マーティン・スコセッシ監督の新作映画「アイリッシュマン」(The Irishman)は、素晴らしい出来映えだ。200分を超える超大作で、演技も撮影も素晴らしい。冒頭の音楽を聞いた瞬間に映画の世界に引きずり込まれる。ダブル主演のロバート・デ・ニーロ、アル・パチーノに加え、「グッド・フェローズ」でアカデミー助演男優賞のジョー・ペシもいい。脚本のスティーヴン・ザイリアンも「シンドラーのリスト」でアカデミー脚色賞を受賞した他、スコセッシの「ギャング・オブ・ニューヨーク」などでノミネートされている。監督、脚本、男優3人だけで、何回アカデミー賞にノミネートされているんだろうか。
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しかし、この映画を知らない人はまだ多いだろう。そんな映画ならヒットランキングに出ているかと思うと、それはない。近所のシネコンに行っても、この映画はやってない。東京のミニシアターで限定公開されているだけだ。それというのも、あまりに巨額の製作費に恐れをなして、多くの会社が手を引く中、最終盤になってNetflixが出資して完成したのである。従って、この映画はもうすぐ(11.27)ネット配信される。しかし、僕としては映画はやはり大スクリーンで見たいのである。
この映画の原作はミステリー作家チャールズ・ブラントのノンフィクションで、ハヤカワNF文庫から上下2巻で刊行されている。この本は実在人物の証言に基づき、「ジミー・ホッファ失踪の真相」を暴いた本である。もっと言えば、自分が殺したという証言である。それが真実のものと認められているか、僕はよく知らない。しかし、この映画は戦後アメリカ社会の暗部を驚くべき迫力で描き出している。ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノの迫力ある対決シーンだけでも、恐るべき迫力に心奪われてしまう。
この映画に出てくるジミー・ホッファという人物は何者か。かつてジャック・ニコルソンが主演した「ホッファ」(1992)という映画も作られている。簡単に言えば、ホッファは労働組合指導者なんだけど、裏でマフィアとつながっていたことで知られている。1930年代に全米トラック運転手組合(チームスター)に関わり始め、経営者に立ち向かうタフなり-ダーとして頭角を現した。1957年に3代目委員長に就任し、共和党や民主党に並ぶ影響力を誇った。50年代にはエルヴィスと、60年代にはビートルズと人気を競ったと映画内で言われている。それは言い過ぎだろうが、全米で誰もが知る人物だった。
(ジミー・ホッファ)
ホッファはなぜマフィアと深い関係を持ったのか。経営者がスト破りにギャングを使うのは洋の東西を問わず、ホッファは戦前から逆にマフィアに近づいたらしい。その後自分の勢力拡大にマフィアが有益だと気づいた。特にチームスター年金を一元化したことが大きい。支部ごとにバラバラだった組合年金を本部に統合し、運用を銀行任せにせず自分で行った。当時の銀行はギャンブル業界に融資しなかったため、チームスター年金がラスヴェガスを作ったと言われるらしい。一応運用組織があったが、事実上ホッファが年金を融資していて、マフィア絡みの娯楽施設にどんどん貸してリベートを取っていた。60年大統領選ではニクソンに献金し、ケネディ政権に憎まれ、年金不正、賄賂などで訴追された。結局懲役13年が確定し収監されたが、1971年にニクソン大統領によって特赦された。
映画はフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)の一代記として進行する。若いトラック運転手だったフランクは、車の故障をきっかけにラッセル・ブファリーノ(ジョー・ペシ)と知り合う。何者か判らなかったが、実は近辺のレストランを経営し裏ではマフィアという人物だった。フランクはアイルランド系だったが、イタリア戦線に従軍したためイタリア語が話せた。そのため「ジ・アイリッシュマン」と呼ばれて、仲間として認められて行く。次第に「家のペンキ塗り」(殺し屋の隠語)を任されるようになり、信頼を裏切らない働きをみせる。序盤は若造フランクの出世物語(ギャング界での)である。
