尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

中国映画の傑作「春江水暖」、現代の山水画

2021年03月02日 22時28分07秒 |  〃  (新作外国映画)
 グー・シャオガン監督のデビュー作「春江水暖」はチラシで「驚嘆の傑作」と宣伝している。さて実際はどうなのかと言うと、見始めて少ししたら背筋を伸ばして刮目して見ることになる大傑作だ。何しろ映像が素晴らしく、カメラワークも超絶的。しかし単に映像美で見せる映画ではなく、現代中国の家族の変遷をじっくりと描き出す。そこが非常に興味深い。150分もある長い映画だが、2年間を掛けてロケしただけの素晴らしい映像を堪能できる。

 冒頭で一族が祖母の誕生日に集まっている。4人の男子がいるが、それぞれ境遇は様々で人生の浮き沈みがある。映画はたびたび大河を映し出すが、これは「富春江」と紹介される。町の名前は「富陽」である。場所が今ひとつ判らなかったが、後で調べると浙江省の省都・杭州だった。富陽は今は杭州市だが、元々は西にある町である。杭州湾に注ぐ銭塘江の異名が富春江だという。町は今再開発が進んでいて、アジア大会というセリフがある。知らなかったのだが、次回の2022年の開催地が杭州で、次々回がが名古屋・愛知県共催だった。

 監督は映画の舞台に住み、自分の知人をキャスティングして「現代の山水画」を取ろうと試みた。カメラは極端に長い移動を続ける。こんなすごいパンニングはちょっと思い出せない。特にジャン先生とグーシーの恋人同士を撮るシーン。ジャンは留学していたのに戻ってきて教師をしている。グーシーは冒頭の祖母の孫で幼稚園で働いている。二人の結婚はグーシーの両親に反対されているが二人の決意は固い。ジャンは川を泳ぐと言いだし、競争しようという。ジャンが泳ぎグーシーが上の道を歩く様子をカメラは延々とパンし続ける。泳ぎ終わっても、そのまま船に乗るまでカメラはずっと追い続ける。映画史上に残るような素晴らしいシーンだと思う。
(グーシーとジャン)
 この手法は14世紀の山水画の傑作「富春山居図」にインスピレーションを得たという。つまり絵巻物をめくるような感覚である。2年間にわたって季節を変えて撮影されていて、雪や霧、夜のシーンが美しい。まさに「山水画」の世界を現代に再現したような映像に感銘が深い。しかし、監督は単に故郷を美しく撮りたかったのではない。最近の中国の若い作家たち、ビー・ガンの凱里(貴州省)や故フー・ボーの大同なども故郷を舞台にしている。それらは現代中国の変貌を静かに見つめている。中国映画が広く世界で評価された30年ほど前には、「抗日戦争」や「文化大革命」といった「大きな歴史」が描かれることが多かったが、今はそういう時代ではない。
(グー・ジャオガン監督)
 映画で描かれる顧(グー)家の祖母は2度結婚して、言われるままに杭州に来た。男の子が4人いるのは、「一人っ子政策」以前なのである。4人のうち1人は未婚で、残り3人は結婚したが、子どもは一人だから孫は3人になる。その中の一人はダウン症である。その親の三男は離婚して障害児を抱えている。バクチに手を出して、兄弟に借金をしている困り者だ。長男は料理店を経営しているが、母を介護して妻が大変。お金のこともあって、子どものグーシーには教師ではなく金持ちと結婚して欲しい。次男は漁師で舟で暮らしている。

 人間関係が飲み込めてくると、どこも同じ「親の介護」と「子どもの結婚」で悩んでいる。一人っ子政策は終わったが、今後「一人っ子」が両親を支える時代がやって来る。その子どもが障害者だったら、さらに大変だろう。障害者対策は遅れている感じだった。それでも新しい風も吹いている。自分の意思で結婚相手を見つけるのは、昔はなかったと言われている。外観的にはビルが建ち並び、セリフでは地下鉄が杭州まで通じると言っている。

 しかし、家族関係などはなかなか変わらない。今の中国で党の政策を告発する映画は作れないだろう。今後も家族の移り変わりを見つめて、時代の変化を記録するアート映画が多くなるだろう。小津や成瀬を超える才能が現れる可能性を期待したい。なお、「水上生活者」はかつての日本には多くいて、昔の映画には時々出て来るが、今の中国にもたくさんいるようで興味深かった。またジャン先生は山水画を生徒に見せて、特徴を英語で言わせる授業をしていた。それは日本でも生かせる行かせるような優れた取り組みだと思った。
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