尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

恐怖のカショギ事件ーサウジアラビアの闇

2018年10月18日 22時39分02秒 |  〃  (国際問題)
 サウジアラビアの反体制派ジャーナリスト、ジャマル・カショギ氏(1958~)が、10月2日にトルコのイスタンブールにあるサウジアラビア総領事館に入ったまま行方不明になっている。そういう風に報道されてすでに長いわけだが、トルコでは早いうちからカショギ氏は総領事館で殺害されたという情報が流れていた。当日のうちに15人の「暗殺チーム」が自家用機でトルコに入国し、その日のうちに出国したとか。非常に珍しいことだが、外交特権のある総領事館をトルコ当局が捜索している。もうカショギ氏が死亡していることはどうやら疑いようがないようだ。
 (ジャマル・カショギ氏)
 なんで総領事館に「暗殺チーム」がいたのだろうか。実はカショギ氏が結婚手続きのために総領事館を訪ねたのは、2日が2度目だったという。最初は9月28日に訪れ、2日の再訪を指示されたという。その報道が確かとすれば、サウジ当局がカショギ氏に対する「対策」を取ることが可能だったことが判る。同時にトルコ当局もその情報を知っていて、総領事館に対する監視を行っていたと思われる。トルコ側に「音声情報」があるという報道はそう考えないと理解できない。

 しかし、トルコ側の事前の想定は、そのまま秘密裡にサウジアラビアに移送されてしまう事態じゃなかったか。まさかすぐに殺害されるとは思ってなくて、そのことがトルコ側の怒りを買っているように思う。報道によればカショギ氏はすぐに暴行を受け、生きたまま切断されたとも言う。その後バラバラにされて総領事館から運び出されたわけである。もっともカタールのアルジャジーラの報道は反サウジのバイアスがかかっている可能性を考えておく必要がある。サウジアラビアはカタールと断交したが、トルコはカタールを支持してきた経緯がある。

 それにしても、この事件は僕の見聞きしてきた中でも非常に恐ろしい事件だ。もちろん殺人はすべていけないわけだし、どこかに誘拐して殺害するならいいわけでもない。でもよりによって、国際的な大都市であるイスタンブールの、外交特権の認められている公館で殺人事件を起こす。そんなことがあるのか。例えば北朝鮮のキム・ジョンウン委員長の異母兄であるキム・ジョンナム(金正男)氏がマレーシアのクアラルンプール空港で暗殺された。(2017年2月13日。)この事件は空港で起こり、指示したと思われる容疑者は出国してしまったために、背景事情が解明できていない。一方、カショギ事件は公館で起きた以上、サウジアラビア当局の関与は疑いようもない

 サウジアラビアに関しては、2017年6月23日に「サウジアラビアの皇太子交代問題」を書いた。その記事では「国内で絶対的支持がなく、力量のほどを示して見せる必要がある若い新皇太子が、外交・軍事を統括する。当然、強硬策を取る誘惑にかられると思う。そこに落とし穴があるかもしれない。」と書いた。その時はむしろイエメン内戦問題を想定していて、このような反体制派ジャーナリスト謀殺事件を公然と起こすとは思ってなかった。ムハンマド皇太子が進める改革は、石油依存経済からの脱却、女性の自動車運転開始など、国外ではある程度評価されてきた。一方でカタール断交問題、イエメン内戦は膠着状態が続き、強権化が目立っていた

 カショギ氏のことは事件前には知らなかったが、アメリカに留学した後、サウジ国内で様々な新聞で勤務した。サウジアラビアの宗教的特権層を批判して、事実上アメリカ亡命状態だったという。王族内にも知人がいて、かなりの知名度があったようだ。ワシントン・ポストが17日のオンライン版で、カショギ氏の「最後のコラム」を掲載した。そのコラムは「What the Arab world needs most is free expression」(アラブ世界に最も必要なのは表現の自由だ)と題されていて、カショギ氏の失踪直前に書かれたものという。サウジアラビアではこの主張に命が懸かるのだ。

 米国トランプ大統領は2017年1月に就任後、最初の外国訪問先にサウジアラビアを選んだ。そこで1100億ドル(約12兆円)もの武器輸出契約を結んだ。カショギ事件でも、どうもサウジ王室の関与を否定して、武器輸出を優先する気配を見せている。トランプが「人権より商売」を選ぶのは不思議ではないが、アラブ諸国であるサウジアラビアにこれほどの武器輸出をしてキリスト教右派勢力は反発しないのか。本来「アラブの盟主」を自負するサウジアラビアにとって、その経済力、軍事力がイスラエルに向けられても不思議ではない。というか、本来そうあるべきものだ。

 だけど、アメリカが売った兵器がイスラエルに向かうとなれば、アメリカが売るはずもない。その兵器は、イスラエルが一番警戒するイランに対するものだと確約しているから、アメリカもサウジに武器を売る。そういうことであるだろう。シリア内戦やカタール断交問題をきっかけに、トルコとロシアが接近し、シリアのアサド政権を支持するイランもトルコと接近し始めている。一方、アメリカとトルコの関係が難しくなっていて、アメリカ・イスラエル・サウジアラビアが事実上の同盟関係になっている。中東情勢は複雑で、この関係もいつまで続くかは判らないが。

 サウジアラビアとイランは、イエメン内戦で直接対峙している。サウジアラビアの事実上の最高責任者はムハンマド皇太子で、独裁国家であるサウジでは皇太子の指示なくしてカショギ事件は起こりえない。すぐ殺害せよという指示だったかどうかは不明だが、何らかの指示があって側近がイスタンブールに派遣されたのだろう。ムハンマド体制が大きく揺らぐのは間違いない。イエメン内戦という「戦時体制」においては、国家の政策を公然と批判することは絶対に許されない。戦争が国を危うくしてゆくのである。

 このような事件として、1973年に東京で起きた金大中氏拉致事件、1965年にパリで起きたモロッコの左翼政治家、ベン・バルカの失踪事件(モロッコの諜報機関に殺害されたとされる。ゴダールの映画「メイド・イン・USA」で描かれた)などが思い浮かぶ。最近はロシアで野党政治家やジャーナリストが殺害される事件が起こっている。ジャーナリストに対する殺害事件が最近多くなっているのが気にかかる。国際的な世論、市民の活動が独裁国家を監視することの重要性を痛感する。
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