(フランクとラッセル)
その頃身近に信頼できる相手がいなかったジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の元へ、フランクが抜てきされて付きそうようになった。信頼されて、あるチームスター支部の支部長にまで成り上がる。労働組合の話なんだけど、事実上裏でマフィアと話が通じている。政権とのつながりもあり、キューバ革命で失った利権を取り戻そうと動いている。しかし、ロバート・ケネディ司法長官の追求は鋭く、ホッファは下獄することになる。その間は身代わりを立てることになるが、特赦されて出てきてもかつての権勢が戻ってこない。マフィアとしては、何かと口うるさいホッファよりも、操縦しやすい身代わり委員長の方でいいのだ。こうしてホッファとマフィアの対立が深まっていく。
(法廷のホッファ)
そして1975年7月30日、ジミー・ホッファは失踪した。広範な捜査が行われたが、公式には今も真相は不明である。映画で描かれたような事実があったのか。それは判らないが、映画を見る限り「予告された殺人の記録」である。だが、超有名人だったホッファは自分が消されるとは思ってない。フランクは必死に説得するが、聞く耳を持たない。フランクは自分の本籍がマフィアなのだと悟ることになる。冒頭からフランクとラッセルが夫婦共々、結婚式に向かうドライブシーンが続き、その間に過去がはさまれている。次第に事態が見えてきて、緊迫感が高まる。非常に優れたシナリオだと思う。
世界には未解決の失踪事件がいくつかある。例えば、1967年3月26日にマレーシアで失踪したタイのシルク王ジム・トンプソン。1961年4月21日、ラオスで失踪した参議院議員(戦前の元日本陸軍参謀)辻政信らである。これらは様々な小説や映画などの題材になってきた。アメリカでは、このジミー・ホッファが一番有名で、やはり多くの映画・小説などで触れられている。ただしホッファ事件は国家の謀略ではなく、間違いなくマフィア絡みだろう。この映画(原作)の真実性は判断できないけど、映画としては「アイリッシュマン」が決定打である。スコセッシとしても、「タクシー・ドライバー」や「レイジング・ブル」を超えるとは言わないが、すごく良いと思う。「沈黙」とは比較出来ないけれど。
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しかし、この映画を知らない人はまだ多いだろう。そんな映画ならヒットランキングに出ているかと思うと、それはない。近所のシネコンに行っても、この映画はやってない。東京のミニシアターで限定公開されているだけだ。それというのも、あまりに巨額の製作費に恐れをなして、多くの会社が手を引く中、最終盤になってNetflixが出資して完成したのである。従って、この映画はもうすぐ(11.27)ネット配信される。しかし、僕としては映画はやはり大スクリーンで見たいのである。
この映画の原作はミステリー作家チャールズ・ブラントのノンフィクションで、ハヤカワNF文庫から上下2巻で刊行されている。この本は実在人物の証言に基づき、「ジミー・ホッファ失踪の真相」を暴いた本である。もっと言えば、自分が殺したという証言である。それが真実のものと認められているか、僕はよく知らない。しかし、この映画は戦後アメリカ社会の暗部を驚くべき迫力で描き出している。ロバート・デ・ニーロとアル・パチーノの迫力ある対決シーンだけでも、恐るべき迫力に心奪われてしまう。
この映画に出てくるジミー・ホッファという人物は何者か。かつてジャック・ニコルソンが主演した「ホッファ」(1992)という映画も作られている。簡単に言えば、ホッファは労働組合指導者なんだけど、裏でマフィアとつながっていたことで知られている。1930年代に全米トラック運転手組合(チームスター)に関わり始め、経営者に立ち向かうタフなり-ダーとして頭角を現した。1957年に3代目委員長に就任し、共和党や民主党に並ぶ影響力を誇った。50年代にはエルヴィスと、60年代にはビートルズと人気を競ったと映画内で言われている。それは言い過ぎだろうが、全米で誰もが知る人物だった。
