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尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画「夏時間」、韓国女性監督の傑作

2021年03月30日 22時28分13秒 |  〃  (新作外国映画)
 渋谷ユーロスペースで上映されている「夏時間」は傑作だった。予想以上に魅力があったので書いて紹介しておきたい。2020年公開の大傑作、キム・ボラ監督「はちどり」と同じく、今回の「夏時間」を作ったのも若い女性監督ユン・ダンビ(1990~)である。タッチも似ている。日常生活を静かに見つめていく中に、家族のあり方を繊細に描き出す。大きなドラマもないような日々のリズムを堪能しているうちに、背後に家族の葛藤が潜んでいることが判ってくる。

 冒頭でアパートに一人の娘オクジュ(高校生か中学生ぐらい)がいる。父親が夏休みに祖父の家に行こくんだと急かしている。小さな弟ドンジュも入れて3人が車に乗り込んで、ソウルの町を駆けていく。そのリズムに浸りながら、父が「広い家だ」と言うから自然豊かな村へ行くもんだと思っていたら…。それは確かに元のアパートよりは大きいけれど、町中にある普通の家だった。そこにいる祖父は夏バテして病院に行っている。最初は不満そうな顔をしていたオクジュだが、夜になれば二階に蚊帳を吊って、一緒に寝たいという弟を追い出して一日が終わる。

 母親はどうしたんだろう。父親は何をしているのか。そういうことは説明されないが、やがて段々感じ取っていく。夏休みに帰省したんじゃなくて、暮らしが立たなくなって親のところに転がり込んだのである。そのうち、叔母(父の妹)までワケありで転がり込んでくる。料理を作ったり、庭で唐辛子を摘んだり、姉と弟のケンカ、叔母さんとの語らい、そんなあれこれを描き出しながら、祖父はだんだん衰えていく。オクジュにはカレシもいるけど、向こうからは連絡がない。弟は母親に会いたがるが、オクジュは絶対に会いたくない。なんだか不満いっぱいの夏が過ぎていく。
(オクジュ役のチェ・ジョンウン)
 チラシからコピーすると、「緑色の庭夏の西陽風に揺れる蚊帳懐かしいミシン真っ赤なスイカ午睡の夢――」。なんだか懐かしい暮らしが描かれる。姉オクジュを演じるチェ・ジョンウンは監督が見つけて抜てきしたというが、本当に素晴らしい。彼女の不満、不審、笑顔や涙を見るための映画と言いたいぐらいだ。弟のドンジュ役のパク・スンジュンは「愛の不時着」にも出ていたという子役だというが、こちらも本当に素晴らしい。特に踊るからと言ってダンスする2回のシーンは、心に残る。
(祖父とドンジュ)
 「夏休み映画」は今までに数多い。台湾のホウ・シャオシェン監督「冬冬の夏休み」、相米慎二監督「夏の庭」、ロブ・ライナー監督「スタンド・バイ・ミー」、大林宣彦監督「HOUSE」、それにエリック・ロメール監督の数多いバカンス映画。日本の「部活映画」は大体夏の大会が中心になるし、アメリカでは高校卒業後の夏を描く青春映画がいっぱいある。それらに比べて「夏時間」はちょっと違った感じがする。
(ユン・ダンビ監督)
 描くのは「家族」であって、「夏休み」映画にはよく出てくる学校の友人が出て来ない。いや、オクジュのボーイフレンドは学校の知り合いなんだろうけど、映画はほぼ祖父の家をめぐって進行する。この家はインチョン(仁川)にある実在の古い民家だそうだ。二階に上る階段に扉があるなど、日本から見てちょっと不思議。広いようで、叔母も来れば誰かが同じ部屋になる。庭は家庭菜園が実っているが、映画用に整備したという。この家が素晴らしい存在感で、「冬冬の夏休み」を思い出した。海外評でも小津安二郎ホウ・シャオシェンを思い出すという声が高い。心に沁みる映画を作る女性監督がまた一人韓国で生まれた。
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