尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」

2015年11月24日 23時42分19秒 |  〃  (新作外国映画)
 オリヴァー・ヒルシュビーゲル監督のドイツ映画「ヒトラー暗殺、13分の誤算」が公開中。ずいぶん遅くなって東京ではロードショーも終了間近(26日まで)だが、見逃したくないと思い今日見て来た。この監督はかつて「ヒトラー~最期の12日間~」を作り注目された。あの映画はヒトラー周辺に密着取材したような映画だったが、今度はヒトラー暗殺を目論んだ男の物語である。

 1939年11月8日、ヒトラーは毎年訪れるミュンヘンのビヤホールで暗殺されかかった。この日は1923年の「ミュンヘン一揆」の記念日なのである。そこで演壇に爆発物が仕掛けられたが、ヒトラーは予定を早めてベルリンに帰っていた。その結果、爆破に遭遇せず助かったのだ。直後にスイスに逃げようとしていたゲオルク・エルザーという人物が逮捕され、爆破に関わった証拠もあがる。

 もちろん、暗殺が成功しなかったのは映画を見る人には誰でも判っている。その上で、このエルザーという人物を描いて行くのである。エルザーは「赤色戦線」(共産党系の労働団体らしい)のバッジをしていた。しかし、共産党員ではなく、あくまでも自由を求める36歳の家具職人だったのである。警察やゲシュタポは背後組織の存在を確信して、エルザーを拷問にかける。しかし、彼はあくまでも単独犯を主張し、爆弾の設計図を書いて見せ、爆破の仕組みを解説する。その間、彼の仕事や友人、特に人妻だったエルザを愛していく様子をじっくり描く。ドイツを破滅に導くヒトラーを葬らなければならないという信念に基づいた計画だったのである。ヒトラー本人は自白剤を用いても背後を明らかにしろと厳命するが、やがては当局も単独犯を認めざるを得なくなる。

 この人のことは僕は全く知らなかった。ドイツ国内でもあまり知られてこなかったという。背後関係をでっちあげられなかったため、公開裁判が開かれなかった。エルザーはずっと強制収容所に送られていて、その様子はエピローグで描かれている。彼の取り調べをした警察幹部ネーベの方がヒトラー暗殺に関与したとして先に処刑された。一方、もう一人ずっと尋問している人物がいるが、ウェブサイトで見るとハインリヒ・ミュラーという人物である。この男はどうなったかと調べると、こっちは戦後行方不明のままで終わったという。もちろん占領下のベルリンで戦死、自殺などの可能性もあるが、南米に逃亡したまま発覚しなかった可能性もある。何にせよ裁判は開かれなかった。

 俳優の事を書いても知らない人ばかりなので書かない。映画はじっくりエルザーという人物を描くことに専念していて、その時代のドイツの様子がよく伝わる。ほとんどの人間がナチスを受け入れ支持していたのだが、自由を求める人もいたのである。しかし、敗戦直前の暗殺計画や学生による「白バラ」は知られていても、このエルザーという人は知られていない。ちょうど今月の中公新書で對馬達男著「ヒトラーに抵抗した人々」という本が出たが、第3章の2で「孤独な暗殺者ゲオルク・エルザー」として扱われている。まだ読んでないのだが、やはり他の組織等と隔絶した「孤独」な位置にあったのだろう。この人はキリスト教の信仰も強く、一方では音楽にも詳しい。遊び人的でもあるが、労働者として共産党を支持していたようだ。爆破によりヒトラーと無関係の人物8人が死んだことに悔いの思いを抱き続けた。非常に興味深い映画だった。
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