尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

話題の「屍人荘の殺人」を読む

2018年02月07日 21時34分15秒 | 〃 (ミステリー)
 追悼特集を書くヒマがないが、先に今村昌弘「屍人荘の殺人」(東京創元社)を読んだ話。2017年の鮎川哲也賞受賞作で、新人ながら年末のミステリーベストテンで「三冠王」(「このミステリーがすごい」「週刊文春」「本格ミステリベスト10」)を獲得した。ミステリーファン以外にも評判を呼んでいるが、確かに面白いし、よく出来ている。しかし、途中から展開される「ある設定」を書くわけにいかない。独創的な「クローズド・サークル」とか書いてあるから、読みたくなってしまう。

 抜群のリーダビリティなんだけど、ミステリーファン以外の人がうっかり読むと怒り出すかもしれない。僕もこれは「反則」だと思う。でも、エンターテインメント小説なんだから、面白ければ反則でもいい。ただし、設定はともかく、事件と謎解きはまさしく「本格」である。この「方法」にはビックリさせられる。なるほど、新人離れした才能だ。

 「屍人荘の殺人」というだけで、これはクローズド・サークルものの本格ミステリーだと判るわけだが、イマドキどんな手を使ってくるのか。「屍人荘」なんて名前の建物があるわけない。ほんとの名前は「紫湛荘」だというんだが、なるほど。もとは別荘で、今はある会社のペンションになっている。そこで毎年のように、神紅大学映画研究部の夏合宿が開かれている。今年も夏合宿があるが、そこにミステリ愛好会の明智恭介(3年)と葉村譲(1年)も参加することになる。

 明智は人呼んで「神紅のホームズ」だが、一年生の葉村が語り手となって物語が進行する。この夏合宿はなんだか「訳あり」らしく、事前に脅迫状も届いたとか。明智は映画部長の進藤に何度も参加を打診するが、ずっと断られていた。そこに2年生の「探偵少女」剣崎比留子が現れ、彼女と一緒なら何とか参加可能となったのである。ということで、ロックフェスで知られた娑可安湖(さべあ湖っていうすごい名前)にある紫湛荘に管理人を含めて14人が集まった。その中にはいかにも感じが悪い先輩が3人いるが、一人はペンションを持ってる一族である。(名前が覚えられんと思う頃に、登場人物が語呂合わせの覚え方まで教えてくれる親切さ!)

 はいはい、大学生の夏合宿っていうのも、お約束の定番ですね。青春ミステリー風に始まり、教授の別荘がある島を台風が直撃して…とかなんとか、誰も近づけない「クローズド・サークル」ができ、鍵のかかった部屋で死体が見つかる…。なんて展開は今さら書けないよね。なぜなら今じゃ台風や大雪でもスマホ使えるでしょ。皆の携帯電話、スマートフォン、タブレット端末などが全部電池切れになるまでにはかなり時間がある。それまでなら誰かが外部に連絡可能である。

 そこでこの小説の超絶的設定が出てくるわけである。大体登場人物が大胆に「淘汰」されてしまうのにもあ然。そりゃまあ、神紅のホームズが、明智さんかあとは思ったりもしたけれど。それはそれとして、普通は現実には「密室殺人」なんか起きない。そんな手間ひまかける前に逃げた方がいい。この世に一番多い「密室事件」は、実は「老人の孤独死事件」だろう。(それも実質的には殺人かもしれない。)でも、この小説の「密室殺人」の設定はよく出来ている。

 まあ、「フーダニット」(Who done it? 犯人)、「ホワイダニット」(Why done it? 動機)はミステリーファンには判るかもしれない。他にいなさそうだから、僕も予想した通りだった。でも「ハウダニット」(How done it? 方法)が見当つかない。この「解決」にはうならされた。なるほど。論理的解決はこれしかないだろう。(だけど、最後の事件などはかなり無理筋だろう。)超絶的設定をうまく生かした「論理性」には驚くしかない。

 ミステリーファンなら図書館予約待ちや文庫化を待ちきれずに、単行本を買ってしまう価値はあると思う。今回は「紫湛荘事件」だけだが、本来はこの事件はもっと大きな大規模テロ事件の一環である。そっちは今回は解決されていない。また剣崎の過去の事件なども出てこない。よって、今後は本格でなくていいから、新しいタイプの面白ミステリーを読みたいもんだと思う。ぜひ期待。
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