『ナワリヌイ』というドキュメンタリー映画が上映されている。まあ僕も映画というより、国際問題理解のために見たようなもんだけど、その内容の凄さに絶句した。チラシには「プーチンが最も恐れた男」とある。最もかどうかはともかく、ナワリヌイが殺されかけたのは間違いない。2020年8月20日に起こったその事件に関しては、以前「恐怖のノビチョクーロシアのナバリヌイ氏暗殺未遂事件」(2020.9.8)を書いた。その時点では「ナバリヌイ」と表記したが、ここでは映画に従って「ナワリヌイ」と表記したい。ラテン文字では「Aleksei Anatolievich Navalny」である。

ロシア反体制派として世界に知られるアレクセイ・ナワリヌイ(1976~)は2009年以後に知られるようになった。もともとは弁護士で、民主主義政党「ヤブロコ」の党員だったという。やがて党を除名され、個人で活動するようになったが、政府や大企業幹部のスキャンダルを暴露して知られるようになった。2013年のモスクワ市長選に出馬して予想以上の善戦をして、政権の脅威と見なされるようになった。そのため何度も逮捕、起訴され、横領罪や詐欺罪などの罪を着せられている。2018年の大統領選に立候補しようとしたが、選挙管理委員会から立候補資格はないと判断された。
映画は2020年8月20日の暗殺未遂を当時の映像で追っていく。ナワリヌイは西シベリアのトムスクからモスクワへ移動中の飛行機内で、突然昏睡状態に陥った。機体はオムスクに緊急着陸し、救急病院に搬送されたが、そこでもナワリヌイは意識不明だった。やがて病院側の反対を振り切ってドイツの病院へ移送され、そこで奇跡的に回復を遂げた。また24日にドイツの医師が毒物中毒であると発表し、9月2日にはドイツ政府が毒物はノビチョクであると証明されたと発表した。映画は飛行機内の緊迫を当時の画像で追うが、当時の衰弱ぶりを見ると回復はまさに奇跡だと思う。
(病室で)
ノビチョクというのはロシアが望ましからざる人物を排除するときに使ってきた神経性毒物である。だから、このナワリヌイ暗殺未遂もロシア政府が関わっていたと推認できるわけだが、普通に考えてその論証は難しい。真相は闇の中へ葬られると誰もが予想していたわけだが、この映画を見るとナワリヌイ自身がその真相追究にチャレンジしている。協力者がいて、最初はどこかの国のエージェント(CIAやMI6のような)かと警戒したが、どちらかと言えば「パソコンオタク」みたいな人物だと見極めた。それは調査報道を行う「ベリングキャット」らしい。
「ベリングキャット」はハッキング等は行わず、公開された情報のみを使うということだが、果たしてそれだけでここまで解明出来るのだろうか。そう思うぐらい、この映画で明かされた真相はすさまじい。まず、ナワリヌイと同様に飛行機で移動を繰り返す人を見つける。それらの人物は何者か。彼らはロシアのある病院(実は化学兵器製造施設)に関わっていた。やがて、個人名が特定され、それどころか携帯電話の番号まで突き止める。ホントにそんなことが可能なのか。
そして、ついにナワリヌイ自身が彼らに電話してみたのである。そして驚くべし。何と一人の医者が「報告書を書かないといけないから、失敗の原因を教えてくれ」という問いに答えてしまった。その時の答えは、計画は万全だったのだが、途中で飛行機が緊急着陸するのが想定外だったというものだ。「失敗」は情報機関外部の事情で起こったと弁明したわけである。他の人は答えずにすぐに切ってしまったが、どうやら携帯電話番号は当たっていたらしい。この答えた医師はどうなったか。映画内では映画が公開されたら殺される、その前に亡命を申し出ると語られているが、実際どうなったかは不明である。
(電話がヒット!右は夫人)
この暗殺計画は3年間準備されたという。当初は紅茶に入れられたと言われたが(紅茶しか摂取していなかったので)、映画ではパンツに仕掛けられたと言われている。最近よく見るペスコフ報道官は、この主張を「パンツに対するフロイト的執着」などと言っている。常識的に考えて、もともとロシア政府の関与は否定出来ないものだったが、それは事実だったと考えるべきだろう。映画だからフィクションや宣伝だろうと考える余地はない。刑事裁判で証拠にはならないが、政治的には証明されたと言って良い。内容的にプーチン自身の承認なくして起こりえないことも示唆される。当然だろう。
ナワリヌイは完治まで静養したが、2021年1月17日に帰国を強行した。空港には支持者が詰めかけた様子が映像で示されるが、ナワリヌイは彼らの前に現れることが出来なかった。そのまま拘束され、執行猶予条件違反で刑務所に収容され、2022年3月に懲役9年が宣告された。今もなお拘束が続くが、獄中からウクライナ戦争反対を発信している。プーチンの「宮殿」と言われる黒海沿岸にリゾートなどの映像も発信して、反プーチン活動を続けている。しかし、生命の危機に見舞われているのは間違いない。
2021年に「サハロフ賞」(欧州議会が設定した国際的人権賞)を受賞したが、式典には娘が代理で出席した。この映画を見ると、家族がナワリヌイを支援し続けていることが感動的だ。とにかく、ここまでやるか的な映画で、プーチン政権の本質を考える時にも是非見ておきたい映画だと思う。監督のダニエル・ロアーは『ザ・バンドかつて僕らは兄弟だった』というドキュメンタリー映画を作った人だという。
(サハロフ賞授賞式で)

