尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

映画『ベイビー・ブローカー』、是枝裕和監督の韓国映画

2022年07月18日 22時56分38秒 |  〃  (新作外国映画)
 是枝裕和監督が韓国で製作した『ベイビー・ブローカー』(브로커)をようやく数日前に見た。もちろん見応えのある作品だったが、多少評価が難しい。ソン・ガンホカンヌ映画祭男優賞を受賞したが、特に一人だけ傑出しているわけではない。むしろ主要人物にアンサンブル演技賞を出したいような映画だった。カンヌに出た韓国映画は『パラサイト 半地下の家族』など作品自体の評価が高く、今まで俳優に賞が回ってこなかった。ソン・ガンホを深く印象づけた『殺人の追憶』(2003)や『大統領の理髪師』(2004)の頃は、まだカンヌに出ていなかった。だから、今回は長年の活躍への功労賞みたいなものだろう。

 ホームページからコピーすると、以下のような物語である。「古びたクリーニング店を営みながらも借金に追われるサンヒョンソン・ガンホ)と、〈赤ちゃんポスト〉がある施設で働く児童養護施設出身のドンスカン・ドンウォン)。ある土砂降りの雨の晩、彼らは若い女ソヨンイ・ジウン)が〈赤ちゃんポスト〉に預けた赤ん坊をこっそりと連れ去る。彼らの裏稼業は、ベイビー・ブローカーだ。しかし、翌日思い直して戻ってきたソヨンが、赤ん坊が居ないことに気づき警察に通報しようとしたため、2人は仕方なく白状する。「赤ちゃんを大切に育ててくれる家族を見つけようとした」という言い訳にあきれるソヨンだが、成り行きから彼らと共に養父母探しの旅に出ることに。一方、彼らを検挙するためずっと尾行していた刑事スジンぺ・ドゥナ)と後輩のイ刑事イ・ジュヨン)は、是が非でも現行犯で逮捕しようと、静かに後を追っていくが…。
(カンヌ映画祭で) 
 原題、英語題はただの「ブローカー」だが、日本題には「ベイビー」が加わっている。そこら辺の語感の違いはよく判らないけど、「ベイビー」がないと何のブローカーだか判らない。赤ちゃんを買おうという「客」や児童養護施設の子どもたちなど、もちろん他の登場人物はいるけれど、先の紹介文に出て来る5人がほぼ出突っ張りである。もっともブローカー側と警察側は最後になるまで交わらないけれど。そもそも何でスジン刑事たちが張っているかというと、教会を舞台にした大々的な人身売買組織を疑っているらしい。警察内部で軽んじられる部署にいるスジンらは、ここらで大きな手柄を立てたいと目星を付けていたのである。
(ソン・ガンホとカン・ドンウォン)
 しかし、実態はそこまで大きなものではなく、教会の臨時職員ドンスが時々受け入れられない赤ちゃんをサンヒョンと組んであっせん先を探しているという程度らしい。サンヒョンはギャンブルの借金を抱えて、ヤバい人たちに追われている。だから、何とか今度の取引を成功させたい。元々の舞台はプサンだが、そこから蔚珍(ウルチン)へボロ自動車で出掛けていく。そこに母親のソヨンも同乗して行くことで、面白みが増すわけである。しかし、これはよくよく考えると、結構無理筋じゃないか。警察がずっとつけ回すほどの大事件とも思えず、何としても現行犯で逮捕して手柄にしたいというのがよく判らない。サンヒョンは金が欲しいだろうが、ドンスの役割も良く判らない。さらに実の母親が付いて回るのも謎。という具合で話に不自然さを感じる。
(「客」を求めて右往左往)
 是枝監督は『万引き家族』でパルムドールを得て以後、フランスで『真実』(2019)、韓国で『ベイビー・ブローカー』(2022)と外国で作っている。そういう試みが可能になったのだろう。スジン刑事役のペ・ドゥナは、前に『空気人形』(2009)で組んでいるが、その時は人形役だったから次は人間役でと約束していたらしい。またソン・ガンホカン・ドンウォンとは、海外の映画祭での交流が出演につながったという。最初に決まった3人は「宛て書き」された感じである。だから、ソン・ガンホ、カン・ドンウォンのコンビは幾分不自然だが、やむを得ない部分がある。
(母親役のイ・ジウン)
 そこに後から加わった2人の若い女優が素晴らしい。特に母親のムン・ソヨンを演じたイ・ジウンの存在感が圧倒的だ。僕は詳しくないのだが、歌手としてはIU(アイユー)として活躍していて、ウィキペディアには「韓国で「国民の妹」と称されるほどの絶大な人気を誇る国民的歌姫」とある。ものすごく多くのヒット曲があるが、同時に本名でテレビドラマに出るなど俳優としても活躍。是枝監督は「ドラマ『マイ・ディア・ミスター~私のおじさん~』を見て彼女にハマり、後半はイ・ジウンさんが登場するシーンはずっと泣いているような状況で、もうこの人しかいないと思って、オファーしました。」とコメントしている。

 『野球少女』や『梨泰院クラス』のイ・ジュヨンも素晴らしい。ソン・ガンホの男優賞は代表受賞であって、イ・ジウンにも女優賞を出してあげたい。そして、この映画は典型的なロード・ムーヴィーになっている。今までの作品もロード・ムーヴィー的ではあったけど、本格的なものとしては初めてだ。韓国の海辺の町、あるいはプサンやソウルなどを印象深く映し出している。撮影は『流浪の月』を見たばかりのホン・ギョンピョで、この映画も素晴らしい。このように、俳優も撮影も素晴らしくて満足出来るのに、作品全体にはどこか不自然さが感じられるように思われる。

 それは何だろうと考えてみると、「子どもの描き方」ではないかと思う。『誰も知らない』『万引き家族』のような圧倒的傑作にあった「冷徹さ」がないのである。次第に事情が判ってくるに連れ、観客だけでなく、登場人物どうしも情が移ってしまった感じ。その結果、何だか温かな終わり方になった。それでもいいんだけど、もっと厳しい映画を作ってきた記憶からすれば、今ひとつ感がある。まあ、その結果、ラスト近くの遊園地での映画史に残る観覧車シーンが生まれたとも言える。観覧車映画のベスト級だ。しかし、外国ではなかなか冷厳に徹することは難しいだろう。次作は是非日本で作って欲しいなと思う。
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