教師論はもう数回続くのだが、ちょっと間を置くことにして。ダルデンヌ兄弟の映画「サンドラの週末」の紹介。ダルデンヌ兄弟というのは、ジャン=ピエール(1951~)とリュック(1954~)の二人の兄弟が脚本、製作、監督を共同で務めるベルギーの映画監督。製作には他の人物が加わることが多いが、脚本、監督は大体兄弟二人だけがクレジットされている。主題として、こどもをめぐる社会問題、少年犯罪やネグレクトなんかを取り上げることが多い。しかし、今回は主演女優のマリオン・コティヤールが出ずっぱりの労働者問題を問う社会派映画になっている。
マリオン・コティヤールは、映画ファンなら誰でも覚えているように、「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」で米国アカデミー賞の主演女優賞を取ってしまった人である。オスカーを外国人俳優が外国語映画の演技で取ることはめったに起こらない。だけど、「サンドラの週末」を見ているときには、ピアフを思い出す人はほとんどいないだろう。そのくらい、今回はサンドラという役を演じきっている。この作品でもアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。
冒頭でサンドラは携帯電話で、解雇を告げられる。解雇というか、今はうつ病で休職中で、「サンドラの復帰か、皆のボーナスか」を会社が社員投票にかけ、ボーナス派が勝ったという同僚からの連絡である。ただし、「主任」が不当な圧力をかけていたので、社長にかけあって月曜に再投票を実施できるかもしれない。だから、今すぐ来てほしいというのだが、サンドラはなかなか出かけられない。夫に励まされて、何とか社長に会いに出かけて、再投票を認めさせる。そして、週末にかけて同僚を訪ねて、再投票ではサンドラの復帰に賛成してくれないかと呼びかけて回るのである。しかし、「サンドラの復帰=ボーナス不支給」である。一人ひとりにはさまざま事情があり、カネが必要だからボーナスに入れるという人もいる。そういうシビアな週末を描く映画である。
だけど、どうもよく判らないところがある。こういう風に「分断」するのは、強いものの常套手段だろうが、「従業員の雇用」や「ボーナス支給の是非」は、日本で言えば「経営権の問題」として、労働組合の団体交渉のテーマにはなっても、社員投票などありえないだろう。この会社は、社員16人で、太陽光パネルを作っているらしいが、「アジアの国の脅威」で経営が難しくなっているとセリフにある。サンドラが休職して、臨時職員を入れているが、その態勢で週3時間の残業があれば十分だという。サンドラを復帰させる経営環境にはないので、その時にはボーナスを諦めろと言うことになる。ボーナスは1000ユーロという話で、本日のレートで1ユーロ=140円ほどなので、14万程度。日本の感覚ではボーナスというのもおこがましいような額である。主任の言動は、いわば「不当労働行為」みたいなものだから、再投票せよということだろうが、労働法制にかんする欧州と日本の違いがあるようだ。。
さらに、同僚といえど、他人の住所を教えて、賛同を働きかける行為は、現代の日本なら「個人情報の漏えい」だとか言いだす人が必ずいそうである。でも、ベルギーではそういうことを言い出す人はいない。「悪いけど、ボーナスに入れる」と言い切る人もいる。日本だと、そういう風に自分の考えをはっきり言えないから、「迷惑なのが判らないか」「何で住所を知ったのか」などと問題をそらすんだろう。そんな中で、何人かは味方になってくれる。サッカーを子どもに教えていた男性同僚は、突然泣き出してよく来てくれたという。前に新人の自分によくしてくれたのに、ボーナスに一票を入れてしまって自分で後悔してたというのである。あるいは、ある女性の同僚は夫ともう一回話してみると言われ、返事が来ないからもう一回訪ねると、暴力的な夫にもう来るなと追い返される。それで終わりかと思うと、この同僚は何と夫の元を飛び出してくる。「人に言われて決めるのはやめる」んだと。あるいは、臨時職員を訪ねると、アフリカ系の人で味方したいが、主任に臨時職員の期限後に契約されなくなるのが怖いという。こういう風に、「普通の生活」の中にさまざまな「世界」が露出されていくのである。
イギリスのケン・ローチも、移民だとか労働者の連帯などの映画をいっぱい作っている。それは非常に興味深いけど、基本的にオールド左翼の一本筋の通った映画で、方向性ははっきりしている。だけどダルデンヌ兄弟の映画は、もっと日常的で、結論もはっきりしないことが多い。「大きな絵」を描く映画ではないが、現代世界のリアルをもっとよく伝えると言える。誰が正しくて、誰が間違っているのか、よく判らない中で苦闘する現代という時代の姿を。今回も果たしてサンドラは(仮に復帰賛成派が多かったとしても)、やっていけるんだろうかという感じが最初はする。完治したというけど、薬が手放せず明らかに精神的にまだ不安定である。だけど、「自らのために立ち上がる」という体験がサンドラも変えていくかもしれない。今まで5回連続でカンヌ映画祭に出品して何かの賞を取ってきたダルデンヌ兄弟だが、6回目のこの作品は無冠に終わった。だけど、今回も素晴らしい作品だった。なお、ベルギーは北部がオランダ語、南部がフランス語地帯だが、ダルデンヌ兄弟はフランス語地帯の出身で、今回もフランス語の映画になっている。