ロシア反体制派として世界に知られるアレクセイ・ナワリヌイ(1976~)は2009年以後に知られるようになった。もともとは弁護士で、民主主義政党「ヤブロコ」の党員だったという。やがて党を除名され、個人で活動するようになったが、政府や大企業幹部のスキャンダルを暴露して知られるようになった。2013年のモスクワ市長選に出馬して予想以上の善戦をして、政権の脅威と見なされるようになった。そのため何度も逮捕、起訴され、横領罪や詐欺罪などの罪を着せられている。2018年の大統領選に立候補しようとしたが、選挙管理委員会から立候補資格はないと判断された。
映画は2020年8月20日の暗殺未遂を当時の映像で追っていく。ナワリヌイは西シベリアのトムスクからモスクワへ移動中の飛行機内で、突然昏睡状態に陥った。機体はオムスクに緊急着陸し、救急病院に搬送されたが、そこでもナワリヌイは意識不明だった。やがて病院側の反対を振り切ってドイツの病院へ移送され、そこで奇跡的に回復を遂げた。また24日にドイツの医師が毒物中毒であると発表し、9月2日にはドイツ政府が毒物はノビチョクであると証明されたと発表した。映画は飛行機内の緊迫を当時の画像で追うが、当時の衰弱ぶりを見ると回復はまさに奇跡だと思う。

ノビチョクというのはロシアが望ましからざる人物を排除するときに使ってきた神経性毒物である。だから、このナワリヌイ暗殺未遂もロシア政府が関わっていたと推認できるわけだが、普通に考えてその論証は難しい。真相は闇の中へ葬られると誰もが予想していたわけだが、この映画を見るとナワリヌイ自身がその真相追究にチャレンジしている。協力者がいて、最初はどこかの国のエージェント(CIAやMI6のような)かと警戒したが、どちらかと言えば「パソコンオタク」みたいな人物だと見極めた。それは調査報道を行う「ベリングキャット」らしい。
「ベリングキャット」はハッキング等は行わず、公開された情報のみを使うということだが、果たしてそれだけでここまで解明出来るのだろうか。そう思うぐらい、この映画で明かされた真相はすさまじい。まず、ナワリヌイと同様に飛行機で移動を繰り返す人を見つける。それらの人物は何者か。彼らはロシアのある病院(実は化学兵器製造施設)に関わっていた。やがて、個人名が特定され、それどころか携帯電話の番号まで突き止める。ホントにそんなことが可能なのか。
そして、ついにナワリヌイ自身が彼らに電話してみたのである。そして驚くべし。何と一人の医者が「報告書を書かないといけないから、失敗の原因を教えてくれ」という問いに答えてしまった。その時の答えは、計画は万全だったのだが、途中で飛行機が緊急着陸するのが想定外だったというものだ。「失敗」は情報機関外部の事情で起こったと弁明したわけである。他の人は答えずにすぐに切ってしまったが、どうやら携帯電話番号は当たっていたらしい。この答えた医師はどうなったか。映画内では映画が公開されたら殺される、その前に亡命を申し出ると語られているが、実際どうなったかは不明である。

この暗殺計画は3年間準備されたという。当初は紅茶に入れられたと言われたが(紅茶しか摂取していなかったので)、映画ではパンツに仕掛けられたと言われている。最近よく見るペスコフ報道官は、この主張を「パンツに対するフロイト的執着」などと言っている。常識的に考えて、もともとロシア政府の関与は否定出来ないものだったが、それは事実だったと考えるべきだろう。映画だからフィクションや宣伝だろうと考える余地はない。刑事裁判で証拠にはならないが、政治的には証明されたと言って良い。内容的にプーチン自身の承認なくして起こりえないことも示唆される。当然だろう。
ナワリヌイは完治まで静養したが、2021年1月17日に帰国を強行した。空港には支持者が詰めかけた様子が映像で示されるが、ナワリヌイは彼らの前に現れることが出来なかった。そのまま拘束され、執行猶予条件違反で刑務所に収容され、2022年3月に懲役9年が宣告された。今もなお拘束が続くが、獄中からウクライナ戦争反対を発信している。プーチンの「宮殿」と言われる黒海沿岸にリゾートなどの映像も発信して、反プーチン活動を続けている。しかし、生命の危機に見舞われているのは間違いない。
2021年に「サハロフ賞」(欧州議会が設定した国際的人権賞)を受賞したが、式典には娘が代理で出席した。この映画を見ると、家族がナワリヌイを支援し続けていることが感動的だ。とにかく、ここまでやるか的な映画で、プーチン政権の本質を考える時にも是非見ておきたい映画だと思う。監督のダニエル・ロアーは『ザ・バンドかつて僕らは兄弟だった』というドキュメンタリー映画を作った人だという。
