尾形修一の紫陽花(あじさい)通信

教員免許更新制に反対して2011年3月、都立高教員を退職。教育や政治、映画や本を中心に思うことを発信していきます。

追悼・塔和子

2013年08月29日 21時42分12秒 |  〃 (ハンセン病)
 塔和子さんが亡くなった。詩人だけど、「ハンセン病詩人」と必ず言われてしまう。それはやむを得ないことなのかもしれないが、塔和子という人は純粋に詩人として優れていた。そして生きてあるだけで多くの人を励ます、現代の日本で稀有の人だった。その詩を世界を思い出しながら、苦難の人生を偲びたい。

 新聞記事より。「元ハンセン病患者で詩人の塔和子(とう・かずこ)さんが28日、急性呼吸不全で死去した。83歳。愛媛県出身。12歳でハンセン病を患い、1943年に大島青松園に入った。短歌が好きな男性との結婚を機に詩作に没頭、61年以降、19冊の詩集を刊行した。人間の尊厳を表現し、99年、詩集「記憶の川で」で高見順賞を受賞した。2003年には、半生を描いたドキュメンタリー映画「風の舞」が製作された。」

 塔和子という詩人は、大島青松園という環境の中で生まれ、死んだ。何しろ彼女はその島の療養所で70年以上を暮らしたのである。何という過酷な隔離政策だったことだろう。大島という所は、住所で言えば香川県高松市になる。主に四国のハンセン病患者を収容した場所である。出身地は今の愛媛県西予市(宇和島の北のあたり)で、今は詩碑も立てられている。

 ハンセン病や隔離政策のことは、ここでは詳しく説明しないが、塔さんの詩は多くの人を励まし続け、記録映画になり、テレビ番組にもなった。ぼくはそれを授業で取り上げたことが何度かある。また、東京の多磨全生園にあるハンセン病資料館で2011年に「いのちの詩(うた) 塔和子展」が開かれた時にも出かけた。2冊詩集を持っているはずだが、今は1冊しか見つからなかった。編集工房ノアから出た「希望よ あなたに」。吉永小百合が推薦文を帯に書いている。これは映画「風の舞」の縁である。

 映画「風の舞」はそんなに長くないが、塔さんの詩の世界を感銘深く紹介している。2003年のキネマ旬報文化映画2位に選ばれている。そのサイトを見れば、塔和子の詩を読めるし、DVDを購入することもできる。また、「ハンセン氏病と詩人塔和子の世界」というサイトもあり、そこで詩を読むこともできる。それらのサイトに出ている詩は、一応紹介しても構わないものではないかと思うので、ここで2つ紹介しておきたい。2つに意味はない。あまり取り上げると長くなり過ぎるというだけのことである。何という深くて静かな詩の世界だろうか。僕はもっと学校の中で紹介されてもいいのではないかと思っている。教科書の中などで。国語や社会だけでなく、「いのちを考える」授業で。
 
「出会いについて」
   あのときだった
   私の中にあなたが生きはじめたのは
   そうだ
   あのときだった

   出会うこと
   全く新しいこと
   こんとんの中から浮かび上がってきて
   私の前に置かれた存在について
   私の心は
   春の光のように優しくけいれんする
   でも人は少しのものにしか出会わない
   なぜ出会わないことをかなしまないでいられるのか
   多くのものにとりかこまれながら
   出会わないで終るものが
   物質のように盲いたまま
   互いに互いの外側でありつづける
   出会うこと
   それは知ること
   それは確かめ合うこと
   そして忘却の川へ押し流される時間のために
   いつもそこからさびしいうたがはじまる
   もっと
   きびしい孤独がはじまる
   それでもやっぱり
   出会うことは素晴しいことだ
   出会ったとき私の中で生きはじめる
   新しい存在のために

   私は
   夕暮れの花のように
   やさしくひらいていたいと考える

「胸の泉に」
  かかわらなければ
    この愛しさを知るすべはなかった
    この親しさは湧かなかった
    この大らかな依存の安らいは得られなかった
    この甘い思いや
    さびしい思いも知らなかった

  人はかかわることからさまざまな思いを知る
    子は親とかかわり
    親は子とかかわることによって
    恋も友情も
    かかわることから始まって
  かかわったが故に起こる
  幸や不幸を
  積み重ねて大きくなり
  くり返すことで磨かれ 
  そして人は 人の間で思いを削り思いをふくらませ
  生を綴る
  ああ
  何億の人がいようとも
  かかわらなければ路傍の人
    私の胸の泉に
  枯れ葉いちまいも
  落としてはくれない
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