ちょっと時間が経ってしまったが、ピーター・ブルック(Peter Stephen Paul Brook)が7月2日に亡くなった。1925.3.21~2022.7.2、97歳と長命だった。イギリスの演出家であり、映画監督もずいぶんしている。ロイヤル・シェイクスピア・カンパニーの活動で有名になったけれど、フランスでの活動も多かった。20世紀後半、最も知られた演劇、オペラの演出家の一人で、とても刺激的な存在だった。書きたいことが幾つかあるので、やはり特別に一回書いておきたい。
ピーター・ブルックを有名にしたのは、70年の『夏の夜の夢』だった。それまでの演出と大きく違って、空中ブランコなどを使う祝祭空間のような斬新さが衝撃を与えた。というか、そういう風に当時の新聞に出ていた。中学生、高校生の頃だけど、新聞は隅々まで読んでいたから知ったのである。72年だったと思うけど、来日公演が行われたが、高校生の僕はもちろん行ってない。映画のロードショーだって、たまの贅沢だった頃である。でも、テレビで見た覚えがある。NHK教育テレビでやっていた。(地デジ前は3チャンネルである。)これが本当に素晴らしく、どんな演出も可能なんだと深く印象付けられたのである。
(「夏の夜の夢」)
映画としては、略称『マラー/サド』が1968年のキネ旬外国映画4位に入っていた。ATG(アートシアター)で公開された映画である。これは数年の差で同時代には見てない。何かで知って、是非見たいと思った。そして、どこかで一回だけ見た記憶がある。もともとはドイツの劇作家ペーター・ヴァイスによって1964年に書かれた戯曲である。正式名称を『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者によって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』という。名前通りの映画で、1793年に過激な革命家マラーが暗殺された事件を、1808年のフランスでサド侯爵が入院患者を演出して上演するという設定である。
(「マラー/サド」)
実際に当時のシャラントン精神病院では治療の一環として、演劇療法みたいな試みを行っていて、サドも台本を書いていたという。何重にも入り組んだ作品で、革命の時代に徹底した「革命主義」のマラーと徹底した「個人主義」のサドの思想的対決を劇中劇も含めて描き出す。いかにも60年代の政治と革命の季節にふさわしい危険なテーマである。これを1964年にイギリスで上演したのがブルックだった。そして1967年には映画化もしたのである。この劇は数年前に実際の精神病者が演じるイタリアの劇を見に行ったが、今も面白いと思う。上演は大変かもしれないが、この映画だけでもどこかでまた見たい。
もう一つ、僕がまた見てみたいブルックの映画がある。それがグルジェフの原作をもとにした『注目すべき人々との出会い』(1979)という映画である。日本でも1982年に公開されている。多分、渋谷の旧ユーロスペースではなかったか。ゲオルギー・グルジェフ(1866~1949)は、独自の精神世界を追求した著述家、舞踏家、教育家である。ギリシャ人の父とアルメニア人の母の間に生まれ、ロシア革命後は西欧各国やアメリカで活動した。日本ではシュタイナー教育で知られるルドルフ・シュタイナーの方が有名だが、精神世界への傾倒、独自の舞踏(シュタイナーはオイリュトミー、グルジェフは「神聖舞踏」)を創始するなど共通性が多い。
『注目すべき人々との出会い』はグルジェフの自伝的な原作の映画化で、精神的放浪を続ける主人公を描く。グルジェフは古代から続く秘密教団を求めて驚くべき冒険の旅をすることになる。なかなか面白かったので、めるくまーる社から星川淳訳で出た原作も買ったはずである。(多分読んでない。)80年代は「精神世界」へ大きな注目が寄せられた。オウム事件以後、そういう関心がグッと引いてしまったが、代わって功利的、自己責任一本槍の社会になってしまった。この映画もまた、もう一回見てグルジェフという人を考えてみたい。ブルックは『グルジェフ-神聖舞踏』(1984)というドキュメンタリーも作っている。未公開だと思う。
(『注目すべき人々との出会い』)
映画ではベストテンに入った『雨のしのび逢い』(1960)もある。マルグリット・デュラスの『モデラート・カンタービレ』の映画化で、主人公を演じたジャンヌ・モローが素晴らしい。他にも、ノーベル賞作家ゴールディング原作の『蝿の王』、演劇で大評判になった『マハーバーラタ』など、興味深い未公開作品がたくさんある。演劇公演の記録映像もかなりあるようだし、ピーター・ブルックの全貌を見せてくれる回顧展を開いて欲しいなと思う。日本人では笈田ヨシが直接指導を受けてフランスで活動している。『マハーバーラタ』の演出に加わった他、近年ではスコセッシ監督の『沈黙』に出演していた。
