尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

文学座「明治の柩」を見る

2015年06月13日 13時29分00秒 | 演劇
 宮本研(1926~1988)の「明治の柩」を文学座が公演している。(11日から24日)東池袋(東京メトロ有楽町線)の「あうるすぽっと」。ここは作業所の文化交流会でステージ上には2回も立っているんだけど、観客席で有料公演を見るのは初めてである。割合に見やすい舞台だった。
 
 「明治の柩」は1962年に初演された「革命伝説4部作」の最初の作品で、足尾鉱毒事件と田中正造の戦いを描いている。劇中では、旗中正造、豪徳(幸徳秋水)、岩下さん(木下尚江)、古山伝兵衛(古河市兵衛=劇中には名前しか出てこない)と名を変えているけれど、多くの観客には判っている。宮本研の劇は生前から時々見ている。今もけっこう上演されている劇作家である。(特に「からゆきさん」は近年の上演が多い。)だけど、実は「明治の柩」は初めて見た。田中正造は70年代以降、飛躍的に関心が深まり研究も進展した。足尾鉱毒事件や田中正造にはずっと関心を持ってきたが、この劇は少し古いように思い込んで、戯曲を読むこともなかったのである。

 実際、前半は旗中と豪徳、岩下で、キリスト教だ、社会主義だ、はたまた天皇をめぐって議論するシーンが続き、いくら何でももう古い気がした。60年安保闘争直後の理論的な混迷に思いを込めていると思うが、正直言って今では「日本的重圧」と格闘する時に、社会主義やキリスト教などの問題から入る人はいないだろう。70年代頃までは理論的格闘が若い時代には避けられなかったから、難しい問題を難しい言葉で論じていた。現実の世の中をちっとも知らないうちに、そういうことばかりしていた。

 だけど、休憩をはさんで後半になると、がぜん「現在の問題意識」に直撃される。演出を担当した高瀬久雄は、公演を前に6月1日に急逝したのだが、朝日新聞に生前最後のインタビューが紹介されている。そこでは「水俣、原発、辺野古の問題へつながる人民とは、国家とは一体何なのか。観客になげかけてみたい」と語っている。一つは戦争と抵抗の問題。日露戦争下、村はお国のためにと兵隊を送り出し、足尾銅山は戦争遂行に必要な軍需物資だから政府に保護される。そんな中で、国は「谷中村」を廃村にして遊水地を作って、この問題を終わらそうと企む。鉱毒を防ぐことより、洪水が起こっても遊水地という「少数者の犠牲」ですませばいい。その仕掛けに谷中村以外の被害被害民も乗せられていく。旗中正造は、人民は憲法に守られているはずだと鋭く追及していくが、「憲法」は政府の思いのままに解釈されるのである。

 もう一つは圧倒的少数の戦いはどうあるべきなのか。旗中は村を動かず、強制執行の日を迎える。かつての同志の中にも、この戦いは勝てない戦いだったというものもいる。戦争を行う政府は、銅を産出する鉱山を守りきる。初めから勝てない戦いだった。そういう認識のもとに戦っていたら、もう少しやりようがあったのではないかというのである。この問いは、原発や辺野古の問題を通して、今の我々にも突きつけられている。だが、誰かが不正は不正だ、少数の犠牲だからといって犠牲者を救わなくてもいいのかと問い続ける者がいなくてはいけない。勝てる、勝てないという運動的な駆け引きの問題ではないだろう。そのときこなって、あくまでも人民の中に入って最後まで妥協しなかった旗中正造という存在が大きくなる。だが、この「人民の中に(ヴ・ナロード)」という思いも、果たして旗中は人民の中にいたと言えるのかと問い返される。今に続く、運動の論理と生活の論理、そして支援者のありようをめぐって、問題は答えのないまま突きつけられてくる。

 昔からこの問題には関心があった。田中正造の研究会に参加していた時もある。思想史、社会運動史的な関心と同時に、鉱毒事件被害地の中心だった館林(群馬県)に縁があったこともあり、鉱毒事件の現場も歩いている。谷中村の跡地の渡良瀬遊水地、あるいは鉱毒ですっかり木が枯れてしまい、今も植林運動が続く足尾銅山と松木渓谷などである。「明治の柩」を見て、田中正造への関心も改めて甦ってきた感じがする。少し古い部分も含めて、今も読み返すべきものがある作品だと思う。知名度のある俳優は出ていないけれど、力強い舞台だった。と同時に、新しい時代の田中正造を誰か描くべきではないかと思った。近代の人物をあれほど評伝劇に仕立てた井上ひさしも、田中正造は描いていない。「反政府運動」という視角からだけでなく、エコロジー的な観点からも新しく描き直す。それは劇でも映画でも、小説、コミックでもいいのだが、新しい田中正造像も見たいような気もする。劇と言っても、ストーリイは判っている討論劇なので、ほとんどテーマの現在的関心で見てしまった。
コメント (1)
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