先に「恐怖のカショギ事件-サウジアラビアの闇」(2018.10.18)を書いたので、その続報。サウジアラビア政府は、10月20日にイスタンブールの総領事館でカショギ氏が死亡した事実を認めた。「サウジアラビアに連れて帰ろうとしてカショギ氏と口論になり、ケンカが行き過ぎて死亡した」という内容だった。一方、トルコのエルドアン大統領は23日に首都アンカラの国会で演説し、「事前に計画された殺人だった」と断定したが、ムハンマド皇太子の関与には触れなかった。
(演説するエルドアン大統領)
エルドアン演説があった23日の深夜、菅官房長官が緊急記者会見を行い、3年余りシリアの反政府組織に拘束されていたフリージャーナリスト、安田純平さんの解放情報を伝えた。その情報はカタールから伝えられ、トルコ東部のアンタキヤで保護されたということだった。カタールとトルコの密接な関わり、シリア内戦と反体制派への影響力の大きさを感じさせる。サウジアラビアはムハンマド皇太子の主導でカタールと断交したが、トルコはカタールを支援し続けてきた。カショギ事件を見ても、サウジアラビアに比べてトルコの情報戦略の巧みさが印象的である。
ところでカショギ氏の遺体はどこにあるのだろうか。サウジアラビア当局は「容疑者」として18人を拘束しているとされる。「殺害」を認めているんだから、遺体の行方も当然知っているはずだ。知らなくても、すぐに捜査して遺族に謝罪するべきである。サウジアラビアも検察当局は計画的殺人であることを認めたというが、まだ遺体の関する情報はない。そういう意味で、サウジアラビアは未だ「半落ち」状態にある。その理由としては、一つには遺体が損壊されている可能性だろう。そのままではサウジ諜報機関の残虐性を印象付けてしまうようなケース。
もう一つの可能性として、死体遺棄がトルコの法に触れることで両国の折衝が続いている場合である。今回の事件では、殺人そのものではトルコは犯人を裁けない。総領事館内部の問題は、外交特権があって公館の置かれている国の捜査権が及ばない。だからウィキリークス事件のジュリアン・アサンジ氏は2012年以来、ロンドンのエクアドル大使館内に在住してる。
オーストラリア人のアサンジ氏は、ウェブ上に世界の政府等の秘密文書を公開するサイト「ウィキリークス」を2007年に開設した。それは大問題を引き起こしたが、それとは別に2010年にスウェーデンで2人の女性に対する性的暴行容疑が起きた。スウェーデンは国際手配しているが、アサンジはロンドン滞在中にエクアドル大使館に亡命を申請した。申請は認められ、その後2018年1月にはエクアドル国籍も認められた。エクアドルはアサンジ氏を「自国民」として出国させようとしたが、英国当局は大使館外に出たらアサンジ氏を拘束すると明言している。
そもそもサウジアラビアは「殺すつもりではなく、連行するつもりだった」とするが、トルコからすればこれはトルコの国家主権を侵害する意図を「自白」したのと同じである。1973年8月に起こった金大中事件では、東京に合法的に滞在していた金大中氏を韓国情報機関員が非合法的に拉致した。そのことで日韓の国家間で大問題になったわけだが、同様のことが今回の事件にも言える。合法的にトルコに滞在していたカショギ氏を本人の意図に反してサウジに連行することは、トルコ刑法に触れるはずだ。ましてや死体をトルコ国内に遺棄したりしていれば、トルコは犯人の特定と送還を要求するはずだ。サウジ当局はそれを避けたいのではないかと思う。
サウジアラビアはなぜこんな事件を起こしたのだろう。僕にははっきり判らないけど、「選挙のない国」の独裁者ということではないか。エルドアンも独裁的だし、トランプも独裁的で親サウジ。この程度の問題なら押さえてくれると思ったのではないか。しかし、独裁的とは言え、トルコもアメリカも選挙で選ぶ以上、余りにも説明できない事態は認められない。特にトルコにとっては、トルコ女性の婚約者が犠牲になったわけで、国民の関心も高いだろう。ここまで公然と国家主権を踏みにじられたら、トルコも引くわけにはいかない。
それと同時に、サウジの対応に合わせて、トルコの映像を流して「計画性」を印象付けるなど、トルコの戦略がうまい印象がある。というか、サウジ側が拙劣すぎるというべきか。それを考えると、トルコ側は様々な折衝を裏で行っていると考えられる。例えば、遺体が「発見」され、カタールと「復交」することで、「犯人移送」を断念するとか。もちろん裏折衝は判らない世界なので、僕は予測できない。トルコの国民感情も絡んで、どういう決着になるか、今のところ予想できない。
最後に。トルコの「監視カメラ」の威力である。トルコはアンカラやイスタンブールでテロが続いた。ISによるものもあれば、クルド過激派勢力によるとされるものもある。イスタンブールは世界でも最も有名な観光都市の一つだけど、度重なるテロ事件でずいぶん観光客も減ったことだろう。IS勢力の衰退もあるだろうが、2017年1月以後しばらく大きなテロが起きていない。トルコの対テロ監視能力は大きくアップしているはずだ。何もサウジアラビアの暗殺チームのための監視カメラではない。カショギ氏の事件を追及するのは、自国の「観光安全宣言」でもあると思う。
トルコは長いこと、シリア内戦で反政権派を支援してきた。トルコもカタールもスンナ派ムスリム勢力のムスリム同胞団を支持している。アサド政権の最大の対立勢力はムスリム同胞団だった。しかし、サウジアラビアやエジプトはムスリム同胞団をテロ組織と認定している。同じスンナ派勢力でも、「ねじれ」がある。トルコの最大の課題はクルド国家の樹立を阻むことだから、シリア北部で事実上のクルド自治区ができるくらいなら、アサド政権が全土を支配する方がずっとマシだと考えているだろう。ムハンマド皇太子の問題はもう一回別に。