来日公演も多く、僕も確か2回見ているけれど、あまり面白くなかった。確か2012年に『魔笛』を見たはずだが、特に刺激的な舞台でもなかったと思う。もともと奇をてらった演出ばかりしたわけじゃないようだ。ただ、60年代から80年代にかけては世界で最も注目すべき演劇人だったと言える。長生きしすぎて、全盛期を知らない人が増えていると思うけど、映画なら残っている。特集上映企画を望む気持ちから、あえて記事を書いた次第。
ピーター・ブルックを有名にしたのは、70年の『夏の夜の夢』だった。それまでの演出と大きく違って、空中ブランコなどを使う祝祭空間のような斬新さが衝撃を与えた。というか、そういう風に当時の新聞に出ていた。中学生、高校生の頃だけど、新聞は隅々まで読んでいたから知ったのである。72年だったと思うけど、来日公演が行われたが、高校生の僕はもちろん行ってない。映画のロードショーだって、たまの贅沢だった頃である。でも、テレビで見た覚えがある。NHK教育テレビでやっていた。(地デジ前は3チャンネルである。)これが本当に素晴らしく、どんな演出も可能なんだと深く印象付けられたのである。
(「夏の夜の夢」)
映画としては、略称『マラー/サド』が1968年のキネ旬外国映画4位に入っていた。ATG(アートシアター)で公開された映画である。これは数年の差で同時代には見てない。何かで知って、是非見たいと思った。そして、どこかで一回だけ見た記憶がある。もともとはドイツの劇作家ペーター・ヴァイスによって1964年に書かれた戯曲である。正式名称を『マルキ・ド・サドの演出のもとにシャラントン精神病院患者によって演じられたジャン=ポール・マラーの迫害と暗殺』という。名前通りの映画で、1793年に過激な革命家マラーが暗殺された事件を、1808年のフランスでサド侯爵が入院患者を演出して上演するという設定である。
(「マラー/サド」)
実際に当時のシャラントン精神病院では治療の一環として、演劇療法みたいな試みを行っていて、サドも台本を書いていたという。何重にも入り組んだ作品で、革命の時代に徹底した「革命主義」のマラーと徹底した「個人主義」のサドの思想的対決を劇中劇も含めて描き出す。いかにも60年代の政治と革命の季節にふさわしい危険なテーマである。これを1964年にイギリスで上演したのがブルックだった。そして1967年には映画化もしたのである。この劇は数年前に実際の精神病者が演じるイタリアの劇を見に行ったが、今も面白いと思う。上演は大変かもしれないが、この映画だけでもどこかでまた見たい。
もう一つ、僕がまた見てみたいブルックの映画がある。それがグルジェフの原作をもとにした『注目すべき人々との出会い』(1979)という映画である。日本でも1982年に公開されている。多分、渋谷の旧ユーロスペースではなかったか。ゲオルギー・グルジェフ(1866~1949)は、独自の精神世界を追求した著述家、舞踏家、教育家である。ギリシャ人の父とアルメニア人の母の間に生まれ、ロシア革命後は西欧各国やアメリカで活動した。日本ではシュタイナー教育で知られるルドルフ・シュタイナーの方が有名だが、精神世界への傾倒、独自の舞踏(シュタイナーはオイリュトミー、グルジェフは「神聖舞踏」)を創始するなど共通性が多い。
『注目すべき人々との出会い』はグルジェフの自伝的な原作の映画化で、精神的放浪を続ける主人公を描く。グルジェフは古代から続く秘密教団を求めて驚くべき冒険の旅をすることになる。なかなか面白かったので、めるくまーる社から星川淳訳で出た原作も買ったはずである。(多分読んでない。)80年代は「精神世界」へ大きな注目が寄せられた。オウム事件以後、そういう関心がグッと引いてしまったが、代わって功利的、自己責任一本槍の社会になってしまった。この映画もまた、もう一回見てグルジェフという人を考えてみたい。ブルックは『グルジェフ-神聖舞踏』(1984)というドキュメンタリーも作っている。未公開だと思う。
(『注目すべき人々との出会い』)
映画ではベストテンに入った『雨のしのび逢い』(1960)もある。マルグリット・デュラスの『モデラート・カンタービレ』の映画化で、主人公を演じたジャンヌ・モローが素晴らしい。他にも、ノーベル賞作家ゴールディング原作の『蝿の王』、演劇で大評判になった『マハーバーラタ』など、興味深い未公開作品がたくさんある。演劇公演の記録映像もかなりあるようだし、ピーター・ブルックの全貌を見せてくれる回顧展を開いて欲しいなと思う。日本人では笈田ヨシが直接指導を受けてフランスで活動している。『マハーバーラタ』の演出に加わった他、近年ではスコセッシ監督の『沈黙』に出演していた。
来日公演も多く、僕も確か2回見ているけれど、あまり面白くなかった。確か2012年に『魔笛』を見たはずだが、特に刺激的な舞台でもなかったと思う。もともと奇をてらった演出ばかりしたわけじゃないようだ。ただ、60年代から80年代にかけては世界で最も注目すべき演劇人だったと言える。長生きしすぎて、全盛期を知らない人が増えていると思うけど、映画なら残っている。特集上映企画を望む気持ちから、あえて記事を書いた次第。