マリオン・コティヤールは、映画ファンなら誰でも覚えているように、「エディット・ピアフ~愛の讃歌~」で米国アカデミー賞の主演女優賞を取ってしまった人である。オスカーを外国人俳優が外国語映画の演技で取ることはめったに起こらない。だけど、「サンドラの週末」を見ているときには、ピアフを思い出す人はほとんどいないだろう。そのくらい、今回はサンドラという役を演じきっている。この作品でもアカデミー賞主演女優賞にノミネートされた。
冒頭でサンドラは携帯電話で、解雇を告げられる。解雇というか、今はうつ病で休職中で、「サンドラの復帰か、皆のボーナスか」を会社が社員投票にかけ、ボーナス派が勝ったという同僚からの連絡である。ただし、「主任」が不当な圧力をかけていたので、社長にかけあって月曜に再投票を実施できるかもしれない。だから、今すぐ来てほしいというのだが、サンドラはなかなか出かけられない。夫に励まされて、何とか社長に会いに出かけて、再投票を認めさせる。そして、週末にかけて同僚を訪ねて、再投票ではサンドラの復帰に賛成してくれないかと呼びかけて回るのである。しかし、「サンドラの復帰=ボーナス不支給」である。一人ひとりにはさまざま事情があり、カネが必要だからボーナスに入れるという人もいる。そういうシビアな週末を描く映画である。
だけど、どうもよく判らないところがある。こういう風に「分断」するのは、強いものの常套手段だろうが、「従業員の雇用」や「ボーナス支給の是非」は、日本で言えば「経営権の問題」として、労働組合の団体交渉のテーマにはなっても、社員投票などありえないだろう。この会社は、社員16人で、太陽光パネルを作っているらしいが、「アジアの国の脅威」で経営が難しくなっているとセリフにある。サンドラが休職して、臨時職員を入れているが、その態勢で週3時間の残業があれば十分だという。サンドラを復帰させる経営環境にはないので、その時にはボーナスを諦めろと言うことになる。ボーナスは1000ユーロという話で、本日のレートで1ユーロ=140円ほどなので、14万程度。日本の感覚ではボーナスというのもおこがましいような額である。主任の言動は、いわば「不当労働行為」みたいなものだから、再投票せよということだろうが、労働法制にかんする欧州と日本の違いがあるようだ。。
さらに、同僚といえど、他人の住所を教えて、賛同を働きかける行為は、現代の日本なら「個人情報の漏えい」だとか言いだす人が必ずいそうである。でも、ベルギーではそういうことを言い出す人はいない。「悪いけど、ボーナスに入れる」と言い切る人もいる。日本だと、そういう風に自分の考えをはっきり言えないから、「迷惑なのが判らないか」「何で住所を知ったのか」などと問題をそらすんだろう。そんな中で、何人かは味方になってくれる。サッカーを子どもに教えていた男性同僚は、突然泣き出してよく来てくれたという。前に新人の自分によくしてくれたのに、ボーナスに一票を入れてしまって自分で後悔してたというのである。あるいは、ある女性の同僚は夫ともう一回話してみると言われ、返事が来ないからもう一回訪ねると、暴力的な夫にもう来るなと追い返される。それで終わりかと思うと、この同僚は何と夫の元を飛び出してくる。「人に言われて決めるのはやめる」んだと。あるいは、臨時職員を訪ねると、アフリカ系の人で味方したいが、主任に臨時職員の期限後に契約されなくなるのが怖いという。こういう風に、「普通の生活」の中にさまざまな「世界」が露出されていくのである。
イギリスのケン・ローチも、移民だとか労働者の連帯などの映画をいっぱい作っている。それは非常に興味深いけど、基本的にオールド左翼の一本筋の通った映画で、方向性ははっきりしている。だけどダルデンヌ兄弟の映画は、もっと日常的で、結論もはっきりしないことが多い。「大きな絵」を描く映画ではないが、現代世界のリアルをもっとよく伝えると言える。誰が正しくて、誰が間違っているのか、よく判らない中で苦闘する現代という時代の姿を。今回も果たしてサンドラは(仮に復帰賛成派が多かったとしても)、やっていけるんだろうかという感じが最初はする。完治したというけど、薬が手放せず明らかに精神的にまだ不安定である。だけど、「自らのために立ち上がる」という体験がサンドラも変えていくかもしれない。今まで5回連続でカンヌ映画祭に出品して何かの賞を取ってきたダルデンヌ兄弟だが、6回目のこの作品は無冠に終わった。だけど、今回も素晴らしい作品だった。なお、ベルギーは北部がオランダ語、南部がフランス語地帯だが、ダルデンヌ兄弟はフランス語地帯の出身で、今回もフランス語の映画になっている。