尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「明治維新遺産」-「明治日本の産業革命遺産」への疑問①

2015年06月16日 00時45分56秒 |  〃 (歴史・地理)
 「明治日本の産業革命遺産」が世界遺産に登録がふさわしいと勧告された。それに対し、韓国から反対の声があがっている。戦時中に多数の朝鮮人が強制連行され多くの犠牲が出た場所が含まれているというのである。中国も同調している。それに対し、日本政府は「ユネスコの諮問機関が認めた」「対象とする時期が違う」などと反論している。日本側には、また韓国が「難癖」を付けるのか、韓国がイザコザを引き起こすのかといった反発も強いように思われる。この問題をわれわれは一体どう考えればいいのだろうか。日本国民の歴史認識として、どう理解するべきかを考えてみたい。

 この間の経緯に簡単に触れておきたい。ユネスコの諮問機関であるイコモス(国際記念物遺跡会議)は、2015年5月4日、「明治日本の産業革命遺産」の世界遺産への登録につき「登録がふさわしい旨」を勧告した。勧告は、登録を目指す23資産をすべて構成資産として認めている。名称については「明治日本の産業革命遺産 製鉄・鉄鋼、造船、石炭産業」に変更するよう求めている。

 もともと2009年に暫定リストに記載された時は、「九州・山口の近代化産業遺産群-非西洋世界における近代化の先駆け-」だったのである。九州・山口だから、韮山反射炉や釜石の史跡は含まれていない。2013年に構成資産の見直しが行われ、「明治日本の産業革命遺産 九州・山口と関連地域」となったのである。日本側の推薦に至る経緯は次回に検討するが、ここまででもずいぶん変っている。

 たまたまNHKのニュースを見ている時に、世界遺産への登録勧告という最新ニュースが流れた。その時に「松下村塾」の写真がまず流れた。数で言えば、長崎や福岡の方がずっと多いし、映像的にも軍艦島(端島炭鉱)や三池炭鉱の方が面白いだろう。これは何だろうか?「花燃ゆ」の宣伝か?それとも政権への配慮か?これが今のNHKなんだろうかとつい思ってしまったのである。だけど、その後の推移を見ながら、さらに考えていくと、そもそも根本的な疑問が沸き起こってきたのである。
(松下村塾)
 イコモスの勧告では、名称を「製鉄・鉄鋼・造船・石炭産業」とするように変更を求められている。これは「重工業」という視点に統一するということだろう。だけど、「松下村塾」と重工業の産業革命に一体どういう関係があるのか? 吉田松陰本人はもちろん、弟子筆頭格の久坂玄端、高杉晋作、吉田稔麿などはみな維新を迎えることなく死んでいる。伊藤博文山縣有朋など明治の有力政治家が塾の末席にいたことは確かだが、伊藤や山縣が日本の産業革命のリーダーだったというには無理がある。

 吉田松陰の思想も、産業革命を主導するものではない。日本史の授業で吉田松陰を「明治日本の産業革命の先駆けとなった人」と教える教師は一人もいないだろう。僕も見過ごしていたのだが、きちんと見ていくと、今回のリストの候補には、「明治日本の産業革命」というには無理があるものが含まれている。長崎のグラバー邸韮山反射炉なども無理である。幕末期に国防上の課題から、大砲を鋳造するための工業施設を作った。それは日本史上に重要な出来事だが、明治期の産業革命とつながったものではない。今回のリストの半分以上は、「明治日本の産業革命遺産」ではない
(グラバー邸)
 僕は何も「松下村塾」に史跡としての意義がないと言うのではない。高校生徒の時、東海道新幹線が初めて新大阪から岡山まで延伸された。その夏に僕は中国地方をぐるっと一人旅をした。原爆ドームや倉敷、津和野と並び、萩も訪れて松下村塾を訪れた。およそ歴史ファン、大学で日本史を学びたいと思う高校生なら、松下村塾や萩の史跡は一度は行きたい場所だ。ただし、それは「明治維新遺産」だからである。日本は明治維新期を通して中央集権国家を実現し、富国強兵の道を歩んだ。

 「明治維新遺産」には紛れもなく世界史的重要性がある。だが、薩長も重要だが、敗者も忘れてはいけない会津の若松城(鶴ヶ城)や白虎隊等、あるいは北海道の五稜郭…。多くの日本人がそれらの場所を訪れ、幕末・維新の歴史に思いをはせる。近代日本の礎となった人々、日本の近代化を見ることなく死んで行った人々を偲んでいる。アジアで最初に近代化をなしとげたのは、幕末から明治初期のいくつもの戦争を経たからだ。評価は別にして、われわれは「明治維新遺産」として考えるべきであり、「産業革命遺産」は(それはそれで重要だが)産業遺跡のみで構成すべきだと思う。
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