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ホッファはなぜマフィアと深い関係を持ったのか。経営者がスト破りにギャングを使うのは洋の東西を問わず、ホッファは戦前から逆にマフィアに近づいたらしい。その後自分の勢力拡大にマフィアが有益だと気づいた。特にチームスター年金を一元化したことが大きい。支部ごとにバラバラだった組合年金を本部に統合し、運用を銀行任せにせず自分で行った。当時の銀行はギャンブル業界に融資しなかったため、チームスター年金がラスヴェガスを作ったと言われるらしい。一応運用組織があったが、事実上ホッファが年金を融資していて、マフィア絡みの娯楽施設にどんどん貸してリベートを取っていた。60年大統領選ではニクソンに献金し、ケネディ政権に憎まれ、年金不正、賄賂などで訴追された。結局懲役13年が確定し収監されたが、1971年にニクソン大統領によって特赦された。
映画はフランク・シーラン(ロバート・デ・ニーロ)の一代記として進行する。若いトラック運転手だったフランクは、車の故障をきっかけにラッセル・ブファリーノ(ジョー・ペシ)と知り合う。何者か判らなかったが、実は近辺のレストランを経営し裏ではマフィアという人物だった。フランクはアイルランド系だったが、イタリア戦線に従軍したためイタリア語が話せた。そのため「ジ・アイリッシュマン」と呼ばれて、仲間として認められて行く。次第に「家のペンキ塗り」(殺し屋の隠語)を任されるようになり、信頼を裏切らない働きをみせる。序盤は若造フランクの出世物語(ギャング界での)である。
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その頃身近に信頼できる相手がいなかったジミー・ホッファ(アル・パチーノ)の元へ、フランクが抜てきされて付きそうようになった。信頼されて、あるチームスター支部の支部長にまで成り上がる。労働組合の話なんだけど、事実上裏でマフィアと話が通じている。政権とのつながりもあり、キューバ革命で失った利権を取り戻そうと動いている。しかし、ロバート・ケネディ司法長官の追求は鋭く、ホッファは下獄することになる。その間は身代わりを立てることになるが、特赦されて出てきてもかつての権勢が戻ってこない。マフィアとしては、何かと口うるさいホッファよりも、操縦しやすい身代わり委員長の方でいいのだ。こうしてホッファとマフィアの対立が深まっていく。
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そして1975年7月30日、ジミー・ホッファは失踪した。広範な捜査が行われたが、公式には今も真相は不明である。映画で描かれたような事実があったのか。それは判らないが、映画を見る限り「予告された殺人の記録」である。だが、超有名人だったホッファは自分が消されるとは思ってない。フランクは必死に説得するが、聞く耳を持たない。フランクは自分の本籍がマフィアなのだと悟ることになる。冒頭からフランクとラッセルが夫婦共々、結婚式に向かうドライブシーンが続き、その間に過去がはさまれている。次第に事態が見えてきて、緊迫感が高まる。非常に優れたシナリオだと思う。
世界には未解決の失踪事件がいくつかある。例えば、1967年3月26日にマレーシアで失踪したタイのシルク王ジム・トンプソン。1961年4月21日、ラオスで失踪した参議院議員(戦前の元日本陸軍参謀)辻政信らである。これらは様々な小説や映画などの題材になってきた。アメリカでは、このジミー・ホッファが一番有名で、やはり多くの映画・小説などで触れられている。ただしホッファ事件は国家の謀略ではなく、間違いなくマフィア絡みだろう。この映画(原作)の真実性は判断できないけど、映画としては「アイリッシュマン」が決定打である。スコセッシとしても、「タクシー・ドライバー」や「レイジング・ブル」を超えるとは言わないが、すごく良いと思う。「沈黙」とは比較出来ないけれど。