エルドアン演説があった23日の深夜、菅官房長官が緊急記者会見を行い、3年余りシリアの反政府組織に拘束されていたフリージャーナリスト、安田純平さんの解放情報を伝えた。その情報はカタールから伝えられ、トルコ東部のアンタキヤで保護されたということだった。カタールとトルコの密接な関わり、シリア内戦と反体制派への影響力の大きさを感じさせる。サウジアラビアはムハンマド皇太子の主導でカタールと断交したが、トルコはカタールを支援し続けてきた。カショギ事件を見ても、サウジアラビアに比べてトルコの情報戦略の巧みさが印象的である。
ところでカショギ氏の遺体はどこにあるのだろうか。サウジアラビア当局は「容疑者」として18人を拘束しているとされる。「殺害」を認めているんだから、遺体の行方も当然知っているはずだ。知らなくても、すぐに捜査して遺族に謝罪するべきである。サウジアラビアも検察当局は計画的殺人であることを認めたというが、まだ遺体の関する情報はない。そういう意味で、サウジアラビアは未だ「半落ち」状態にある。その理由としては、一つには遺体が損壊されている可能性だろう。そのままではサウジ諜報機関の残虐性を印象付けてしまうようなケース。
もう一つの可能性として、死体遺棄がトルコの法に触れることで両国の折衝が続いている場合である。今回の事件では、殺人そのものではトルコは犯人を裁けない。総領事館内部の問題は、外交特権があって公館の置かれている国の捜査権が及ばない。だからウィキリークス事件のジュリアン・アサンジ氏は2012年以来、ロンドンのエクアドル大使館内に在住してる。
オーストラリア人のアサンジ氏は、ウェブ上に世界の政府等の秘密文書を公開するサイト「ウィキリークス」を2007年に開設した。それは大問題を引き起こしたが、それとは別に2010年にスウェーデンで2人の女性に対する性的暴行容疑が起きた。スウェーデンは国際手配しているが、アサンジはロンドン滞在中にエクアドル大使館に亡命を申請した。申請は認められ、その後2018年1月にはエクアドル国籍も認められた。エクアドルはアサンジ氏を「自国民」として出国させようとしたが、英国当局は大使館外に出たらアサンジ氏を拘束すると明言している。
そもそもサウジアラビアは「殺すつもりではなく、連行するつもりだった」とするが、トルコからすればこれはトルコの国家主権を侵害する意図を「自白」したのと同じである。1973年8月に起こった金大中事件では、東京に合法的に滞在していた金大中氏を韓国情報機関員が非合法的に拉致した。そのことで日韓の国家間で大問題になったわけだが、同様のことが今回の事件にも言える。合法的にトルコに滞在していたカショギ氏を本人の意図に反してサウジに連行することは、トルコ刑法に触れるはずだ。ましてや死体をトルコ国内に遺棄したりしていれば、トルコは犯人の特定と送還を要求するはずだ。サウジ当局はそれを避けたいのではないかと思う。
サウジアラビアはなぜこんな事件を起こしたのだろう。僕にははっきり判らないけど、「選挙のない国」の独裁者ということではないか。エルドアンも独裁的だし、トランプも独裁的で親サウジ。この程度の問題なら押さえてくれると思ったのではないか。しかし、独裁的とは言え、トルコもアメリカも選挙で選ぶ以上、余りにも説明できない事態は認められない。特にトルコにとっては、トルコ女性の婚約者が犠牲になったわけで、国民の関心も高いだろう。ここまで公然と国家主権を踏みにじられたら、トルコも引くわけにはいかない。
それと同時に、サウジの対応に合わせて、トルコの映像を流して「計画性」を印象付けるなど、トルコの戦略がうまい印象がある。というか、サウジ側が拙劣すぎるというべきか。それを考えると、トルコ側は様々な折衝を裏で行っていると考えられる。例えば、遺体が「発見」され、カタールと「復交」することで、「犯人移送」を断念するとか。もちろん裏折衝は判らない世界なので、僕は予測できない。トルコの国民感情も絡んで、どういう決着になるか、今のところ予想できない。
最後に。トルコの「監視カメラ」の威力である。トルコはアンカラやイスタンブールでテロが続いた。ISによるものもあれば、クルド過激派勢力によるとされるものもある。イスタンブールは世界でも最も有名な観光都市の一つだけど、度重なるテロ事件でずいぶん観光客も減ったことだろう。IS勢力の衰退もあるだろうが、2017年1月以後しばらく大きなテロが起きていない。トルコの対テロ監視能力は大きくアップしているはずだ。何もサウジアラビアの暗殺チームのための監視カメラではない。カショギ氏の事件を追及するのは、自国の「観光安全宣言」でもあると思う。
トルコは長いこと、シリア内戦で反政権派を支援してきた。トルコもカタールもスンナ派ムスリム勢力のムスリム同胞団を支持している。アサド政権の最大の対立勢力はムスリム同胞団だった。しかし、サウジアラビアやエジプトはムスリム同胞団をテロ組織と認定している。同じスンナ派勢力でも、「ねじれ」がある。トルコの最大の課題はクルド国家の樹立を阻むことだから、シリア北部で事実上のクルド自治区ができるくらいなら、アサド政権が全土を支配する方がずっとマシだと考えているだろう。ムハンマド皇太子の問題はもう一回別に。