尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

「負け犬の美学」とボクシング映画の話

2018年10月29日 22時56分10秒 |  〃  (新作外国映画)
 フランス映画「負け犬の美学」が公開されている。珍しくフランスのボクサー映画なんだけど、ちょっとボクシング映画について書いてみたいと思う。世にボクシング映画は数あれど、この「負け犬の美学」はかなり変わっている。何しろ45歳という年齢で、年とって弱いというだけでなく生涯戦績が48戦で13勝3分け32敗(だったかな)というレベル。家族からはもう引退してと言われているが、50戦するまでと言い張っている。こんな弱っちい中年ボクサーは初めてだ。

 ボクシング映画をいくつ挙げられるか、10本言えるかどうかは映画ファンの分かれ目じゃないか。いくつもすごいのがあるわけだが、「ロッキー」を先頭にチャンピオンを目指して成功する、または挫折するというのが定番の筋書きである。その間に家族関係やケガ、あるいはギャング組織から八百長を迫られるとかで一旦は挫折しかかる。そこへ、過去の栄光を忘れられずに鬱屈を抱えて生きていた「伝説のボクサー」が現れる。彼がトレーナーとして付くことで、もう一回チャンピオンを目指して猛特訓を開始して、いよいよタイトルマッチの日がやってくる…。
 (ロッキー)
 「負け犬の美学」の主人公、スティーブ・ランドリーマチュー・カソヴィッツがやっている。1967年生まれだから、実年齢はもう50歳である。監督としても知られ、30代で作った「憎しみ」(1995)はカンヌ映画祭監督賞を得た。フランスの荒れるスラムの姿を正面から描いた映画だった。「アメリ」ではヒロインが恋する相手役を演じた。俳優としても監督としても知られている人が、今さらボクサー役をやっている。もう試合もなかなか組まれないが、いつまでも引退の決心がつかない。悲哀や哀愁をにじませるボクサー。

 49戦目も負けたスティーブだけど、彼がそれまで縁がなかったタイトル戦はこの映画でも出てくる。原題「Sparring」とあるように、チャンピオン戦に出るボクサーのスパーリング・パートナーに選ばれたのだ。自分から押しかけて行って、相手と昔戦った経験があると言って売り込む。もちろん負けたんだけど。そんな売込みが成功して、スパーリングの相手を務めるが太刀打ちできない実力差。そんなとき、公開練習を娘が一度見てみたいと言い出して…。

 見ている方も心配になってくるけど、主人公が何かの鬱屈を抱えているというのはボクシング映画の定番。主人公は貧困や差別を抱えてボクサーになった。「ロッキー」や、「レイジング・ブル」、近年の「ザ・ファイター」など。実在のモハメド・アリを描いた「ALI アリ」も同じ。アリは記録映画も多くて「モハメド・アリ かけがえのない日々」「フェイシング・アリ」などがある。1971年のベストテン10位に入ったマーティン・リット監督の「ボクサー」もすごい。黒人として初めてヘビー級チャンピオンになったが、白人女性と恋に落ちた実在のボクサーをモデルにしている。波乱万丈度、不条理度では一番と言ってもいいボクシング映画だ。
 (レイジング・ブル)
 「負け犬の美学」のスティーブは、もちろんボクサーでは生きて行けずレストランでアルバイトしている。妻が美容師で、これで生活が成り立っているんだろう。娘がピアノが大好きで、レッスンに通わせると親バカですごい才能だと信じる。何とかピアノを買ってやりたいけど、そのためにはボクサーをやめてちゃんと働いてと頼む妻と、いやボクサーとして頑張って稼ぐんだと言い張る夫。これもルーティンではあるけれど、娘役のビリー・ブレインという子役が超絶的に可愛い。この子は絶対美人女優でブレイクしそうだから、先物買いで見ておく価値があると思う。

 ボクシング映画は日本にも多い。寺山修司の「ボクサー」、阪本順治監督、赤井英和主演の「どついたるねん」、最近では「あゝ、荒野」がすごかった。裕次郎の「勝利者」、北野武「キッズ・リターン」、「あしたのジョー」の実写版もあった。女性ボクサーも最近はあって、日本では安藤サクラ主演の「百円の恋」だが、なんといってもクリント・イーストウッドの「ミリオンダラー・ベビー」だろう。昔のハリウッド映画には「チャンピオン」「傷だらけの栄光」とかいっぱいあった。裏ワザだけど「ロッキー2」「ロッキー3」とやっていけば10本はすぐ。6本作られたが、「クリード チャンプを継ぐ男」という続編が作られたのにはビックリした。
 (あゝ、荒野)
 「負け犬の美学」ではチャンピオン復帰を目指すボクサーとして、ソレイマヌ・ムバイエという現実のチャンピオンが出ている。この人がなかなか演技も上手で、見せてくれる。監督・脚本は、サミュエル・ジュイという新人。舞台やテレビで活躍している俳優だというが、なかなかの才人である。北部のルアーヴルの町の様子もうまく生かされている。最後の試合でも「ルアーブル魂を見せろ」と言われている。とにかく勝っても負けても最後の50戦目、弱いボクサーなりの美学に心打たれる。
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