尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

もうひとりのサラ-ピョンチャン五輪をめぐって③

2018年02月27日 23時24分00秒 | 社会(世の中の出来事)
 ネット接続不調の中、確定申告用紙を作ってたら遅くなってしまった。そういう日は書かなくてもいいんだけど、そんな日のための話題をこの機会に。それは女子スキージャンプの「もうひとりのサラ」の話である。ピョンチャン五輪の女子スキージャンプは日本の高梨沙羅伊藤有希にメダルのチャンスがあるということで、見てた人も多いんじゃないかと思う。

 そんな中で、一番最初の頃のジャンプで、アメリカのサラ・ヘンドリクソンが出ているじゃないですか。ああ、まだやってるんだ。また出られたんだと何だか僕まで嬉しくなった。覚えている人もいると思うけど、スキージャンプに女子ワールドカップができた時の、初代総合チャンピオンである。2011年—12年シーズンのことで、もう高梨沙羅が優勝した試合もあったけれど、総合では届かなかった。その後、高梨沙羅もぐんぐん伸びてきて、「サラ・沙羅対決」として評判になった。

 2012-13年シーズンは高梨沙羅が総合チャンピオンになった。女子スキージャンプはソチから五輪競技に採用され、最初の金メダルはこの二人が争うんだと誰もが予想していた。ところが、2013年8月にサラは膝の靱帯に大ケガをした。シーズン前半の競技は欠場したが、なんとか2014年2月のソチ五輪には出場することができた。しかし、結果は21位という惨敗だった。そして高梨沙羅もメダルに届かず、4位に終わった。初代金メダリストはドイツのカリーナ・フォクトだった。

 その後、高梨沙羅が好調な年が続いた。今シーズンになるまでは。みんな知ってるように、今シーズンは圧倒的にノルウェーのマーレン・ルンビが好調で、続いてドイツのカタリナ・アルトハウスが2位になることが多かった。ピョンチャン五輪の結果は、そういうワールドカップの事前結果と同じく、金がルンビ、銀がアルトハウス、銅が高梨沙羅だった。そんな中でサラ・ヘンドリクソンがまだ出ていたじゃないか。結果を調べてみると、19位。これはソチよりいいじゃないか。

 サラ・ヘンドリクソンは五輪競技じゃなかった時代から、女子のジャンプを切り開いてきた。そして、もうメダル候補じゃない。度重なるケガを抱えて、最初にジャンプする選手になっている。ワールドカップ出場がないために、後の方で滑降する有力選手に入れない。その代りに、長年の夢がかなった五輪出場で、一番最初に飛ぶジャンパーになったのである。そんなサラがまだやってる。この競技が好きなんだなあと思える。全然消息も聞かなくなったけど、まだやってたんだというのは、全然関係ない僕も何だか嬉しい。

 世界にはいろんな選手がいる。メダルに届くどころか、ほとんど競技経験もないのに南国から出る選手もいる。今回一番すごいのは、間違いなくチェコのエステル・レデツカ(22)選手だろう。なんとスキーとスノーボードで両方金メダルを取っちゃったというんだからすごい。本職はスノボーだというけど、斜面を滑り降りるのは同じじゃないかと女子スーパー大回転にも出場。誰もマークしてなかったけど金メダルを取っちゃった。そしてスノーボードの女子パラレル大回転でも金メダル。
 (レデツカ選手)
 ノルウェーのマリット・ビョルゲン選手も大きな記録を成しとげた。女子のクロスカントリー選手で、今回2個の金メダルを得て合計8個目の金メダル。銀4、銅3も獲得していて、合計15個のメダル。2002年のソルトレイクシティから、トリノ、バンクーバー、ソチ、ピョンチャンと5大会連続でメダルを取った。1980年生まれだから、これが最後かもしれないけど、すごい選手がいるものだ。
 (ビョルゲン選手)
コメント
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