家として有名になっていた。二人が武士っぽくなくて、町人とも平気で付き合い、前例にとらわれない生き方ができたのも、こういう背景があったのである。江戸時代の身分制度は、ガチガチの窮屈なものだと思っている人が多いだろうが、実はこのように「身分の上昇」をカネで買える可能性もあったのである。

 ところで、勝海舟は幕末を扱う小説やドラマには必ず出てくるが、一番書いたのは子母澤寛(しもさわ・かん)という人。新撰組を本格的に取り上げた「新撰組始末記」を書いた人だが、海舟も「勝海舟」という大シリーズ他、いくつも書いた。その「勝海舟」全6巻は新潮文庫で生き残っているが、長いからまだ読んでいない。小吉が出てくる「父子鷹」(おやこだか)はもう文庫に入っていない。この小説の映画化「父子鷹」は最近見た。1956年の東映作品。時代劇の名手、松田定次監督。13歳の北大路欣也が麟太郎役で映画デビューし、実父である市川右太衛門と親子共演した作品である。この右太衛門は片岡千恵蔵とともに、「重役俳優」と言われた人で、実際に東映の取締役だった。だからか、勝小吉もちょっと実物より偉そうな気がする。確かに、大いにバカをやってるんだけど、江戸時代の制度に当てはまらない「大人物」で「正義派」だから、浮世の苦労ができないといった感じに描かれている。この映画は結構面白く出来ているが、スターシステムの限界があったということだろう。

 で、「夢酔独言」だが、勝小吉42歳のときの著述で、家督はもう21歳の麟太郎に譲って隠居の身である。「夢酔」は号。「勝海舟の父の自伝」とよく言われるが、1843年に書いた時点では息子がそんなに偉くなるとは判っていない。単に子孫に「オレのようなバカになるな」と書き残した書物で、一種の「ピカレスク・ロマン」(悪漢小説)っぽいが、主人公が最後まで成功しない。世はまだペリー来航以前、天保の改革のさなかであって、ひたすらケンカに明け暮れ「大江戸けんかえれじい」と言いたくなる無茶ぶりである。それもこれも、勝家は基本的に無役で、決まった仕事がない。永遠の「自宅待機」命令が出ているようなもので、それではたまらんと、何とか取り立ててもらおうと上司に日参したり、ワイロを送ったりする輩もいる。それが江戸時代の下級武士の暮らしで、これでは「不良旗本」が出てくるのも道理。時代劇によく出てくる「不良旗本」だが、実在していたわけである。

 「おれほどの馬鹿なものは世の中にもあんまり有るまいとおもう」というのが本文の書きだし。こういう風な文体で、ほぼ「言文一致」で、そういう意味でも興味深い。最後の「生涯をかえりみて」から。
「其の外にも、いろいろさまざまの事があったが、久しくなるから思い出されぬ。
 おれは、一生の内に、無法の馬鹿なことをして年月をおくったけれども、いまだ天道の罪もあたらぬと見えて、何事もなく四十二年こうしているが、身内にきず壱ツも受けたことがない。
 其の外の者は、或はぶちころされ、又は行衛がしれず、いろいろの身になった物が数しれぬが、おれは高(幸)運だと見えて、我儘のしたいほどして、小高の者は、おれのように金を遣ったものもなし、いつもりきんで配下を多くつかった。
 衣類は、大がいの人のきぬ唐物(舶来品)其の外の結構の物を来て、甘(うま)いものは食い次第にして、一生、女郎は好きに買って、十分のことをしてきたが、この頃になって、漸々人間らしくなって、昔の事をおもうと身の毛が立つようだ。
 男たるものは、決而(けっして)おれが真似をばしないほうがいい。」 

 まだ半分くらいだが、もういいだろう。ずっとこの調子で、反省しているようだが、それは形の上のことで、実際は「バカ自慢」である。何と言っても凄いのは、13歳の時の江戸出奔。特に理由もなく、上方を目指すと家出するのである。泥棒にカネと着物を盗まれ、乞食をしながらまず伊勢参り。野宿していて崖から落ちて、睾丸を打ちつけてつぶれてしまい寝込んでしまう。これが今の中学生のすることなんだから、驚きである。こういう放浪癖が身についているらしく、勝家を継いで世帯を持ってからも、また出奔している。余りの事に、親は帰った小吉を座敷牢に閉じ込めた。ケンカは幼少時より「しまくり」で、今の墨田区あたりで知らぬ者のない番長という感じ。武士も町人、職人、ヤクザもなく、みなやっつけて子分にしてしまう。不行跡の連続の人生である。

 無役だが、剣の目利きで稼ぎ、また借金等の取り立て、つまりヤクザのような「交渉人」をしている。大ボスなのである。だから小吉が中心になって、「無尽」を組織したりしてカネが集まる。だけど、ほとんど吉原などで使い果たしてしまう。そういう人だから、いったん病気などでおとなしくなると、人が去っていく。大阪の領地にカネを取りに行くときの領民とのかけひきなどは実に面白い。日本社会の実像を見る思いがする。法的支配が成り立ってない社会では、暴力をベースにしながら、「顔」と「かけひき」によって、「強いもの」が我を押し通していくのである。そういう点は、現代世界を見る時の役にも立つ。今もそういう社会は多いのだから。現代語訳をしなくても、スラスラ読めるけど、現代人には理解できないシチュエーションも多い。そんな本で、やはり「奇書」というべきだろう。世の全員が読むべき本でもなく、福澤諭吉「福翁自伝」などをまず読むべきだと思うけど、こんな「トンデモ本」を書いたヤツもいたということである。
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