尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

青山文平「半席」、大江戸ホワイダニット

2018年10月03日 22時57分33秒 | 〃 (ミステリー)
 青山文平(1948~)は2015年に「つまをめとらば」で直木賞を受賞した。最近文春文庫に収録されたので読んだけど、なかなか面白い時代小説だった。青山氏は作家としては遅いスタートで、2018年12月に70歳となる。主に時代小説を書いている。しかし、2016年刊行の「半席」は「このミステリーがすごい」で4位に選出された。時代小説だけど、ミステリーでもあるらしい。ぜひ読んでみたいと思っていたら、9月末に新潮文庫に早くも入ったので、さっそく読んでみた。

 これはとても面白かったけど、同時に実に不思議なミステリーだった。あまりに不思議なので、紹介してみようかと思った。そもそも題名の「半席」が意味不明だ。主人公は25歳の徒目付(かちめつけ)の片岡直人。幕臣は「旗本」と「御家人」に分けられるが、将軍にお目見えできない御家人としてはなんとか出世して旗本になりたい。直人の父は少し出世したけど、一つの役にしか付けなかった。出世して二つの役に付くと、子々孫々旗本扱いになるという。その出世は父子一つずつ果たして合算してもいいので、直人はいま「半席」なのである。

 だから直人としては、徒目付を早く脱してもっと上を目指したい。そこへ上役の内藤雅之が「もう一つの裏仕事」を振ってくる。美味しそうな旬の魚の料理とともに、不思議な事件を探るように依頼してくるのである。「目付」はなんでも調べる役だけど、刑事事件としては「自白」で終わってしまう。だけど「動機」が判らない。そんなとき、どうにも気になって仕方ない人がいて、ひそかに調べ直して欲しいと依頼してくる。そんな調査である。それも老人がらみの意味不明な事件ばかり。
 (青山文平)
 冒頭の作品は、なんと89歳にもなって現役の幕臣がいて、72歳の養子がいるのに隠居もしない。一緒に釣りに行っていて、その89歳の方が突然いかだを走り出して水に落ちて死んだ。養子の方は現場にいなかったし、目撃者がいて事故死は疑えない。だけどなんで走り出したかが判らない。そんな話なんだけど、そもそも昔はさっさと隠居するのがルールかと思っていたら、定年がなかったのか。他の作品では90歳を超えた人もいるとある。

 これはミステリーとしては「ホワイダニット」である。「動機」が問題で、「なぜ」が判らないという話である。時代は文化年間、19世紀初期である。舞台は江戸の下町が中心で、間違いなく「時代小説」でもある。でも同時に、これらの連作は今までにない「老人小説」なのである。事件を起こすのは老人ばかり。いや若い武士も、あるいは町人も事件を起こすだろうが、「なぜ」が判らず調査を頼まれるのが老人がらみの事件ばかりなのである。

 それらは皆不思議な話ばかりで、「なぜ」が判ってもスッキリ感があまりない。意外な真相に潜む「武士の不思議さ」が立ち上がってくるとき、現代とはあまりに違う価値観にビックリする。そんな話ばかりが集まっている。「真桑瓜」「蓼を喰う」が中でも真相解明の切れ味が優れている。また魚料理のおいしそうなこと、季節感を感じる描写にも目が離せない。とにかく読後感としては、かつて読んだことがない「独自のミステリー」ということになる。
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