尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

新海誠監督の新作「天気の子」

2019年08月21日 20時21分38秒 | 映画 (新作日本映画)
 2016年に公開された「君の名は。」がメガヒットとなって社会現象化してから早くも3年。新海誠監督の新作「天気の子」が7月19日に公開された。公開直後から3週連続で興行収入トップを記録したが、その後「劇場版 ONE PIECE STAMPEDE」や「ライオン・キング」に後れを取っている。まあ大ヒットは大ヒットで、興収100億を軽く突破しそうだが、前作ほどの「社会現象」とまでは言えない。前作以後で、すごく大きく盛り上がったのは「ボヘミアン・ラプソディ」だろう。どっちも「驚き」がヒットを加速させたけど、今では新海アニメが素晴らしいというのは、「驚き」というより「確認」の対象なのかもしれない。

 「天気の子」の映像は相変わらず美しい。見応えがある。そういう意味では満足できると思うが、問題は作品世界の設定。ここではその問題を中心に書いておきたい。僕がまず思い出したのは、ガルシア=マルケス「百年の孤独」と中村文則「」だった。後者は2018年に武正晴監督、村上虹郎、広瀬アリスで映画化されたが、いくら何でも暗すぎるかなと思って、ここでは紹介しなかった。この二つの小説をどうして思い出したのかは、作品内容に関わるから書かない。でも、監督は武正晴だったなと思い出し、「正しく晴れる」っていう名前かあと感じた。

 公開された頃は、まだ関東が梅雨明けしてなくて、今年はおかしいと皆が言っていた。7月末に明けると、今度は極めつけの猛暑となって、これじゃ来年の五輪はどうなるんだという話を皆がしている。何にしても、日本人が会うたびに話しているのは、参院選とか世界情勢なんかじゃなくて、「今年は異常気象だ」という話ばかり。そんなところへ「天気の子」。作品世界では雨が降り続き、8月に雪が降る。そこへ登場するのが「100%の晴れ女」。うーん、この発想に共感するとともに、あまりにも現実にはまりすぎたかという感じもしてしまう。それに猛暑の東京には「雨女」が欲しかったかも。

 今までの新海作品では「天と地を貫くもの」が描かれてきた。それは巨大な塔だったり、ロケットの打ち上げだったり、あるいは彗星の落下だったりもした、しかし今回の「雨雲から差し込む太陽の光」は、最も壮大で美しいと思う。今回のような「天気雨」みたいな光景は「デジャヴ感」がある。人為的に操作する能力だって、ありそうな気もしてくる。光と雨に彩られた東京の風景は、いつにもまして美しい。よく出てくる新宿周辺ドコモタワーに加えて、池袋周辺新国立競技場周辺も出てくる。また田端駅南口が印象的に使われる。100年前に芥川龍之介が住んでいたあたりだ。

 「天気の子」は家出少年が「真のテーマ」に巡り会うまでがかなり長い。主人公の追い詰められた描写を面白く見てたら、それがテーマじゃなかった。多くの大衆芸術では「時間との戦い」が課せられることが多い。「君の名は。」もそうだったし、ミステリーでもラブコメでも「何かの期限」に向かって主人公が疾走する姿が描かれる。でも今回は、時間的リミットがない。まあ考え方によってはあるとも言えるが、それは弱い。肝心の「気候変動」については、「地球はもともと狂ってる」のであって、人間にはもう防げない。映画のラストでは東京は大きな災厄に見舞われる。雨はもう何年も降り止まない。

 こんな「問題作」は珍しい。前作では多くの若者が手をつないで「大災厄」を防ごうとした。ファンタジー物語では、「ファンタジー界」でのヒロインの自己犠牲が世界を救うことが多い。物語の外にある「現実界」では、そのことによって初めてヒロインが日常生活にカムバック出来るのだ。しかし、今回は「ファンタジー界」での自己犠牲によって世界を救うことが出来ない。もう世界はずっと雨降りで、止められない。主人公たちは日常に回帰する以外にない。壮大で美しい映像の傑作アニメだが、その世界観にはペシミズムを感じてしまう。「気候変動」を正面から描いた問題作と言うわけである。

 RADWIMPSの音楽は、前作以上に力強い。見てない人の楽しみを奪うことになるから、具体的なストーリーはほとんど書かないことにしたい。。ただ、主人公の名前は「森嶋帆高」というのである。やはり「今年の名前」は「ほだか」になるかなと思った。もっとも漢字表記はラストまで判らないけど。なお、映画内で前作とのつながりが様々に暗示されているということだが、僕は関心がないし判らない。「世界破滅」ものは、多くは核戦争とか砂漠化のケースが多い。「マッドマックス」シリーズなど典型。しかし、日本では「日本沈没」は地殻変動によるものだが、やはり「水没」がテーマ。日本では破滅イメージは「水の過剰」なんだろうかと思った。アニメやファンタジーものの好き嫌いと別に、見ておくべき作品だ。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする